useful persistence
「兵長!!今日こそ後ろ傷ですよぉぉおおおおっ!」
「...」
俺はため息をつくと、いつもの通り突撃してくる物体に回し蹴りをくらわす。
その"物体"は「うおううッ!」と、これまたいつもの通りの叫び声をあげて地面に激突した。
「いったたたた...や、やっぱり兵長はいつも容赦がないですね、本当に!」
腰をさすりながら体を起こした物体改めななしは、そう言いつつも若干ニコニコしてる。
「お前の方こそ懲りねぇな、いいかげん諦めたらどうだ」
「いやいや!そんな、諦めるだなんて!巨人がこの世からいなくなることよりありえませんよ兵長!」
「....」
ななしは、ついさっきゴミの様に地面にたたきつけられたとは思えないくらいに興奮していた。
気持ち悪ぃな...と、俺が眉間にしわを寄せて、それこそゴミを見るような目をしていることにお構いなく言葉を続ける。
「何回も言ってますけど、兵長にハグしてもらうまで殺されたって死にませんからね私は!」
頬を両手で覆い無邪気にウフフと笑う姿、本来女がすればかわいい行動なのだろうが、コイツの場合内容が内容なのでどんどん眉間にしわが寄っていく。
俺は再び吐きたくもないため息を吐くと、半年前、ななしをこんな行動に至らしめてしまった自分の発言を呪った。
「兵長、私にハグしてください!」
「............」
ななしの訳の分からない要望は、本当に突然だった。
その時書類処理中だった俺は、しばらくななしの言葉の意味が分からず沈黙していたが、ようやく口から出た言葉は「は?」の一言だった。
「テメェ、何言ってんだ...?正気か?」
「はい、私はいつも正気ですよ兵長!」
それはそれで困る。
「いや〜〜、あの私、別に巨人倒そうとかそう言う目標じゃなくて、実は兵長目当てで調査兵団入ったんですよ、昔から兵長にあこがれてて、大好きなんです」
は?
「で、今まで兵長に近づくの我慢してたんですけど...やっぱりいつ死んじゃうかわからないじゃないですか。だから、これからは自分の欲望に素直に生きることにしたんです!」
それは全く笑顔で言う内容じゃねェよ...。
「というわけでさっそく!兵長、私にハグしてください!!」
全然「というわけ」じゃねえ。
「兵長!聞いてますか?そんな顔もかっこいいですけど!」
ななしにそう問われて、初めて自分が心の中でしか対話していなかったことに気が付いた。
「...いや、聞きたくねえ...」
「そんなこと言わないでくださいよ、ね!さあ!ハグをよろしくお願いします!」
キラキラした顔でぐいぐい迫ってくるななしを普段の100倍ぐらいで睨んでみるがまったく効果がない。
ただ元気な奴だと思っていたななしがこんな本性を隠していたとは...。しかもしつこい。
「へっいちょう!お願いします!」
「チッ...オイ、寄ってくんじゃねえ」
「無理です」
コイツは絶対引かない、そう悟った俺はある案を思いついた。
「....チッ、わかった。俺を一発でも殴れたら考えてやらなくもねえ」
「えっ、えっ!本当ですか!?言いましたね兵長!!」
「あぁ、だからさっさと離れろクソ野郎」
まあ俺がこんな小娘一人に一発でも殴られるなんて絶対にありえないだろうが。...一週間もやって無理だとわかったら流石に諦めるだろう。
そう思ってその条件を出した、はずだったのだが。
「へいちょーー!!隙あり!後ろ傷ですよおおお!!」
その次の日から今に至るまでの半年間、毎日どこからかななしが俺の背後から叫び声とともに奇襲してくるようになった。
木の上から飛び降りてきたり、池の中から飛び出して来たり、諦めるどころかそんなのどっから思いつくんだという作戦を実行してくる。
「いくら大好きな兵長でも手段は選びませんからね!」と語る割には、無言で襲いかかってくればいいものをわざわざ叫んでくるあたりがよく分からないが。
3か月を過ぎたあたりから、「ななしが『後ろ傷!』と叫ぶ」→「回し蹴り」→「ななしが蹴られる」というルーティンが確定してしまった。
一週間で諦めるという俺の予想はだいぶ甘かったようで、半年たった今でも全く諦める様子が見当たらない。
軽々しくあんなことを言うべきじゃなかった、とここまで回想して悪態をついたところで、ななしに「兵長どうしたんですか?」と尋ねられた。
テメェが原因だよ。
「あ、や、やっぱりさすがの人類最強でも壁外調査が近くなると緊張しますよね!すみません気が利かなくて」
「いや、そうじゃねえよ」
と言いつつ、一週間後に行われる予定の壁外調査のことを考えた。
前回、前々回、と大勢の死者を出しているため、今回もそれなりの犠牲者が予想される。
そう考えたとき、何故か無意識にななしの方をちらりと見てしまった。
その俺の目線に、何を勘違いしたのかななしは笑ってグーサインを出してきた。
「兵長!私は大丈夫です、ぜったいにハグしてもらうまで死にません!後ろから奇襲し続けます!だから肝心の兵長も生き残ってくださいね」
「...当たり前だろ」
どう考えてもコイツの方が死ぬ可能性が高いのに、何故か死ぬ気が全くしない。
というか実際に、いままでもしぶとく難を逃れてこうやって生きている。コイツ本当に欲望が満たされるまで死なねえんじゃねえか...
そしてそのことに呆れる反面どういうわけか安心している自分の顔をぶん殴ってやりたくなった。