君の心に触れる
「清河ってどこの中学だったんだ?」
部活のない月曜日。勇くんとあきちゃんが他の友達と遊ぶということで、今日はいない(二人ともすっごい心配してくれた)。というわけで珍しくはじめさんと二人で帰ってると、そう尋ねられた。
「金田一に聞いても、自己紹介のときも言ってなかったって」
「そ、れは、えーっと」
そのときまだこの世界に私の通ってた中学があったかどうかわかってなかったから、とは言えないしなぁ……。調べたらちゃんとあったんだけど。どういう理由かわからないが、高校からこっちで暮らすということになっているようだった。
「……言ってもわからないしなぁって思いまして!私、元々はこの辺りのひとじゃないですし!」
「へぇー。清河の地元、どんなとこだったんだ?」
はじめさんはこちらに目線をあわせながら尋ねてきた。
「あんまりいい思い出はないですよ。こんなこと言うと引かれるかもしれませんけど、結構いじめられてた方でしたし。あと例の強姦されかけたこともありますしね」
「……ごめん、聞いちまって」
「いえ、今はもう大丈夫ですよ」
そう、いい思い出はないのだ。早くあの地を出なくてはといつも思っていたなぁ。ぼんやり当時を思い出してると、視線を感じた。
はっとして左を見ると、苦しそうな顔をしたはじめさんが居た。あぁ、優しいなぁ。
「はじめさんがそんな顔することないですよ。地元嫌でしたけど、そうやって地元が嫌で出ていこうと思えたから、こうやってここにいるんですし」
「清河……」
「今が嬉しいので、いいんですよ」
そう言うとはじめさんは目を見開いたあと、嬉しそうに目を細めた。
ありがとうございます。こんな、存在が不安定な私を可愛がってくれて。
どんどんこの世界で、この人たちに絆されている。すごく嬉しいと同時に、壊れないか不安で仕方なくなるのだ。
「清河、」
「はじめさん?」
突然私の前に立ち塞がったはじめさんは、私を正面から抱き締めて来た。勇くんとあきちゃんとはわちゃわちゃ抱き付くことはあってもはじめさんはそういうタイプじゃないとわかってるから顔に熱が集まる。うわあああ………はじめさん逞しい!
「あ、あの、はじめさん」
「俺は、お前のことをもっと知りたい」
「はじめさん、私太っ…」
言い終わる前に、力が込められてさらに密着する。するりと背中を撫でた手に、体が固まる。脳裏に過った、中学のときのあの経験。あれ、おかしいな、はじめさんになら触られても大丈夫だって、思ってたのに。
先程思い出してたからか、それとも触れられた場所なのか、なんなのかはわからない。血の気が引いていくのを感じた。こわい、こわい、こわい。
「大丈夫だ」
ガチガチで体が冷えてきた私を、はじめさんはその手で私の背中をトントンと優しく叩き始めた。そんなことをされるのは初めてだった。
「怖くねぇよ。俺は襲ったりしない。清河を守りたいんだから」
力強く、優しくそう言い切ったはじめさんは、やはり手は私を宥めるように、背中を優しく叩いている。
声と手が、あったかい。違うんだ、あのときと。違うんだ。私を襲う手じゃない、助けてくれる手だ。そう感じると、体と胸の奥がふんわりと熱を持った。嫌な感覚が、抜けていく。
「……はじめさん、あったかいですね」
「おーそうだろそうだろ」
勇くんやあきちゃんにぎゅっとするのとはまた違う、別の安心感と照れ臭さがある。……しかしそろそろ、
「はじめさん………ここ公道なのですが……」
「あ?公道じゃなかったらいいのか?」
「そういうわけじゃないですけど!あと肉付きバレるので嫌です!」
「ほっせぇだろ。気にすんな」
「嫌ですよ!最近ちょっと増えたんですよ!?」
「もともとがほせぇんだからいいんだよ」
恥ずかしくてじたばたしてると、やっとはじめさんは離してくれた。
「清河が、もっと大事なことをたくさん隠してるんだろうなってのはわかってるし、無理に追及もしねぇ」
どきりとする。なにかを察しているのだろうか。そんな感じをさせないようにしていたのに。
けど、とはじめさんは続けた。
「お前のどんなことでも、俺は受け止めたいって思ってる。お前に話して欲しいと思ってる」
こちらを見つめる精悍なその目が真上の空のように澄んでいて胸が跳ねる。
「でも私……」
隠していることが、あなたたちが実在しない世界から来たことだなんて、信じてもらえるのだろうか。話したとき、私の存在はどうなってしまうのだろうか。
「お前が本当のことだって言うんなら、それは本当のことなんだろうなってすぐわかるから、安心しろ」
あぁ、なぜこの人はこんなに私のひとつひとつを拾ってくれるんだろう。
「清河って意外とすげぇ顔に出るタイプだから、嘘かどうかなんてすぐわかんだろ」
「えっ!?そんなにですか!?」
おう、と楽しそうに笑ったはじめさんは私に軽く(パワー5のはずの彼だから相当手加減してる)デコピンをしてきた。
「ちゃんと、待ってるからな」
この人が眩しくて泣きそうです。
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