まっつんがシスコン
「松川さんって弱点とか隙がないですよね」
土曜日。練習前、部室で話ながら着替えてると、なにかの流れで国見がそう溢した。ちなみにその松川は進路指導が今日の朝イチに回された為、まだここにはいない。
国見のその言葉に、3年生3人はいやいやいや、と否定した。
「あるよ、あいつ。それもすんげーのが」
「あれは弱点っていうかなんていうか………」
「弱点と同時に生きる糧でもあるんじゃないかな〜」
苦々しい顔をした3年生に、後輩たちは一体松川になにがあるのかと心底思った。
と、そこへコンコンコンとドアを叩く音が鳴った。部員ならばこんなことせずに入って来るため、部員以外の者ということになる。遠慮気味に鳴らされたその音に、部員全員が首を傾げる。
「開けろよ部長」
「えっ!?俺!?」
「当たり前だろ部長なんだから」
「わかったよ〜……」
岩泉に促され仕方ないなぁ、と及川がガチャリとドアを開けると、そこには黒髪の女の子。
「…………瑠璃ちゃん?」
「徹くんだ!!ひさしぶり!!」
それを聞き、部員たちは及川の元カノあたりかと思いそれを眺めた。3年生以外は。
「あれっ!瑠璃久しぶりじゃん!」
「わーたっくんもひさしぶり!」
「ちょっと見ないうちに育ったなー」
「でしょー?あっはじめちゃんもいる!はじめちゃーん!」
「こら飛び付くな!あぶねぇだろうが!」
他の3年生とも仲良さげなその女の子に、他の部員はぽかんと口を開く。それに気付いた及川が振り返った。
「あぁ、みんなは知らなかったね。この子が噂のまっつんの弱点、っていうか、」
「瑠璃!!!!」
及川の言葉を遮る形で部室に飛び込んで来たのは、先程話題に上がってた松川である。
そして瑠璃と呼ばれた女の子はくるりと松川を振り返り、ぱあっと笑顔を咲かせた。
「おにいちゃん!!」
「「「お兄ちゃん!!!???」」」
後輩たちを驚かせたその子は、松川に飛び付いた。松川も慣れたようにそれを受けとめぎゅっとその大きな体で抱き締める。
「そ。その子が松川瑠璃ちゃん。今中学3年生かな。いつも冷静で大人びたまっつんを崩す唯一の妹ちゃんだよ」
「松川に妹の話振るとそりゃもうすっげーのろけられるから気を付けろよ」
「そ、そうなんすか…………」
意外だ、と思って兄妹の方を見ると、お互い嬉しそうにべったりである。あんなでれでれした顔の松川は見たことがなかった。
「どうしたんだ瑠璃、お前は普通に休みだろ?」
「あっ!あのね、おにいちゃんのお弁当!忘れてたから届けに来たんだよ!」
はいっ、と手提げのバッグからお弁当の包みを出し、褒めて褒めてと言わんばかりに高い位置にある兄の顔を見詰める。
貰った弁当を下に置いたバッグに乗せると、またすっぽりと抱き締め頭をいとおしそうに撫でる。
「ありがとなー。瑠璃は優しいなぁ」
「ふふっ実はね、今日のお弁当、私が作ったの!」
「!?ほんとに……?」
「うん!おにいちゃんへの愛情がいっぱいのお弁当です!」
「あぁ〜もうかわいい、瑠璃かわいい。お兄ちゃん幸せ」
にこにこ笑う瑠璃にでれでれの松川。それをドン引きで見ていた矢巾が、慣れきったように平然と準備を進める花巻におそるおそる尋ねる。
「…………中3の女の子ってこんなもんですっけ?普通反抗期とか……」
「うーん、この兄妹にそんなもの通用しないと思うヨ」
「瑠璃、あの歳で『お兄ちゃんと結婚する』って言い続けてるらしいぞ」
松川にでれでれな顔でのろけられた、とげんなりとした顔で溢した岩泉に、矢巾は同情してしまった。
「まぁでも、普段のまっつんがあるのは瑠璃ちゃんが居るからかもだしね〜」
いつも大人びた松川。たしかに、あんだけしっかりとしていたらどこかで癒しというものがないとしんどいはずだ。それが妹さんなのかもしれない。矢巾はそう思うと少しはマシに思えた。
「瑠璃、今日はもう練習見ていったら?一人で帰らせるのお兄ちゃん心配だし」
「えー?一人で大丈夫だよ?それにお兄ちゃん帰ってきたらすぐ晩御飯にしたいでしょ?今日お母さん遅いから作っとかないと〜」
「瑠璃が近くにいてくれた方がお兄ちゃん練習頑張れるよ?ご飯なら俺も帰って一緒に作るから、居てくれない?」
「ん〜〜じゃあ見ていく!お兄ちゃんと一日中一緒にいれるのひさしぶり!幸せ!」
「ん、うれしい」
んちゅ、ちゅ、と顔中にそのアヒル口を少し尖らせてキスを落とす松川と、それをくすぐったそうに受け入れる瑠璃に、恥ずかしさやらドン引きやらで固まる後輩たち。そして3年生たちは、もう見ていないかのようにスルーしたまま準備を進めていた。
やっぱりおかしいだろこの兄妹。矢巾は頭を抱えたくなった。
〜おまけ〜
昼休み、ふと気になった及川が松川に尋ねた。
「まっつんって瑠璃ちゃんと喧嘩することあるの?」
「基本的にはないな。瑠璃が可愛いから許しちゃうし」
「そんなこったろうと思った……」
「あっでもこないだ喧嘩したわ」
「えっどんな!?」
「一緒にお風呂入ろうって言ったら拒否られた」
「それが普通だよ!?」
がくりと残念そうに肩を落とす松川に、及川も思わずツッコミを入れてしまう。しかし、そこはちゃんと羞恥心が瑠璃ちゃんにあってよかった、と及川は思った。が、
「『できるなら一緒に入りたい』とは言われたんだけどね」
「へっ?」
「『お兄ちゃん大きくてお風呂狭くなるからやだ』って……」
「断る理由それ!!??」
end
- 2 -
back