思い返せばここ最近の彼女は、確かに様子がおかしかった。
(何で、なんて、聞かんでも分かりきっとるけど)
 そう、それもこれもつい十日程前、部活が始まる直前のとある出来事に起因している、ということを、謙也自身痛いほど理解していた。
 何てことは無い、健全な男子中学生ならば仕様のない話で、同じ年頃の気の置けない仲間たちが集まれば、自然と「そういう話題」で盛り上がるのは、摂理である。不可抗力や不可抗力──同じ部活に所属する、悪友たちのそんな声が頭で響いた。

『Fカップ十九歳の初ヌード』
『爆乳女子高生の水着特集』
『ノーブラОL魅惑の谷間』
エトセトラ、エトセトラ。

 やたら胸部の描写ばかりの文字が踊る、たっぷりとした乳房を抱いた水着姿の女性が表紙のその雑誌は、「見てやコレ!」と、何やら嬉々として飛び込んで来た、某ゴンタクレが何処かから拾ってきたという代物だ。
 普段はその無茶苦茶な体力や、無邪気さ故の聞き分けの無さに頭を抱える自分たちであったが、この時ばかりは「ようやった!」と彼を褒めそやした。所詮は思春期真っ盛り。部室内が異様なテンションに包まれる中、白石や銀などは、「金ちゃんも大人になって」と、別の意味で涙を流すほど喜んでいたようだったが。
とにもかくにも男子中学生ばかりが数名、咎める大人も女子もいない密室で、どぎまぎと胸を高鳴らせながらページを捲っていたとして、それを責める者などいなかった。
「うわ、わ、わー……すご」
「どないデスか、おっぱい星人謙也サン」
「乳は神様が世の女性に与えたもうた至高の賜物やと思いまマス」
「ちゅーかまじまじと見すぎやわ謙也くん」
「しゃーないッスわ、この人、乳はデカけりゃでかい程良いとか思っとる人やから」
「こだわり無いんか」
「せやからデカさやて」
 扉が開いたのは、よりにもよってそんなやり取りの真っ最中だった。
 チームメイトの誰かだろうか、最悪顧問の渡邊だったとしても、彼ならば呆れた後に笑って許してくれるだろう。呑気に誤魔化しの言葉を考えながら、ゆっくりそちらを振り返った謙也たちは、入り口に立つ人物を目にしたその途端、固まった。
「え、と……コート整備してくれとった一年くんが転んだけん、救急箱、取りに来た、ったい……」
「……ち、ちち、ち」
 気まずそうにボソボソと、聞いてもいないのに矢継ぎ早に弁解してくるのは、関西強豪四天宝寺中学男子テニス部の紅一点、マネージャーの千歳千里である。
「千歳……」
 ちなみに、優に百八十センチの長身を誇るものの胸の大きさは並以下である彼女は、何の運命の悪戯か、自他共に認める巨乳好きな謙也の、紆余曲折の末に結ばれた恋人でもあった。
「こ、これはやな、その、あれや、なあ白石!」
「何で俺に振んねん!」
「コレはアレでソレでやな、なあ白石!」
「おおおおお前らな……っ!……え、ええと、これは、これはやな、その何や、あー、そう、バイブル!バイブルや!男の子の!」
「間違ってへん!間違ってへんけど!」
「イレギュラー対応ダメダメやこの聖書!」
「ただのエロ本っすわ」
「ワイが拾って来たんやで!」
「って、何っでわざわざ暴露すんねん自分ら!」
 取り繕うのに必死な余りわあわあと騒がしくなった少年たちに、けれど千歳は困ったように眉を下げ笑うばかりだった。
「男の子やけん、しょんなかこつばい」
 千歳なりの精一杯の気遣いを見せてくれる、そんな彼女にばつの悪い思いを抱えながらも、謙也たちもホッとして、一先ず部活に精を出すことにする。名残惜しまれながらもその雑誌はゴミ箱に投下され、そして何事も無かったかのように、いつもの時間に戻っていった。
 実はその時、謙也は気付いていたのだ。何の感情も映さぬ少女のぬばたまの瞳が、ゴミ箱をじっと見つめていたことに。
(こら後から怒られてまうかな、流石に……)
 なんて保身を考える余り、彼女に声を掛けることなくそそくさと部室を後にしてしまったのだが。
 しかしそんな予想とは裏腹に、あれから千歳はその事に対して何も触れては来なかった。が、その様子は正しく挙動不審だった。
 いつも見せる柔らかな笑顔の合間、重たい溜め息を吐くようになった。ふっと思いつめたような顔をして、唇をぎゅっと噛み締めるようになった。何より、此方をちらちらと伺って、そんな様子に視線を合わせてみせれば直ぐさま逸らされる。
 そもそも千歳と付き合い始めてかれこれ二ヶ月、手を繋ぐのがやっと、という二人が初めてキスをしたのはつい先週の話だ。スピードスターの癖してソコはヘタレか、などと白石を筆頭に随分と馬鹿にされた記憶は新しい。けれど彼女を怖がらせるのが、傷つけるのが、嫌われてしまうことが恐ろしくて、謙也は中々先に進むことが出来なかった。(それがヘタレなのだ、とも言われたが、こればかりは妥協出来ない点である)
 それでも当然、性欲は人並みに持ち得ている。仲間たちとのえげつない下ネタが楽しかったり、グラビアに興奮することは仕方ない、とも思う。
 思う、が。
 いかんせん彼女の前では格好つけたいお年頃、思春期真っ只中である。千歳の前ではそんな素振りなど一度たりとて見せたことは無かった。本当は、キスだってもっと凄いものを、映画の中のような、大人のそれをしてみたい。その先だって、勿論。けれどがっつくのは格好悪い。彼女の前では、ストイックに。下心をひた隠して、触れるのも、手を繋ぐだけに留める。
 そんな風に、自分を律してきたというのに。

(やらしいこと考えてんの、全部バレたかもしらん……引かれるどころか、軽蔑された、かも……)


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