STORY | ナノ

▽ 偽りのポスト


 真夜中の街。空で無数の星が大きく輝いている。
 建物しかないようなこの街では、非常に珍しいことだ。
 嬉しいことなのに心がざわつく──。そうブラックは夜の街を歩きながら思った。
それと同時に、夢の中を歩いている感覚に襲われる。先程まではそんな事全くなかったのに。
人というのは不思議だな、とブラックは静かに苦笑した。
この際だから、もっと星を見ていよう。そう思った矢先だった。

くすん。くすん。

 どこからか、小さな泣き声が聞こえた。
 とても小さな泣き声。それなのに、どうして聞こえたのか、不思議でたまらない。
 ブラックは小さな泣き声を聞き逃さないように、精神を研ぎ澄ませて声の主の下へと足を急がせる。
 その先は暗い小さな路地裏。でも、その声の主は明るく、よく見えた。
「くすん。くすん。」
「…君は」
「くすん。くすん。だれ?」
 声の主はとても幼く見える女の子だった。
 いや、人なのかどうなのかさえ危うい。それほど儚い容姿をしている子だった。
「僕はブラック。君はここでなにをしている?」
「わからないの。わからないの。」

わたしは、だれ?



 『こぺる』──。彼はそう名付けた。
こぺるとは、彼が住む星で「夢」を意味する言葉だ。
名を得た女の子は泣き止み、嬉しそうにくるくる踊った。
その姿を見ていたブラックは、ふと疑問に思ったことを聞いた。
「君はなんなんだ?」
「こぺる。」
「いや、名前を聞いてるんじゃなくて…。君は人間なのか?」
「ブラックは?」
「一応、人間だな」
「じゃあ、わたしも。」
「は?」
「わたしも、にんげん。」
「…」
 言っている意味が分からない、とブラックは思った。それと同時にむっとした。
 冗談でも冗談じゃなくても、気に入らないことを受け入れる心を、まだ子どもであるブラックは持ち合わせていなかった。
「君は違うんじゃないのか? 第一、君は人間に見えない」
「ブラック、にんげん。だから、にんげん。」
「はぁ…もういい。疲れるだけだ」
「はてな。」
 ブラックはもう追及することをやめ、路地裏を出ようとした。
 その時、こぺるをそっと手招きをする。
「はてな。」
「分からないんだろう? だったら、探しに行くまでだ」
「どこ?」
「どこまでも、見つかるまで。さぁ、行こう」



 驚くことに、こぺるは飛ぶことが出来た。
 その時点でもう人間ではないのだが、自分は人間だと言って聞かなかった。
 ブラックは飛ぶことは出来ないものの、跳躍力が並外れて高かったので、二人は屋根の散歩を楽しんでいた。
 でも、なかなか見つからず、時刻も明け方に迫ってきた時だった。


「…!」
「なかなか見つからないな…。おい、本当に思い出せないのか?」
「あさ。」
「朝? ああ、もうすぐ夜が明けるな」
「いく。」
「は? え、ちょっと、どこへ」
 彼女の発言にブラックがこぺるの方を見ると、いつの間にやら遠くの屋根へと飛び移っていた。
 驚いている間にもこぺるはどんどんブラックとの間を開けていく。ブラックは慌てて追いかけた。
「どこへ行く気だ! まだ、見つかって──」
「あさ、いや。かえる。」
「帰るってどこに?」
「おうち。」
「はあ?」
 ブラックは足を止めた。するとこぺるも足を止め、また、さがして、と微笑んでいってしまった。
 ブラックはわけが分からず目をこする。そうしている間に、もうこぺるは見えなくなっていた。
 その日以来、この星の真夜中の街を歩いても、こぺると会うことはなかった。
 それと同時に、こぺる同様に、この街で無数に輝く星を見ることもなかった。
 夢だったのかな、と彼は思った。
 無数に輝く星も、こぺると出会ったことも、夜の街を散歩にしたことも、人間だと言って聞かない話も。
それでも、

 ──それでも僕は、きっと忘れないだろう


「ごめんね。」

 彼女はそっと呟いた。
 今は機械の中。そこで自分の帰りを喜び、賑わってくれる"自分と同じ存在"が大勢いた。


 ごめんね、うそをつくつもりはなかったの。

 髪を伸ばした彼女は、そう呟いた。



2013/11/04



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