目に溜めきった涙。
それが1粒でもこぼれ落ちないように、瞬きしてしまわないようにと――

私はまぶたに精いっぱい力を込めた。


「……」

「…」


目の前にいるのは彼氏。
そんな私を見て、さっきから物凄く心配そうな表情。

だけど悲しみを必死で堪えている私の気持ちを察してか、むやみに言葉をかけたり、優しく頭を撫でてくれようとしたりはしない。

だってそんなことされたら今の私、


「っうぅ……」


きっとなにもかも緩んで、恥ずかしいぐらいボロボロに泣きじゃくってしまいそうだから。


「ごっ…ごめん、周助…わた…私、」


もう大丈夫。
そう呟いて自分の鼻をつまみ、きゅっと上を向いた。

涙がゆっくりと目の奥に還ってく。
よし引っ込んだオッケー。

頭を起こし、もう1度彼の顔を見る。

それから、とびっきりの笑顔で――


「ほら見て周助!私、もう全然心配いらな…」


と、その時。


「こら」

「…わっ」


こつん。
と音がして、周助が私の頭を軽く小突いた。

そして目をぱちくりさせている私の頬っぺたをむにっと引っぱると、


「困るなぁ。せっかくなまえのためを思って勉強教えてあげてるのに、そんな泣きそうな顔されちゃ。…まるで」


まるで、僕がなまえに意地悪してるみたいじゃない。

彼はそう言った。


「そ、そんなつもりじゃにゃ…へゆーか、いひゃいよ不二きゅん」


私のやんわりとした抵抗の声を聞かず、なおも頬っぺたをつねってくる彼。
痛がる私に構うことなく、口角を無理やり上げさせてみせる。
あだだだだだ!


「元はといえば赤点とったなまえが悪いよ、ね」

「ふぇい!」

「なのに1度解いた問題を何度説明されても理解できなくて、君はそのたびに瞳をうるうるさせて僕を見る。…そんな顔反則だよ、可愛くて仕方がない」

「う…うーっ」


か、可愛くなんかはないけど…

どうしても泣きそうな顔しちゃうのは周助に申し訳ないからなんだもん!
学習能力のないアホウな自分が不甲斐なさすぎて!

自由に喋れない代わりに心で叫んだ。
するとどうやら通じたらしく。
彼は引っ張っていた私の顔から両手を放すと、クスッと優雅に笑った。


「じゃあ今からは愚図らずに頑張れる…よね?これまでよりもっとスパルタ教師でいくけど」

「え」

「僕、なまえには次のテストでどうしても満点取って欲しいんだ」

「…えーっ!」


ひっこんだはずの涙がまた滲んできそうになった。
周助の勉強の教え方はすごく適切で分かりやすいけど、それ以上に…

めちゃくちゃ怖いのだ。

いつもと何ら変わりない、その美しい微笑みが。
その柔らかな表情とは裏腹な、「…どうして話を聞いてなかったの?」なんて、いつもの何倍も低い声のトーンが。

…どうしよう。
手元に残った補習課題は、まだまだやり終えることができそうな気配はない。
なのにさっきよりもスパルタ度が増した彼の特別指導なんて、果たして耐えることができるのだろうか。


「……う…」

「なまえ?」

「は…はいっ!」


1人悶々としていると、名前を呼ばれた。
はっとして顔を上げた先にいた彼は、


「…さあ。それじゃ、次の問題に移ろうか」

「!!」


例のとんでもなく美麗な、あの微笑を湛えておいででした。


好きだからこそ、

(なまえには厳しくするんだよ。)
(僕のこの愛、分かって貰えるかな?)



「先生、分かりません」
「ん?」
「先生のその愛、私には分かりません。もっと甘々でいちゃらぶなご指導願います」
「あ、そこの問題さっきやったのにまた同じ間違い」
「…あ」
「次からミス1回につきデート1回中止とかにしようか」
「甘えたこと言ってごめんなさい次回は全教科満点オールA目指します!」


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