STORY | ナノ

▽ ようこそ新世界へ


「もー嫌ー! お腹空いた! お菓子が食べたいわ!」
「口を慎め人造人間。神の御前だぞ」
「お腹に入れられれば神も人間も同じだわ。どうでもいいけどその気持ち悪い口調やめてよね」
「私のこの気高さを理解できぬとは哀れな奴だ。即刻あの世に送ってやってもよいのだぞ」

 どうしてこうなったのだろう。ボクは今日何度目になるのか数えることすら諦めた溜め息を吐いた。



 ことのはじまりは一週間程前のことだ。
 勉強をして、母や弟におやすみの挨拶をして、ベッドで眠る。いつもと変わらない、身に染み付いた習慣をこなして一日を終えたはずだった。はずだったんだけど、翌日、目を覚ますとボクは自室のベッドではなく、病院の様な冷たいシーツで包まれたベッドで寝ていた。ボクのすぐそばには小太りの男の人が立っていて、話を聞くとどうやらボクはここから少し離れたところの道端で倒れていたらしい。それをこの男の人がここまで運んできてくれたのだそうだ。
 話している内にここはボクがいた世界よりも未来の世界で、今いるこの場所は世界中の腕に自信がある者達が集まり三人一組になって勝負をしていく場所なのだということを知った。しかし驚くのはまだ序の口で、この男の人───この武道会場の従業員さんらしい───の口から出てきた「あなたのような別の時間から飛ばされてくる人は珍しくない」という言葉でまだ平静を保てていたボクも大きな声を上げて驚いてしまった。既に何十人と飛ばされてきた人たちを見てきたらしく、その中にはなんとあのフリーザやセルもいたというのだ! …こんなの、驚くなと言う方が難しいよね?
 元の世界への帰り方も分からず途方に暮れていると、従業員さんはボクはまだ子どもだからと、ここから少し離れた場所にある簡単に作られた家をしばらくの間貸してくれると言ってくれた。あと食事は言ってくれれば用意してくれるとも。なんて親切な方なんだろう。唐突に見ず知らずの土地に飛ばされ、少しの不安を覚えていたボクにとって、従業員さんのその優しい微笑みは信じきるには充分すぎるものだったんだ。


 ここまではボクがこの世界に来たはじまりのお話。問題はここからだ。
 少し、どころではない、武道会場からかなり離れた、森の出入口辺りにひっそり建てられた家に居候することになったボクは、翌日周辺散策も兼ねて森の奥へ散歩に行った。それが間違いだったのだ。
 端的に言うと、森の奥でボクは父にそっくりな自称神様と、人造人間であるという21号さんと出会った。…それからどうなったと思う? 二人に絡まれ、唐突に武道会に出る為のチームを組めと言われたのだ。後から聞いた話、二人はこの時はじめて喋ったらしく、今となっては仲が悪そうに話しているんだけど、この時の二人のはじめましてとは思えない息のぴったりさは今も忘れられない。
 二人はなんと一目見てボクが孫悟空の息子だと気付いたらしく、この人たち曰くボクは人質…ということらしい。神様も21号さんもおとうさんになにやら因縁があるらしく、息子であるボクを人質として取っていればいずれ奪い返しに来るに違いないというのだ。…ボクはこの世界の住人ではないし、そもそも過去から孫悟飯という存在が来ているとは夢にも思わないだろうし、そんなに上手くことが運ぶのだろうか。そんなボクの問いかけも空しく、二人は息を合わせて捲し立て、ボクの意見など一つも通ることなくそこに一つのチームが結成してしまったのだった。
 ボクとしてはおとうさんをターゲットにしてる人とチームを組むなんて嫌だったんだけど、この二人は今のボクより遥かに強い。捲し立てられなくたって二人に従うしかなかったんだろうな、と今になって思う。



 そんなことがあり、ボク達は従業員さんに借りたおうちで三人で暮らしているんだけど…。

「なに? わたしとやり合うつもりなの? 神様の知能も万能じゃないのね」
「私の美しさを貴様の体に刻み込んでやる。この私の手でその減らず口を塞いでもらえるのだ。ありがたく思え」
「あーあー待ってください! お二人とも落ち着いて!」
「邪魔をするな人間!」
「あなたからお菓子にしちゃうわよ?」
「こんな時ばっかり息ぴったりなんだから…。21号さんもさっき昼食を済ませたばかりじゃないですか。少しは我慢しましょう? ね?」
 ボクがそう二人の間に割って入ると、座り込んでいた21号さんは頬を膨らませてぷいとそっぽを向いた。神様はというと余裕の笑みを浮かべたまま壁に寄りかかって立っている。
 そう。なにが一番問題かって、この二人、凄く仲が悪い。喧嘩という程でもないけど、お互い自分が一番強いと思ってるからすぐに言い合いになるのだ。よくこれでチームなんて組もうと思ったよね。打倒孫悟空、以前の問題だよ…。まず今ボクたちは家の中にいるわけで、ここで戦闘なんかはじめられたら家が壊れちゃうよ。ボクたち居候の身なのに。
「人間の体は不便なものだな。食に貪欲な姿は品がない」
「あなたも結構食べてたじゃない。自分は特別だとでも言うつもり?」
「人間の姿を借りているが私は神だからな。だからこそより人間の不便さを嘆かざるを得ない」
「あっそ」
 21号さんは呆れて返事も面倒、といった様子だ。それから口は開かなくなったけど、その表情は先程と変わらず食欲を抑えているように見える。
 うーん、ここまでくると可哀想にも見えてきちゃうなぁ。ボクたちは普段食事はなんと無料で武道会場にある食堂で振る舞ってもらっている。それもあの優しい従業員さんがこの世界のことをなにも知らないだろう、とボクたちのことを気にかけてくれたからだ。本当、あの人の親切さには頭が上がらない。だからこそ、この家に食料なんて飲み物以外ないに等しいんだけど…。
「…あ!」
 その時、ボクはふとあることを思い出して思わず大きな声を上げてしまった。その様子に、余裕そうな表情だった神様も眉を潜めた。
「なんだ騒々しい」
「あっ、ごめんなさい…。ちょっと待っててくださいね」
 軽く頭を下げるとボクは慌ててキッチンに向かった。それから冷蔵庫を開けると、ほとんど物が入ってない中で赤く光らせて存在感を主張する存在がそこにはあった!
「ありました! 21号さん!」
「なあに、それ」
「りんごですよりんご! 食べたことないですか?」
 そう。りんごだ。前に食堂のおばちゃんにおまけで一つ持たせてくれたのだ。それを思い出して21号さんに見せたんだけど、あまりぴんと来ないみたい。
「わたし作り替えるのはお菓子専門だもの」
「そ、そうなんですか…。りんごは甘くて美味しいんですよ。待っててください」
 作り替える、というなんだか不気味な台詞は置いておいて、ボクはさっそくナイフを持ち出してりんごを切った。弟が出来てからというもの母に代わって家事をすることも増えたので、りんごを切ることくらい朝飯前だ。
 皮は人によって好みが分かれるな…大きさはどのくらいがいいだろう…。あれこれ悩みつつ、少ししてりんごは無事切り終えた。
「どうぞ。少しくらいは足しになるといいんですけど」
 フォークと一緒にりんごの乗ったお皿を21号さんに差し出すと、21号さんは眉を潜めつつ、フォークを手に取ってりんごを突き刺した。
「…。…! 美味しい! なかなかいけるわこれ!」
 一口食べると21号さんは満面の笑みを浮かべた。
 よかった! お口に合ったみたいだ。よかったですね、と声をかけている間にも21号さんは次々にりんごを食べていく。
「神様もどうですか?」
「あんな奴にあげなくてもいいわよ。神様は人間とは出来が違うみたいだし?」
「言われなくても人間からの施しなど受けぬ」
 今度は神様がぷいとそっぽを向いてしまった。えぇ、朝昼晩、食堂でじゅうぶん過ぎるくらい施し受けてる気がするけど…。なんて言ったらただじゃ済まないことは想像しなくても分かるので、ボクは決して口にはしなかった。
「おかしいわね。いっつも食堂で施しを受けている神様をわたし、いつも見ている気がするけど」
 と思ってたのに21号さんが言ってしまった! なにか企んでそうににやりとしているあの表情、確信犯だ。途端にボクは眩暈がしてきた。ああ、もう嫌な予感しかしない。
「人間の体は不便だ。故に食さねばならない。気高く偉大な神である私が食べてやってるのだ。むしろありがたく思われるのが道理というものだろう」
「ああ言えばこう言う」
「よっぽど死にたいらしいな。覚悟は良いか!」
「こっちの台詞よ! 孫悟空を片付ける前にあなたから食べてあげる!」
 しっかりとりんごを平らげた21号さんは勢いよく外へ飛び出した。窓ガラスを割って。それを見たボクは言葉にならない叫び声を上げた。同じく神様も別の窓ガラスを割っていき、そのあまりの無慈悲さにボクは膝から崩れ落ちた。
 あの、確かに戦闘は外でやってくれる方が家に被害が少なくなるからありがたいけど、割られちゃ意味ないんだよ…。
 割られたガラスの破片を集めつつ、二人が飛び出していった先を見つめる。
 これはまた従業員さんにお世話になってしまうやつだ。本当に申し訳ない。ボクは従業員さんの優しい微笑みを思い出していた。きっと従業員さんは変わらない笑顔でこの窓の惨状も直してくれるだろう。そんな優しい従業員さんに迷惑を掛けてしまったと思うと胸が痛い。
 本当、こんなのであの二人はおとうさんを倒せるのかな。
 そちらの方がボクにはありがたいし、もし二人が仲良しだとしてもおとうさんなら負けやしないだろうけど…。先の見えない不安と疑問に、ボクは深い溜め息を吐いた。



2018/05/19



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