守りたい
膝枕発言から恥ずかしくてしばらくはじめさんから逃げ回っていたものの、部活に集中して終わればそんなものはほぼ薄れてしまった。やっぱりちょっと恥ずかしいけど。
そうして迎えた日曜日。今日は午後のみで明日は部活が休みだし、洗濯物は今日のうちに普段なかなか出来ないものもしとこう!帰ってきて洗うの面倒だし替えのジャージも洗濯しとこうかなぁ。
あ、明日月曜日ってことは。
「はじめさん!」
「お、どうした清河。膝枕はもういいのか?」
「っそれやめてください!そんなことより、明日の放課後どうしますか?」
最近はじめさんは本当によく私をからかってくるなぁ!意外と子どもっぽいが普段が男前すぎるからこれくらいあったほうが年相応で安心するけど。
「ああ、俺が教室まで迎えに…………って明日3年男子服装検査だったわ………」
「あら、あれ帰りにやりますもんねぇ」
この学校の服装検査は帰りのHRのときに学年主任の先生が回ってひとりひとりチェックしていく為、結構時間を食う。
ならば私が待つしか仕方ないか。
「じゃあ私が教室に向かいますね。前で待っておきます!」
「わりぃな」
「いえ、先輩にお迎え頼むなんて心苦しいですしこっちの方が私も気楽ですよ」
「気ぃ使いすぎだろ」
わしわしと頭を撫でられながら苦笑いされた。こういう顔は先輩って感じだなぁ。むむ、私の歳上としての威厳がない……いや若返った時点で元々ないけど。
しかしはじめさんとお出掛けなんて恐れ多いなぁ。でも楽しみだ。
「岩ちゃん今日ゴキゲンだよね〜?」
昼休み、向かいで及川が牛乳パンを食べながらこちらをにやにやと見てきた。
機嫌も良くなる。付き合っていなくても好きな奴と出掛けれるのだから。
「岩泉、瑠璃とデートなんだとよ」
「えっなにそれ俺でも聞いてないのに!」
「お前に言わなきゃいけない義務がないだろ」
ぎゃんぎゃん喚く及川を花巻が適当にあしらってるのを放置して箸を進めていると、手元の端末が震えた。手に取ると、清河からのメッセージ。昨日の帰り、なにかあったら困るやら部活で必要になるかもしれないからやら適当に理由をつけて連絡先を交換した。平然を装って尋ねたが、内心バクバクだった。しかし、清河は笑って「私も知りたいと思ってたので嬉しいです」なんて嬉しいことを言ってくれた。クソかわいかった。
部活がないのにこんなに放課後が楽しみなのは初めてで、午後の授業もついそわついてしまった。
先に終えた隣のクラスの奴らが廊下を歩いてるのが見える。こっちも早く終わらせてほしい……清河待たせるってのに。残り数人が終われば教室を出れるというのに、妙に遅く感じてイライラしてると及川が近付いて来た。
「なんだよクソ及川」
「いーわちゃん、そんな怖い顔しちゃダメだよ〜?清河ちゃんに嫌われちゃう!」
ぷんぷん、と効果音を自分で言う及川を殴りたくなったが、確かに意味もなく清河に怒ったところを見せるのはなんだかとても小さい男みたいで必死に鎮めようとする。すると及川は突然真剣な目をしてこちらを見てきた(口元だけ笑ってるけどぜんっぜん笑ってねぇ)。
「清河ちゃんはさ、今はもう大丈夫だって言ってたけど、過去に男性にトラウマがあるわけじゃん」
「!」
「どこかふとしたところでそれを呼び起こすことがあるかもしれないし、岩ちゃんがあの娘とそういう関係になるつもりなら、過去のことを全部受け止めて、それを上塗りしてあげなきゃいけないんだよ」
「……それがどうした」
この間の帰り、俺が触れたときに顔を真っ青にして震えていた清河を思い出した。あのときは咄嗟に、自分が清河の味方であることを諭して落ち着いたが、及川の言う通り、またどこかで呼び起こしてしまうのかもしれない。それはつまり、好きな清河をそのたびに傷付けてしまう。
「岩ちゃんでもさすがに気付いてるとは思うけどさ、そのたびに清河ちゃんを傷付けて、それを受け止めて癒してあげなきゃいけないんだよね。ねぇ、」
岩ちゃんには、その覚悟がある?
そう続けた及川の目は、「出来ないなら引け」と語っていた。及川は性格は悪いが、仲間への信頼を得るぶん、もちろん仲間を信頼している。清河だって大切な仲間で、かわいい後輩だ。トラウマを悪化させることは、及川だけじゃなく、部員の誰も望んでいないだろう。
でも俺は、清河が好きだ。恥ずかしがって怒る顔も、真剣にテーピングをやる顔も、慈愛に満ちたような微笑む顔も、あどけなくくしゃりと笑う顔も。
あいつの全部、全部を。
「俺が守るって決めたんだよ」
「……そっか!」
及川がそれだけ笑顔で返すと納得したように席に戻った。それからしばらくしてやっと号令がかかる。
「清河!わりぃ、待たせた!」
「あっ、はじめさん、お疲れさまです!」
教室の横の壁に寄り掛かって居た清河は、手元のスマートフォンをしまうと、こちらに駆け寄ってきた。
「誰かに連絡でもしてたか?」
「え、いえ、その……」
尋ねると少し恥ずかしそうに視線を逸らした清河が、もにょもにょと続けた。
「はじめさん、まだかなぁって思って。すぐそこに居るのわかってても楽しみでそわそわしちゃって、その、メッセージ送ってみようかなって思ったんですけど、迷惑になるかも、とか……えっと……すみませんこんなこと言って!」
心臓吐くかと思ったわ。なんなんだこいつ。かわいすぎねーか?
「いつでも送ってきていいんだからな」
「ほ、ほんとですか!?迷惑じゃないですか!?」
「迷惑なわけあるか。気にしねーで送ってこい」
「やったぁ…!」
こんなに嬉しそうに笑うヤツからの連絡に迷惑なんてあるものか。
「んじゃ、行くか」
「はい!」
階段を降りるときそっと手を握り支えるように引いてやると、きゅっと握り返してくれた俺より体温の低いその手にどくりと心臓が跳ねて、あぁ、俺もやっぱりどうしようもなく男だな。
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