ため息が出るほど前が見えない
バレンタイン。そんなにいいイベントがあるなんて知らなかった。やっぱりアニに相談してみて正解だった。
私はそんな思いで図書室から出ると、急いで食堂へと向かった。無論、コニーに渡すためのチョコケーキを作るためである!
明日にはコニーに渡さなければならないのだけど、もう既に日は沈んでいて、時刻は七時を回ろうとしている。
私は食堂に着くや否や本を片手に材料や器具を引っ掴むと、さっそく調理に取り掛かった。
コニー、喜んでくれるといいな〜!と幸せな気持ちに浸りながら材料を混ぜ合わせる。
私はアニから見せてもらった本の中で一番大きなお菓子を選んで作っていた。コニーはサシャ張りによく食べるから、これくらい大きくないと足りないのでは、と考えた結果だ。
そうして一人で黙々と、本と睨めっこをしながらチョコケーキを作っていると、匂いを嗅ぎつけたのであろうかサシャがやって来た。
「ななし〜、何か美味しそうな物作ってるじゃないですか!!」
「えへへ、まあね!」
「実は私、今日の夕食が全然足りなかったんですよね...」
サシャはそう言って私が作っている生地状態のチョコケーキを食い入るように見つめてきた。
彼女の言わんとしていることは分かる。私の作っているこれを少し分けてほしいのだろう。
空腹で死にそうな顔をしてるサシャに分けたい気持ちはやまやまだったのだけれど、これはコニーのために作っているものだったので叶えてあげられそうになかった。
「サシャ、本当にごめんね。これはちょっと分けてあげられないんだよね...」
「えー!ひどいですよななし!」
悲痛な叫びをあげたサシャは、床に膝をついた。が、すぐにハッとする。
「あ、もしかしてそれバレンタインのやつですか?!いや、もしかしないですよね!!だ、誰にあげるんですか」
「え!?え、えっとね」
突然サシャに質問されて、私は思わず小さい声で「コ、コニーだよ」と答えてしまった。
彼女は目を見開くと声のトーンを落として「...本当ですか?」と聞いてくる。なんでアニもサシャも同じ反応をするのか私にはまったくわからなかった。
「うん、本当だよ!...そんなに変かな?」
最近、コニーのかっこよさは尋常じゃなかったからむしろ大人気だと思ってさえいたのだけど。
サシャは私の答えに対して「ま、まあ趣味は人それぞれですからね!」と自分で自分に言い聞かせるように頷いていた。
「でもそんなに大切なものなら流石にもらえませんから...!ななし、頑張ってくださいね!きっと成功すると思いますよ」
「うん、ありがとうサシャ!今度サシャのためにお菓子作るからね!」
私の言葉に帰りかけていたサシャは勢いよく振り返ると、「いつでも待ってます!」という威勢のいい声を残して自分の部屋へと戻っていった。
サシャが去った後、ケーキ作りを再開する。色々と思いにふけりながら制作していたため、ケーキが焼きあがるころにはもう9時過ぎになっていた。
私はできたてほやほやのケーキを皿に乗せて、教官にばれないように部屋へ持って帰ると自分のベッドに急いで上がる。
幸いアニ以外の子はお風呂に行っている時間のようで、部屋にはアニしか残っていなかった。
他の子が戻ってくる前に、と急いで準備した箱に詰め込む。そして詰め終わった後、私はアニに宣言をした。
「アニ、私明日頑張るね!」
明日のことを思うととても不安になるのだが、アニに教えてもらったバレンタインを精一杯活用しなきゃ。自分を鼓舞する意味も込めて私は拳を握りしめた。
「...そう」
アニはそれだけ呟くと布団にもぐってすぐに寝息を立て始める。
私は改めて心の中でアニに感謝をしてから、彼女を見習って布団にもぐりこみ、明日に備えることにした。
そして、翌日。
その日の訓練も終わって日も暮れ始めたころ、私はコニーを探してさまよっていた。
何しろ手にはどでかい箱を持っているため、誰かに見つからないうちに一刻も早く渡してしまいたかったのだ。
焦りつつ男子寮前の廊下を小走りで進むと見覚えのある後姿を発見した。見紛うことのない刈り上げられた頭。コニーだ!
「コニー!」
私は彼の名前を呼んで箱が揺れない程度に駆けだした。
コニーは私の声に振り返ると、私と箱を見てから不思議そうに首を傾げる。
「ななしか!どうしたんだその箱」
「えっとこれはね!コニーにあげようと思って、作ってみたんだ」
私はそう言って箱のふたを開けてコニーに中身を見せた。すると彼は目を輝かせたかと思うと私の肩をつかむ。
ドキリ、とした。
「マジかよななし!お前すげーな!ありがとう!」
屈託のない笑み。やっぱりかっこいいなぁと思って思わず照れ笑いを浮かべてしまう。
「えへへ、コニーが喜んでくれたら私もうれしいから!」
「それにしてもこれめっちゃでかいな...あ、そうだ。これ部屋のみんなで分けて食うからな!マジでありがとう」
私はそのコニーの言葉に凍り付いてしまった。
これはもしかして、遠まわしに私のこのチョコケーキ...つまるところ私の告白を断っているのかもしれない。
いや、優しい性格のコニーのことだからきっと私を傷つけないようにオブラートに包んで伝えてくれたんだろう。
「みんなで食べる」=「俺には受け止めきれない」。この方程式に決まってる。
「う、うん、多分美味しい...はずだから!じゃあね!」
私は何とか言葉を絞り出して後ろを振り返ると、心持ち来た時の二倍の速さで走る。走ってる途中に涙がこぼれてきて止まらなかった。
ようやく女子寮の前の廊下までかけてくると、私の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
静まっている廊下で嗚咽を漏らしていると後ろから足音が聞こえる。振り返ると、そこにいたのはアニだった。
思わず彼女のもとに駆け寄ってさらに涙をこぼしてしまう。アニに迷惑をかけてはいけない、と頭では分かっていてもどうにも止まらない。
そんな面倒くさい私をアニはそっと抱きしめてくれる。私はアニに甘えてそのまましばらく涙をこぼしていた。
そしてしばらくしてから少し落ち着いてくると、「...あのね」とアニに経緯を語ることにした。
「コニーが、チョコケーキをみんなで食べるって...」
「...は?」
「だからっ、チョコケーキをみんなで食べるってことは、お前の告白なんて受け止められないよって意味...でしょ?私、なんか嫌われることしちゃったのかな..」
私がとぎれとぎれにそう告げると、アニはため息をついた。
「ハァ...アンタって本当にさ...」
と、アニはそこまで言いかけてから私の後ろの方に目を向けると突然私を抱きしめていた腕をほどく。
私がびっくりして顔を上げると、「じゃああとは頑張んなよ」とヒラヒラ手を振って廊下を歩いて行ってしまった。
「え!?ちょっとアニ...!」
手を伸ばしてみたものの彼女は振り返ることなく、ついには姿が見えなくなってしまった。
そして私は仕方なく後ろを振り向く。と、今まで気づかなかったのだけどなんと少し離れたところには私があげた箱を持ったコニーが立っていたのだ。
「コッコココ、コニー!?ど、どうしたの?」
「お前はニワトリかよ」
私は目をぬぐってからコニーに近づく。
そして、彼から発せられるその言葉を、不安でいっぱいになりながら待っていた。