STORY | ナノ

▽ Trick yet Treat!!


 目が痛くなりそうなネオンを放つ街の中をGVは歩いていく。
 空で輝いているはずの星々はネオンの光に呑み込まれてその姿を見せない。月でさえ街の建物に遮られ、空は闇そのものだった。
 以前夜の街が気になる、と言うシアンの為にGVは町の様子を写真に収め、シアンに見せたことがある。宝箱の中に入った宝石みたいだね、と呟くシアンに、GVは妙に納得したのを覚えている。皇神に支配されたこの国はまさに箱庭そのものだ。箱庭の中で光る、生命と創造されてきたモノ達。どれもこれも人間が大切に大切に守っている宝石。平和が約束された世界。しかしそれらを綺麗かと問われれば、GVは首を素直に縦に振ることは出来ないだろう。これらは全て、能力者の犠牲の上で成り立つ偽物の平和なのだから。
 街の隅で備えられている時計に目をやる。時刻はとっくに日を跨いでいた。シアンは既に眠っているはずだ。家に着いたらシアンを起こさないようにしなければ。
 あれこれ考えている内にGVは家のドアの目の前まで辿り着いていた。窓からはなんの光も見えない。ドアの前でさえ分かる静けさが漂っていた。
 鍵を開けドアを開ける。中に入って後ろ手にドアを閉め、玄関の明かりを灯し、そして──。
「トリック・オア・トリート!」
 目の前で膝を抱えて上目遣いで笑みを浮かべる、紫の色にちょこんと跳ねた髪が印象的な少女に、驚きを禁じ得なかった。


「シアン。なんでこんな時間まで起きてるんだ」
「GVのこと、待ってたの」
「明日は学校だろ? 寝ないと寝不足になるじゃないか」
「今までもGVのこと待ってたことあるでしょ? だからきっと大丈夫だよ」
「しかもなにも羽織らないで。夜は冷えるんだからちゃんと着込まないと。風邪、引いちゃうよ」
「大丈夫だよ。もう、GVは心配しすぎ!」
 顔をしかめるシアンに、GVは、ごめん、と引き下がった。ここまでシアンが強気になるということはそうしてまで我を通したいということをGVは知っている。シアンが心配な気持ちもあるが、だからといってシアンのやりたいことを潰したいとは思わない。
 帰宅したGVを待ち構えていたのは、既に眠っていると思っていたシアンだった。明かりも付けず、真っ暗な玄関の前で膝を抱えてずっとGVの帰りを待っていたのである。何故、とGVは考えたが、帰ってきた時のシアンの第一声が全てを物語っていた。日を跨いで今日は十月の三十一日。どこかの国の民間行事だという祭りの日。ハロウィンの日である。
 GVにとってハロウィンとは自分に関係がなければ興味もない。平穏に暮らしている人々がお祭り気分で楽しんでいるのを遠くで見ている。それだけのものだったが、監禁生活を余儀なくされていたシアンにとってはきっと違うのだろう。わくわくして、どきどきして、店で見るハロウィンの飾りに心を踊らせていたに違いない。そういえば最近どこかそわそわしていた気がする、とGVはつい昨日までのシアンを思い出していた。今も興奮を抑えきれない、といった様子でソファに腰を掛けているシアンに、GVは微笑ましい気持ちになった。
「だからね、GV。トリック・オア・トリートだよ」
「参ったな…。なにも用意してないよ。今日中に用意するから待ってくれるかな」
「駄目だよ! トリック・オア・トリートって言われた瞬間にくれなきゃ。そうしないとゾンビが現れて代わりにお前の魂を奪ってやるって家を取り囲み出すんだって」
 鼻息を荒くして話すシアンにGVは頭を抱えた。ハロウィンに興味がないGVでも嘘だと分かる。その話は誰から聞いたのか尋ねると、学校の友達、とシアンは嬉しそうに笑った。シアンの学校の友達はシアンが世間離していることを随分熟知しているようである。
「GVがお菓子をくれないなら、わたしいたずらしてもいいんだよね?」
 シアンはこてんと首を傾げた。その表情は待ってましたよ言わんばかりのしたり顔である。どうやらシアンはお菓子よりもGVにいたずらがしたかったようである。GVは背中に冷や汗が伝うのを感じた。
「お、お手柔らかにお願いしたいな…」
「大丈夫だよ。GVの魂は奪わないから」
 シアンはゾンビだったのか、と喉まで出掛かったところでGVはなんとか飲み込んだ。こんなことを口に出してしまえば後が怖いことをGVはよく知っているのだ。
 だが、待てど待てどシアンがGVにいたずらをする様子はなかった。どこかもじもじして顔が赤い。普段から大人しいシアンのことだ。いたずらをすることに少し抵抗があるのかもしれない。
「あの、あのねGV」
「なんだい?」
「えっと…。わ、わたしと今度お買い物に行ってほしいの!」
 胸の前で両手をぎゅうっと握り締めながらシアンは声を張り上げた。
 てっきり手の込んだいたずらをされると思っていたGVは、買い物、と聞き返してしまった。買い物。買い物といえば買い物。もちろん買い物の意味などGVも知っているが、思いもよらぬシアンの発言に少し考え込んでしまった。
「美味しいクレープ屋さんが近くで出来たってこの前友達が言ってたの。わたし、あんまりGVとお出掛けしたことないから…。駄目、かな」
 徐々に小さくなっていくシアンの声に、GVは口元を緩めた。
「それ、いたずらじゃなくない?」
「い、いたずらだよ! GVの大切な時間を奪うっていういたずらなんだから!」
「ふふ。分かったよ。じゃあ今度行こうか」
「本当!? 約束だよ!」
 不安気な表情から一転して満面の笑みを浮かべるシアンが小指を差し出した。それに合わせてGVも小指を出す。小指と小指を組んで。ゆびきりげんまん。じゃあそろそろ本当に寝ないと。そうGVが言うと、シアンは素直に頷いて、おやすみ、と声を掛けて自室へ戻っていった。
 GVもシアンも追われている身だ。お互い隠れて学校に通っているが、二人で行動していては目立つかもしれない、ということであまり一緒に出掛けたことがなかった。その上最近のガンヴォルトは対皇神のミッションで忙しいこともあって家の中でさえあまりシアンと顔を合わせられていない現状だ。シアンはいつも一人でも大丈夫だと笑顔を装うものの、内心寂しい思いをしていたのかもしれない。そう思うとGVは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 もうすぐ。
 もうすぐで依頼も一段落つく。
 そうしたら必ずシアンとの約束を果たそう。
 平穏な日々をこれからも送っていく為にも、今は頑張らないと。シアンのことを、守る為にも。
 そうGVは心の中で強く誓った。
 誓った、はずなのに。



「トリック・オア・トリートです。GV!」
 玄関を潜るなり目の前で発砲音にも似た音が鳴り出し、GVは目を大きく見開いた。
 玄関を潜った先にはこの屋敷の主、オウカが、クラッカーを手にしてにっこりと笑っている。
「ちょっとオウカうるさい! GVがびっくりして転んじゃったらどうするの!」
「あっ、ごめんなさい! わたしそこまで考えてませんでした…。さすがはシアンさん。GVのこと、よく分かってますね」
「そ、そりゃGVとわたしはずっと一緒にいるんだもん。オウカより知ってて当然なんだから」
「一体どうしたの。オウカ」
「あ、そうですGV。トリック・オア・トリートですよトリック・オア・トリート! お菓子をくれないといたずらしても大丈夫な日なんですよ」
 このままでは先へ進まないと察したGVが二人の間に割って入った。そして思い出したようにオウカが両手をぽんと叩いた。
 そういえば、とGVは今日がなんの日だったのかを思い出した。今日は十月の三十一日。ハロウィンの日である。さっきまで街に出ていたGVだが、奇妙な服装をしている人が多かったのはそのためか、と一人納得していた。
 しかし困ったことにGVはお菓子など用意していなかった。今、オウカに言われるまで今日がなんの日だったかすっかり忘れていたくらいである。常日頃からお菓子を持ち歩く習性もないGVは、今オウカに差し出せるものが何一つないのである。
「GV、お菓子持ってなんですか?」
「実は…。ごめん。なにも渡せるものがなくて」
「大丈夫です。なんとなくそんな気がしてましたから。じゃあわたしからのいたずら決定ですね」
 くすくすと笑うオウカに、GVはどこか居心地の悪さを感じた。オウカの笑顔はいつもと変わらない純粋なものだが、これからいたずらをされるのだと思うと少し気味が悪く感じてしまう。
「じゃあですね。今度一緒にお洋服を見に行きませんか?」
「…服?」
「はい! GVってあまりそういったものに興味がないように見えるので、少しでも興味を持ってもらえたらなって…。あ、もちろん無理にとは言いません!」
 慌てて首を横に振るオウカに、GVは肩の力が抜けるような感覚に陥った。
 どうやら本格的ないたずらをされる訳ではないらしい。少し身構えていたが、オウカが嘘を言う訳がないし、どうやら本当のようだ。
「全然構わないけど、それ、いたずらなのかな…」
「いたずらですよ。わたしの選んだお洋服を着てもらおうと思っているので。GVに拒否権はありませんからね」
「ふふ。じゃあお願いしようかな。楽しみにしてるよ」
「はい! わたしも色んなお洋服を着るGVを見るのが楽しみです」
 もちろん今のままでもとっても素敵ですからね、とオウカは微笑んだ。GVは礼を言うと、オウカに微笑み見返した。
 命懸けのミッションをこなす日々の合間の平穏な風景。
 幸せそうに笑う二人を、シアンは黙って見ていた。
 わたしだって、本当はGVとこうやって話していたはずなのに。
 一緒に生活して、お話しして、笑っていたはずなのに。
 結局約束は果たせなかった。
 突如現れた皇神の能力者によって。

 本当なら、手に入れていた日々だったはずなのに。

 シアンはちくりと刺す胸の痛みを、そっと心の奥にしまった。



2018/10/31



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