初日の波乱


青い空に小鳥のさえずり。爽やかな朝である。
瑠璃の前の席を借り、三人で集まる。そこへこのクラスであろう女子は爽やかな朝にぴったりの笑顔で瑠璃に挨拶をした。
「清河さんおはよ〜!」
「おはよう……」
「!?ど、どうしたのすごいげっそりしてるよ!?」

爽やかな朝に似合わぬ瑠璃がいた。

ことは約二時間ほど前に遡る。初の部活の時間であった。



「ハァイ、みんなちょっと集合ー!」
及川さんが呼ぶと、部員がこちらへ集まってきた。咳払いをした及川さんは並ぶ俺達一年生に部員の目を促させる。

「今日から一年生が部活参加になるよ〜!はい、一年挨拶して!」
及川さんに言われ、一人ずつ挨拶をしていく。先輩たちにも返されたところで及川さんはまた声を出す。

「あと重大なニュースも……ってあれ?」
キョロキョロとした及川さんは一人足りないことに気付く。マネージャーである瑠璃だ。
金田一が慌てて口を開く。
「及川さん、あいつさっき洗濯に行くって言ってたんで外に…」
「あぁ、なるほど!初日なのに感心だね!でも挨拶はしないとね〜…」

すると及川さんは息をスゥッと吸いこみ、

「瑠璃ちゃーーーーーーん!!!」
めっちゃ大声で体育館の外に向かって呼んだ。
洗濯機は部室棟にあるため、体育館から恐らく20mほどの距離だ。その距離に運動部の及川さんの声はかなり通った。なぜわざわざ叫ぶ必要があるのか。
15秒ほどでこちらに瑠璃が走ってきた。

「名前呼ぶなって言っただろうが覚えてねぇのかボケ川さんは!!!」
「ヘブッ!」
入ってきて扉の前に居た及川さんにサポーターを投げつけ暴言を吐いた。
めっちゃ顔怖い。特別目立ってはいないがかわいくも綺麗めでもある瑠璃の顔はそれはもう目力で殺さんばかりに表情を変えていた。
そして肩で呼吸しながらローファーを脱ぎ、ハァ、とため息をひとつ溢して体育館に入ってくる。

「遅くなりました。一年の清河瑠璃です。マネージャーとして入部させていただきました。よろしくお願いいたします」

先程とうってかわって見た目通りの落ち着いた表情と口調で頭を下げると、それに従うように髪の毛がさらりと滑った。
唖然とする部員たち。投げられたサポーターを手にへらりと笑う及川さん。笑いを耐える岩泉さんと金田一。俺?声でないくらい笑った。

「で、清河チャンって今までのマネ志望となにが違って入部出来たの?」
「えっと……先輩は…」
「あ、俺花巻ね」
花巻さんはニヤリと笑うと瑠璃を挑発するかのように見つめた。

「花巻、お前今の見ただろ。及川に媚び売らないヤツなんてそういないだろ」
岩泉さんがそう言うと花巻さんはチラリと岩泉さんを見たあと、また瑠璃に視線を移した。

「わかんないじゃん、裏でこっそり媚び売るかもヨ?」
「そのときは辞めさせるしかないだろ」
「あの!」

突然瑠璃が声を張った。ぐっとなにかを堪えるような顔でジャージの袖を握り、花巻さんを見上げる。

「……及川さん目的の子達が多いからとマネージャーが居ないとお聞きしました。そんなところに入部しても足を引っ張るだけではないかと思いました。それに私は正直及川さんが苦手です。だから入部するかも悩みました。でも、勇くんとあきちゃんが誘ってくれて、岩泉さんに頼んでくれて、後押ししてくれたんです。無駄にしたくありません。みなさんに出来ることはなんでもやります!尽くします!だから……えっと………よろしくお願いします!!」

最後の方まとめかたがわからなくなったのか花巻さんから少し目線を逸らしたあと勢いよく頭を下げた瑠璃に、一同は再びぽかんとした。
俺はなんだか瑠璃の言葉に柄にもなくすごく嬉しくなって、あぁこいつ見た目によらず感情的なんだなって思った。
瑠璃はしんとした空気の中ぎこちなく頭を上げて、もう一度花巻さんを見上げる。

「あ、あの、花巻さ……ん…?」
「……フフ…」
「えっ」
「アッハハハハ!」
瑠璃に声をかけられやっと戻ってきた花巻さんはゲラゲラ笑いだした。他の部員もじわじわ笑っている。

「イイネ!もっとクールな娘かと思ったらアツいし、本当に及川苦手なんだネ!カマかけてごめんごめん」
「あっ、ハイ?」
「ちょっと待って清河ちゃんって本当に俺のこと苦手なの!?ひどくない!?」
「ひどいもなにも苦手なものってどうにもならないですから諦めてくださいよ……」

うんざりと及川さんに冷たく返す瑠璃に、花巻さんと松川さんは本当に面白い娘みたいだな、と岩泉さんにふると岩泉さんもそうだろ、と笑った。

「こりゃ面白いマネージャーが出来たもんだわ」
ニヤニヤして今度はねっとりと瑠璃を見つめる花巻さんに、俺と金田一は危機を悟り、瑠璃の両側からガッチリホールドする。

「瑠璃のこといじめないでくださいよ?」
「せ、先輩でも瑠璃だけは駄目ですからね!?」
「!?…えっと二人とも大丈夫だから!」

「アレレー?金田一と国見は瑠璃のナイトなのかな?こりゃ大変だ」

なにが大変なんだ 。
だめだこの人瑠璃のこと気に入ったぽい。気を付けないと。瑠璃は俺と金田一が守らないといけない。そんな気がしてきた。

「あの花巻さん」
「なぁに瑠璃?」
俺たちの間からひょっこり顔を覗かせた瑠璃に声をかけられた花巻さんは瑠璃をまた絡ませるように見下ろした。

「なんで名前……」
「あぁ、瑠璃のこと気に入ったし、呼びやすいし、名前でいいかなーって。駄目だった?」
「……いえ、大丈夫です」

なんだそのテクニック。思わず瑠璃をホールドする腕の力が強まる。花巻さんの後ろで及川さんが「俺が呼ぶと怒るくせに!」と喚いてるが放置する。
腕の中の瑠璃が続ける。

「さっきからその、すごい見てくるのやめてください……普通に恥ずかしいです……」

瑠璃はそう言いながら照れた顔を隠そうにも腕が動かせない為か、目の前にある金田一の腕に顔を埋めた。

………なにこの子かわいい。

瑠璃は見た目としてはクールっぽいイメージだ。そんな瑠璃がこんな照れ顔とかギャップにもほどがある。
それは他の人たちも思ったのか本日何度目かの唖然顔だ。ただみんな雷に撃たれたかのような衝動からのこの顔である。

それを壊したのは予鈴の音であった。
みんなハッと我に返ると、及川さんと岩泉さんが声を張る。
「えっと、とりあえず今日の朝練ここまで!また放課後ね!?」
「お前ら片付けろー!遅れんなよー!」

俺たちもバタバタと片付けに参加する。ここで瑠璃と離れてしまったのが間違いだったのだ。
片付けにボールを抱えた瑠璃に近付く花巻さん。しまった、と急いで駆け寄ろうにも支柱を抱えた最中であった。動けない。あの人このタイミング狙ってやがった。

「瑠璃チャン」
「は……いっ」
瑠璃の身体を覆うように後ろからむぎゅりと瑠璃を抱き締める花巻さん。腰の手をはずしてください。

「あいつらだけズルいじゃん?これからよろしくね、瑠璃」
わざと瑠璃の耳に顔を近付け俺に視線を投げてきながらそう言った。
最後にスルリと腰を撫でて離れると瑠璃が硬直していた。

「花巻ちゃんと片付けしろ!!」
「ハイハイごめんネ〜」

「瑠璃!」
金田一が呼ぶと瑠璃はびくりと肩を跳ねさせ、涙を張った目でボールを片付けた。



そんな朝練が終わり、今だ。
花巻さんが嫌だったのかと問えば「違う」と答えたが、それが意地なのか本当なのか定かじゃない。

「……俺たちが勢いでだけど抱き締めちゃったのも、嫌だった?」
「!!そんなわけない!」
瑠璃は怒ったように顔を上げた。びっくりした。

「えっと、二人にされたのは守られてるって感じで嫌じゃないっていうか……ごめん、変なこと言うけど、安心した」
ほんとかわいいなこいつ。落ち着いた雰囲気のくせに擁護欲に駆られる。

「うーんと……昼休み、話聞いてくれる?」
不安げに揺れる瑠璃の目に、金田一とアイコンタクトを取り頷いた。

「聞くよ、もちろん。今日天気いいし屋上いこっか」
「中庭もいいな。今日なに食おっかなー」
「ふふっ、ありがとう二人とも」


なんか瑠璃のこと支えてあげたいって、思ってしまっているんだ。






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