STORY | ナノ

▽ 八月の付き合い方


爆音にも似た音が辺りに響き渡る。
その音の位置を想像上で確認。後に辺りを塗り散らかしながら隠れて進む。
死角から奥の広場を見た。やはり、俺の読みが当たっていたようで、音を出している犯人がそこにいた。
とりあえず、中央の電光板を利用して向かい側へ渡るか。そう考え前に出た。
相手は俺の動きを読んでいたのだろう。すぐさまこちらにインクが飛んだ。しかし間一髪。避けることが出来た。ここから向かい側へ行きたい。が、恐らくそれも相手にとって予想済みだろう。そこを狙わない手はないはずだ。俺だってそうする。
ならば、と目の前の板を塗った後、シールドを掛けた。これで少しは時間稼ぎが出来るはず。
俺の作戦は成功し、奥の通路に渡ることが出来た。これは大きいと思う。そのまま奥へ行き、さて、このままどうするか。
考える暇はない。こうしている間にも敵は動いているのだ。ならば、隠れて行動し、不意を突くだけ。そんな結論に至り、奥へ、奥へと突っ切った。
上手い奴らはいつもこういう計算を、当たり前のようにしているのだろうか。恐ろしすぎる。考えることで精一杯な俺には、到底辿り着けないところだとつくづく感じた。
もちろん。あいつにも。



ハイカラシティ。階段を上った先。普段はまるで展示物かのようにただ座って話しているだけのシオカラーズが見られるのだが、今日は生憎いないらしく、そのお陰でほとんど誰もいなかった。それをいいことに柵に腰を掛ける。他の三人も、大体似たような感じだ。ただ一人で暴れている奴もいるが。その三人とは、他でもない俺のチームメイト。
「フチドリにしては頭使った方なんじゃない」
平坦な声。声の主は誰もいないスタジオをじっと見つめている。誰もいないはずなのに明るいせいで、窓ガラスは反射されない。
「そうね。リッターにとって嫌なところにい潜伏するんだもの。見直したわ」
嬉しそうな声が隣から聞こえてくる。本心からなのかフォローなのかいつもながらその表情から読み取れそうにない。が、今の俺にとっては鬱陶しい同情にしか聞こえなかった。
なぜならば。
「でもそれで左通路行くってむぼーだよね。だってもう見付かってるんだから後は出てきた時仕留めるだけだもん」
得意気そうな声が目の前で投げられた。そうだけど、その通りだけど。こいつだけには言われたくなくてそいつの特徴であるニット帽をくしゃくしゃにしてやる。予想通りそいつは喚いて暴れていた。うるさい。
俺達、いや、俺はケイと共にプラベに潜っていた。一対一のプラベ。理由は俺が脳筋すぎるから。これに尽きる。俺はチャージャーの射線が見えるにもかかわらず前に突っ走っているらしく、カザカミの提案でケイ協力の下練習することになったのだ。しかしケイの腕を知っている俺としては撃ち抜かれるばかりで、結果全敗。ケイを一回でもキルすることが出来なかった。
「さっきのステージではね、シールドを使ってこちらを攻撃しにこれば良かったのよ。右通路からなら届くだろうし、壊してから攻撃するのには時間が掛かるもの」
ケイが一人で暴れていた奴、エンギのニット帽を整えながら言った。エンギはこちらを指してケイに泣き付いている。対するケイは嬉しそうで、傍から見れば仲の良い姉妹にも見えた。全く似てはないが。
ケイはそう言うものの、ケイならシールドを出す寸前で撃ち抜いてきそうだ。そのくらいケイの腕は確かなのである。四人でタグマに行ってS+とぶち当たった時、負けはしたものの惜しいところまでいけたのはケイのお陰が大きかったと思う。S+相手に涼しい顔して黙々とキルしていくケイを見た時は正直言って震えた。
「ケイだから、なんて言い訳聞かないからね」
スタジオをずっと見ていたはずのカザカミがこちらを向いていた。
「ケイならそれでもキルしてきそうとか、実際の相手は全く知らないイカなんだから」
カザカミが言うことは最もだと思う。というか、正論。勝負は最初から飛ばしていくもの。というのが脳筋なのだと思うが、今回の練習は相手がケイだと知っているから下手に前に出ることが出来なかった。知っている相手だから。それが駄目だとは理解しているがどうしても頭が追い付いてない。そこが俺の敗因だった。
「まぁ気を落とさないで。今日はね、受付に行くんでしょう?」
ケイは切り出した。気を落としていたつもりはないが、そう見えたのだろうか。
「チームで大会出るなんてはじめてだね。わくわくするなー」
「はしゃぎすぎて怪我しないようにね」
「大丈夫だよ! わたし強いから!」
えっへん、と胸を張るエンギ。軽度ではあるが皮肉を言ったはずなのに効かない相手に、カザカミは不服そうだった。
エンギがこんなにはしゃぐのも無理はない。実を言うと俺達はある大会に出場することになっているのだ。その名も「サザエ杯」。ルールはナワバリバトルのみであり、参加するだけでスーパーサザエが一個貰え、準優勝で二十個、優勝で五十個貰えるらしく、大きな大会ではないがえらく豪華だった。どこがスポンサーを務めているのか知らないが、よくやるものだ。お陰で参加するチームが多くいると予想され、出場するチームの受付は夕方頃の一時間だけ、となっている。
「優勝なんて甘い夢捨ててね。まだまだなんだから」
カザカミが釘を刺した。対するケイとエンギも分かりきっているような顔だ。
「もちろんよ。分かってるわ」
「でもやるなら全力で、だよね!」
「当たり前でしょ」
なんだかんだ言ってやる気満々な三人だった。ケイもエンギもかなりカザカミの扱い方に慣れてきたようだ。カザカミ自身も溶け込めてきているようだし、良かった。
しかしこの中で一番俺が実力的に下だと思うと物凄く気が滅入る。ケイは俺達がいないと駄目なので四人タグマによく行くものだが、立ち回り方が凄いのだ。悔しいが。C-にいたのは体質のせいだと改めてよく分かった。カザカミもこれを機に一人でもガチに行っているらしく、今では俺よりウデマエは上だ。エンギはシャプマのリハビリだとかって野良ガチから帰ってきたと思えばS+手前になっているし。全くもって意味が分からない。体質のお陰で下にいるケイ。昔あったトラブルでガチに行かなくなっていたエンギ。極端な怖がりから行くことさえしなかったカザカミ。よく考えてみれば強い奴らばかりなのだ。自分が一番ここに来て日が浅いし、当然といえば当然なのだが、少しだけ、悔しい。
その瞬間だった。とん、と額をつつかれる。予想外の出来事だったので、頭が思い切り後ろに倒れた。
「なにすんだテメェ!」
「だってフチドリ怖い顔してるんだもん。もしかして、フチドリもう忘れたの?」
「忘れたって、なにが」
エンギがずいと寄ってきた。エンギにしては迫力があったので、思わず後ずさってしまう。
「忘れてねぇよ。俺達が出るのは腕試しも兼ねて。チームのはじめての大会として楽しむこと、だろ?」
「分かればよろしい」
笑顔でエンギは戻っていった。本当に腹が立つ奴だな。こいつ。
「ねぇ。まだ時間あるし、一回だけタグマに行きましょうよ」
ケイが提案した。エンギもカザカミも了解したらしく、ならば俺も断る義理はない。それなりに準備をして話し合った後、俺達はロビーへと向かった。



ガチエリア。ハコフグ倉庫。バトル開始の合図が鳴り、みんなが一斉に前に突っ走る。相手は全員ウデマエS。対するこちらはSからBまで様々だ。全員Sなんて、負ける確率の方が高いが、そうも言ってられない。ただ俺に出来る精一杯のことを相手にぶつけるだけだ。
ボールドやったよ、と元気な声が耳元で聞こえる。ナイス、とケイの声も耳元で聞こえた。実はこれ、無線機である。チームが出来た時、申請さえすれば無料でもらえる無線機。コンパクトなのでバトルの邪魔にならず、気軽に情報交換を行えることから、チームが多いタグマでは必須となっている。
臨機応変ではあるが、大体開幕からの行動は決まっている。エンギとカザカミは開幕キル担当。ケイは裏取りから表まで全てに気を配りながら目的のモノの護衛。俺は目的のモノの確保だ。シャプマは射程が短くキルタイムも良い訳ではないので前に行っても大丈夫なのか疑問だったが、むしろそうやって油断してくれるからキルしやすいらしい。カザカミはルールによってブキを持ち替えるが大体はホッカスで、攻められる前に攻めた方が安心できるらしい。そういう二人がいるから俺もケイも安全にエリアを守ることが出来た。もし前の二人がキルされても無線で知らせてくれる。居場所さえ分かれば後は俺がシールドやメインで時間稼ぎをしつつキルしにいくかケイがスペシャルを撒きながら相手を撃ち抜くだけ。上手くいかないこともあるが、それが安定した俺達の立ち回りだった。
そうこうしている内にエリアのカウントも五十を切り、相手の前線もかなり詰めることが出来た。これは勝てるのではないか。そう中央の段の上で潜伏していた時だった。
唐突に体が弾けた。なにが起こっていたのかよく分からなくて飛んでいく体で自分のものとは違うインクの線を辿った。右側の物陰。そこでスシコラ使いが潜伏していたのだ。つまりスパショで俺はやられたのか。スパショで弾けたインクが、エリアの時間を止める。
「右! 右にスシコラが潜伏してやがった!」
体が元に戻ったのを確認すると、すぐさま無線を入れた。だが既に遅し。自陣側にある高台の陰に隠れていたケイも、エリアを塗ろうとした瞬間にスパショでやられてしまっていた。
カザカミがすぐに戻ると言った。が、間に合わないだろう。そう踏んだのか、エンギがカザカミを止め、しばらく安全なところで潜伏しているよう指示した。
こうしてスシコラ使いはエリアを確保。リスキル紛いに合っていた仲間達もスシコラ使いの下にやってくる。唯一一人が自陣の塗りをしていた。
つまり、形勢逆転だ。エリアを確保したことにより自陣塗りに戻る者、前線を下げにやってくる者、行動に幅が出来たことになる。エンギやカザカミが見付かってキルされるのも時間の問題だろう。ケイがキルしようとするが、多勢に無勢。高台にいたところですぐにやられてしまう。せめて前にシールドを置いてやるものの、それで一人キル出来たところで、俺が周りを塗ったところで塗り返されるだけ。完全に不利な状況だった。
相手エリアのカンストが六十を切る。これは逆転されて終わりなのか。もう少しだったというのに。
『フチドリ! スペシャル溜まってる!?』
突然エンギの声が耳元から聞こえた。しかもかなり大きい。幸いまだ気付かれていないようだが、そんな大きな声でバレないのだろうか。
「いや、まだ...。つーかデスってそれどころじゃ」
『じゃあとにかくスペシャル溜めて! ケイはそれまで一人でお願い!』
『了解したわ』
こうして会話は終わった。全く意味が分からない。スペシャルを溜めて突っ込んだところで、もう中央は相手の色でいっぱいなのだ。逃げられるのがオチだし、下手すりゃデス数が増えるだけ。なのに、何故。なによりあいつに指図されること自体が気に入らない。
しかしそうも言ってられない。すでにカウントリードされてしまった。ケイはエンギの指示通り俺がいなくても近寄れないよう立ち回っていた。俺はとにかく、無駄だと思われるところまで塗っていった。あともう少しで溜まる。その時、爆発音が何度も何度も響き渡る。何事かと目を向けると、中央にはエンギとカザカミがいた。エリアも、こちら側のものとなっている。
『全落ち! もう大丈夫だよ』
エンギの声が聞こえる。なるほど、そういうことか。二人ともスペシャルが溜まっていて、二人で突撃してきたのだ。エンギがボムラッシュをし、丁度いいところでカザカミがバリアを張る。ボムから逃げていく敵をカザカミがキルしていく。いつの間にそんな作戦を立てていたんだか。しかしそれなら尚更俺がスペシャル溜めろと指示された意味が分からなかった。
『エンギ、後ろ来てるわ!』
ケイの声が耳元で響く。一人、取り残していた奴がいたらしい。突然のことにエンギも対処しきれず、素直に相手のインクを被る。
咄嗟の判断だった。スペシャルが溜まったことを確認すると、すぐさまダイオウへと変身し、突っ込んでいく。エンギに気を取られていたそいつは、背後から近寄るダイオウに気付かず、そのまま弾けていった。



ハイカラシティから近い、大きな会場。出入口なんてないかのように大勢のインクリングが出入している。それを俺達は会場の隅で眺めていた。出入口だけでなく会場内もかなりのインクリングが集まっており混雑していたが、不思議と俺達のいるここは誰も来ようとしなかった。隅っこなんて人気スポットだろに。不思議で仕方ないが、そんなことを気にしていても無駄なだけだった。
「勝てて良かったわ」
酷く安心したようにケイが言う。その言葉に、カザカミも深く頷いた。
結局、あのバトルはノックアウトでこちらの勝ちで終わった。格下相手に負けて相当悔しかったのか、相手側からかなり睨まれたが、睨み返してやるとすぐに逃げていった。ザマーミロだ。
そして予定通りサザエ杯の為に申請しに会場に来ている。申請はエンギが行ってくれているが、あいつのことになると、なにかが心配になるのは何故だろうか。
「にしてもあの時、あんたら別々のところで隠れてたんじゃなかったのか」
「そうだったけど、エンギがこっちに来たんだよ。それで自分が合図したら一緒に行こうって」
「めちゃくちゃだな」
「危なかったでしょう。上手くいってよかったわ」
そう言って笑った。今は笑い話として話せるが、上手くいかなかったら惨敗で終わってただろう。そう考えるとひやひやする。
しかしカザカミは首を横に振った。いつも真っ直ぐ見据えている黒い目が、今だけはどこかに彷徨っている。その様子にただ事ではないことを、ケイにも伝わったようだ。
「違う。多分あれ、全部計算してやってる」
「はぁ? 嘘だろ。エンギに限って」
「違うよ。なんて言えばいいか分からないけど、あれは計算してたように見えたよ。しかも無意識に。今どこになにがいてどこをとりあえず押さえれば確実か、全部」
いつも通りの平坦な声で言った。内容は平坦どころではないが。ケイやカザカミなら分かるが、あのエンギが。まだ子どもだと自ら言っていたあいつがそこまで考えているなんて、にわかに信じられなかった。早熟型だとは言っていたが、それは身体の成長的な意味だけだろうし。
「きっと才能、だね。ホクサイの時からかなり動きは良かった方だし。今Sなのもただガチをやってこなかったからってだけでしょ」
「凄いのね。だったらまたバトルのこととか聞かないとね」
ね、フッチー、とケイはにやにやしながらこちらを見た。完全に分かりきっている顔だ。反論したいところだが罠に嵌められてしまいそうなのでそこは耐えた。誰がエンギなんかに教えてもらうものか。
そんなやり取りを続けていると、エンギが人混みの中こちらへ走ってくるのが見えた。かなり焦っているようだが、さすがに走るのはやめた方がいいと思う。
「大変大変大変だよ〜!!」
「うっせえもうちょい静かにしろ!」
「だってこのままじゃ大会出られないかもなんだよ!」
突然の爆弾発言に目を見開いた。あのケイでさえ。唯一なんの反応もないのはカザカミだけだ。
「どうして?」
ケイが問いた。当然の質問だろう。エンギも落ち着いて話し始めた。
「わたし達、チームの名前まだ決めてないでしょ? 無名のチームは出せないって」
「そういえば、決めてねぇな」
「待ってよ。チーム結成の時申請したのエンギだったよね」
すかさずカザカミが口を出す。そういえばそうだ。この無線だってエンギが嬉しそうにして渡してきたのを覚えている。そもそも申請してくると申し出たのもエンギだ。
「じ、実はチーム名は後から決めますって言ってあるんだよ。すっかり忘れてた。あはは」
「笑い事じゃねぇだろ」
エンギのニット帽ごと頭を揺すってやる。さすがに反省しているのか、騒ぐことなくされるがままになっていた。
こんなことをしていても仕方ない。一応保留にしてもらってはいるようなので、申請時間が終わる前に決めてしまわねば。だからと言ってすぐに決められるはずもなく。軽く五分は過ぎてしまった。
「めんどくせぇな。なめこ汁とかでいいんじゃねぇか?」
「だっさ。無理却下」
即答だった。まぁ無理もないだろう。いくら俺の好物とはいえこんな名前は嫌だ。するとケイがどこから取り出したのかメモを書いていた。かなりの速度だ。すぐに閉まってしまった。
「なに書いてたんだよ」
「フッチーの好物。いいもの知れたなぁ、と思って」
「メモる程のことでもねぇだろ! 消せ!」
「嫌よ。私にとっては一大事だもの」
一大事ってなんだ。しかもいつもみたいに笑うわけでもなく真顔で。なにかに使われんのか。鳥肌が立ってきた。
すると突然エンギが大声を出した。なにか発見した時みたいな感じで。これもかなりうるさい。これにはカザカミも驚いたらしく、かなり不機嫌な顔をエンギに向けていた。
「なんなのうるさい」
「いいチーム名思い浮かんだよ!」
「あら、そうなの?」
ケイはエンギの声をなんとも思わないのだろうか。かなり興味ありげに尋ねる。それに得意気になったエンギが知りたい? ともったいぶった。そのなんとも言えない笑顔が妙に腹が立ってとりあえずニット帽を引っ張ってやった。その拍子にまた騒ぐものだから非常に面倒だ。
「クロメだよ。チームクロメ! どうかな?」
ニット帽を整えながら言った。クロメ。...黒目? なんでまたそんな名前を、と尋ねると、みんな目が黒いから、だそうだ。確かに、今まで気にしたことがなかったが、ケイもエンギもカザカミも俺も、みんな黒い目をしている。単純だ。単純すぎる。しかし、しっくりくる気もする。気もする。
「いいんじゃないかしら。変にこだわるよりいいと思うわ」
「まぁ、フチドリの聞いた後だと良く聞こえるよね」
「うっせ。じゃあこれで決まりだな」
自分の提案が通ったのが余程嬉しかったのか、エンギはその場で飛び跳ねた。認められたことが嬉しかったのだろう。やはりうるさい奴だが、今だけは黙ってやることにした。
それからね、とエンギがまた話題を切り出した。チームにはリーダーも必要、だそうだ。それもチーム申請時に後から決めると後回しにしていたらしい。どれだけ後回しにすれば気が済むのだろうか。
「リーダーならケイでいいんじゃねぇの」
さっさと決めてしまいたくてさっさと指名した。こういうのって譲り合いと言う名の押し付け合いが始まるものだ。それで時間を取られるくらいならとっとと押し付けてしまえばいい。しかし、俺の発言に賛成してくれる声は出なかった。三人とも驚いたような顔で俺を見ているのだ。カザカミまでもが。それ以外の反応を全くしないものだから、腹が立ってとりあえず睨み返すことにした。
「んだよ。文句あんのか」
押し付けといてその台詞はないだろう。と自分でも思った。
「いいえ。でも私、フッチーの方がいいような気がするの」
「は?」
「そうだよ。だってフチドリ、色々助けてくれたし...」
エンギはらしくもなくもじもじして言った。声を小さくしていくものだから全く聞き取れなかったが、つまりみんな俺に押し付けようとしているのだろうか。なんていう団結力。
「ないない。俺にはぜってー無理だって。てかやりたくない」
「あ、本音聞こえた」
ケイがクスッと笑った。エンギはかなり残念そうにしていたが、やりたくないものはやりたくないのだ。こればかりは譲れない。
ケイはともかく、何故エンギは残念そうにしているのだろう。逆に自分がやると言い出しそうな奴だ。俺を指名したのも面白半分だと思っていたが、どうやら違うらしい。
「このチームの中で一番社交性ないのフチドリだし、ケイでいいんじゃない。ケイ、お願いできる?」
「分かったわ」
「一番って、あんたに言われたくないっつの」
「僕、外キャラはいい子だから」
「よく言うよ。この前泣きついてたの誰だっけ」
「え、カザカミ泣いてたの!?」
「フチドリ後でプラベ」
こうして改めて俺達のチームは完成した。ケイがリーダーの、「チームクロメ」。大会に出たところで、強者が大量にいる世界だ。すぐに負けてしまうことは分かってる。でも、このチームなら、このチームなら少しくらい上にいけるんじゃないだろうか。そう思えるから不思議だ。例え太刀打ちできない敵が来たとしても、そこで諦めてやる程独りよがりではない。



無事大会申請も済んだところで、俺達は会場から出た。申請時間ももうすぐで終わりということで、インクリングの出入りも先程より激しくなってきている。ぶつからず出ろ、という方が困難だった。
出たところで混み合っているのは変わらず、俺達はお互いはぐれないように注意しながら前に進んだ。そんな中でケイとエンギはいつも通りに楽しそうに話しているので、素直に凄いと思う。前も見てないのにどうやって進んでいるのだろう。
女子二人に気を取られていると誰かと思いっきり肩をぶつけた。その拍子に倒れてしまいそうになる。明らかに俺の不注意なのだが、かっとなって睨んでやろうとして振り向いた。
その瞬間、頭が真っ白になった。時間が止まったようにも見えた。先程まで、騒がしく動いていた周りが、酷くゆっくりで。
凄く見覚えのある姿だった。見覚えのある、なんてものじゃない。知っているんだ。水色の髪に、
「...チドリ?」
赤い目。
「ナノ...」
その声は、少しだけ震えていた気もする。無理もない。
あの時、俺が絶望した原因が、目の前にいる。幼馴染みで友達だったあいつが、ここにいるのだ。
「チドリ、もしかしてサザエ杯出るの?」
らしくない、平坦な声だった。あまりに怖くて、その目を見ることが出来ない。
「あ、ああ...」
「そっか。じゃあ俺と当たるかもな。俺のチームも出るんだ。サザエ杯」
少しだけ、あいつの目を見た。その瞬間、俺の体は鉛みたいに動かなくなった。その重さで落ちてしまうくらい。いや、いっそのこと、落ちてしまった方がよかった。
あいつの、ナノの、その目は憎悪で溢れている。
「ただでは済まさないから。俺はお前を許さない。許してたまるものか。チーム共々、壊してやる」
そう一言言うと振り返って、会場の方へと歩いていった。

なにを浮かれていたんだろう。俺は。
分かりきっていたじゃないか。俺は強くなれない。あいつを、超えることは出来ない。
進めないのだ。
今までしてきたことは、きっと、全部、



2016/08/14



[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -