STORY | ナノ

▽ コトバコトノハ


 始まりはとある一言からでした。



「なぁレンって元はそんな敬語じゃなかったんだよな?」
 とある日のお昼時。
 自分達チームノワールは拠点とする自分達の家で(いわゆるルームシェアというやつです)、リーダーが作ってくれたお昼ご飯を食べていました。リーダーが作ってくれたのは炒飯で、ご飯はパラパラしてて味もちょうどよくて、とても美味しいです。さすがリーダー。尊敬します。…話が逸れてしまった。
 ご飯の時、テーブルのどこに座るかとかは決まっているわけではねーのでいつも自由でした。それで今日という日は運悪く自分の隣にデュアカス使いが来たのですが、しばらく食べていると、ふと冒頭のようなことを聞いてきたのでした。リーダーとナノがテレビを真剣に見ているので、その声は少し小声でした。
「まぁ、そーですけど。それがなにか」
 なるだけそっけなく答えました。なにを隠そう自分はデュアカス使いが嫌いなのです。その上デュアカス使いと話してるとめんどーなことしか起こりません。てきとーに流して、さっさと話を終わらせてしまいたいのが本音でした。
 そもそも自分がこんなふざけた敬語を使っているのにはちゃんとした理由があります。簡単に説明すると、第一印象の為でした。敬語で話せば他人とは一定の距離を保てるし、失礼っぽくすればそれだけで関わりたくなくなるでしょう。つまり誰とでも簡単に仲良くなれるこの世の中、誰かと関わりを避ける為に作った自分を守る為の言葉でした。ナノとはじめて会った時、とても面白い方なんだね、なんて引きつった笑みで言われたことがあるのでこの作戦は成功だったと言えるでしょう。思い出したらなんでかナノに申し訳なくなってきた。
 素っ気なく答えたにも関わらず、デュアカス使いはじゃあさじゃあさ、と話を続けました。ぜってーわざと知らないふりしてますね。めんどーにも程がある。そもそもこのこと知ってるのデュアカス使いだけだったりするんですよね。教えなきゃよかった。
「ニサカ達はチームなんだし、敬語やめてもいいんじゃね?」
「却下」
「なんで!?」
「めんどくせーからです。それにもう癖なので直らないし、あとあんたさんに言われて直すのも癪です」
 この話は終わりだ、と言わんばかりに自分はご飯を食べることに専念しました。
 しかし意外にもデュアカス使いは折れてませんでした。いや、しつこさは意外でもないか。自分がご飯を食べていようが話を続けていきます。
「でもさーそれって逆にニサカ達に失礼じゃね? だってチームなのに壁作られてんだぜ?」
 デュアカス使いはわざとっぽく悲しそうにして言いました。
「それでけっこー。あんたさんとは仲良くなるつもりねーので」
「ナノは?」
「うっ」
 思いもよらない人物の名を上げられ言葉に詰まりました。焦る自分を余所にデュアカス使いの笑みは深まります。確信犯か。めちゃくちゃ腹が立ちました。
「フチドリは? エンギは? も、もしかしてリーダーも…? あーあ可哀想」
「卑怯ですよそうやって引き合いに出すのは!」
「お前らなにを騒いでいる。静かにしろテレビが聞こえんだろう」
 我慢ならなくてデュアカス使いに言い寄ると、リーダーの咎める声が聞こえてきました。その表情は凄く迷惑そうで、どうやら自分達は話している内に声が大きくなってしまっていたようです。…自分が少し怒鳴ってしまったこともありますが。
「ごめんリーダー」
「…ごめんなさい」
「分かればいいんだ。せっかくのテレビも聞こえなければ意味がないからな。…とナノが言っていたぞ」
「え、俺!?」
 まさか自分の名を出されるとは思っていなかったのか、とても驚くナノ。しかしリーダーは特に言及することなく視線をテレビに戻しました。リーダー、テレビ見たいことくらい素直になっていいのでは。
 納得いかなそうにしながらもナノも視線をテレビに戻したところで、デュアカス使いが自分の脇腹を肘でつついてきました。
「なんですか。今注意されたばかりなのに」
「そもそもレンが敬語外さないからじゃん」
「なにその極論」
「ほらほら壁をなくす為にもリーダーの為にもなによりニサカの為にも! 敬語外してこうぜ!」
 小声で隣で騒ぎ始めました。
 もういらいらが止まりません。なんで自分がこんな目に。敬語なんてどうでもいーじゃねーですか。それとも敬語のありなしで関係が変わるもんなんです? そりゃ始まりは関係を持たねー為ですが、慣れちゃったもん仕方ない。
 てかそれならデュアカス使いはどうなんですか。自分より年上で男の癖に自分のこと名前呼びって、誰かの個性に文句つけたくねーですが、自分の敬語をあーだこーだ言うならこちらだっていちゃもん付ける権利があるってもんです。
「あんたさんは自分のこと名前呼びするのは生まれつきなんです?」
「いや、違うけど。…」
 答えたところでデュアカス使いはしまった、といった表情になりました。
「じゃあ元の一人称に戻してくだせー。その一人称はっきり言ってだせーですよ」
「ださっ!? …って別にいいじゃん。てか絶対戻さない」
「あんたさんが戻さねーなら自分も戻しません」
「あっ、卑怯だぞお前! あーあほんっとジェッカス使いってこういうとこ陰キャでずるくて根暗だよな」
「それとジェッカスは関係ねーでしょう!?」

 バンッ、と大きな音が部屋に響きました。
 それに合わせて部屋の中が静かになります。聞こえてくるのはテレビに出てくるイカの陽気な笑い声だけです。
 その音の原因は、リーダーでした。スプーンで食べていたはずなのにフォークを強くテーブルに突き刺しています。どうやらそれだけであれほどの大きい音を出したようです。さすがリーダー。
「お前達、私がさっき言ったことをもう忘れたのか…?」
 俯いていて表情はよく見えませんが、その声は唸るように低いものでした。殺気もすげーです。とても怒っている、ということは火を見るより明らかでした。
「罰として今日の家事はお前達がやれ!!」



「あーあ。怒られた」
 昼下がりの午後。自分はお皿を洗い、デュアカス使いは掃除機を手に部屋を掃除していました。
 あの後、怒りに怒ったリーダーはご飯を食べるなりさっさと家を出ていってしまったのでした。その場の雰囲気に耐えきれなかったナノも一言謝ってその場を退場。今家にいるのは自分とデュアカス使いだけでした。
「ちょーっと敬語外してくれるだけでもいいのにさ、短気は損気だぜ?」
 いじけたようにデュアカス使いは言います。けど自分は知ってます。そういうのは演技で、デュアカス使いは本当は余裕を持っているのです。きっとその言葉に反応して返事をすればいつもの笑顔で返すでしょう。だから無視を決め込んでいる訳です。ただめんどーなだけでもありますが。というかそのことわざ、ちょっと違くねーですか。
「せっかくニサカがレンの新たな扉を開こうとしてあげたのに断るなんて、うう、ニサカの優しくてガラスの繊細ハートは傷付いた!」
「…」
「リーダーもさぞ悲しむだろうなぁ。ナノの泣きそうな顔が目に浮かぶぜ」
「…」
「もしかしてどっかの誰かさんみたいに語尾に自分の名前入れてるとか? レン、レンレン! …みたいな」
「…」
「なんでジェッカス使いって言うことは達者な癖に頭固いんだろうな」
「だからジェッカスは関係ねーって言ってるじゃねーですか!」
 つい返事をしてしまいました。自分ははっとなります。デュアカス使いは引っ掛かった、とでも言いたげににんまりしています。きもちわる。
 そうです。自分はジェッカスのことを言われるとついむきになってしまうのです。だって好きな子のこと悪く言われて黙っていられる訳ねーじゃねーですか。
 しかしデュアカス使いはそんな自分の気持ちを無視して悪口を言うのです。しかも自分がむきになると分かりきっているからたちが悪い。だからこいつと関わるのは嫌なんです。
「デュアカス使いが一人称呼びにすればって言ったじゃねーですか。そうすれば敬語外します」
「ええー。じゃあまずニサカのこと名前で呼んでよ」
「はぁ? それが一番嫌」
「なんで! あーもう本当ジェッカス使いってわがま…ま…」
 そこでデュアカス使いが掃除機を動かす手を止めました。それもそのはず、デュアカス使いの前には皿洗いをしていたはずの自分が包丁を持って立っているのですから。
「え、なにレンなんでそんな危ない物持ってんの」
「こっちの方が良かったですか」
「そういう問題じゃない!」
 デュアカス使いの問いに自分は包丁を置き、ジェッカスに持ち替えました。よくてに馴染む、自分の相棒です。
「言い残すことはねーですか」
「いやいやいやレンこの前インクリング傷付けたばっかじゃん! 普通こういうのトラウマ負っててもおかしくなくね!?」
「本編と番外編とでは話は別! 覚悟!」
「それ言ったらあかんやつああああ待て! 待て来るな!」
 部屋の中に、デュアカス使いの叫び声が響き渡りました。




「リーダー帰ってきてたんだ」
「ナノも帰ってきたのか。いや、さすがにさっきは怒り過ぎたと思ってな。プリンを買ってきてやったんだ」
「そんなもう二人とも子どもじゃないと思うんだけどなぁ…。あ、待って俺開けるね。…はい!」
「ありがとう。おいお前達、プリンを買ってきてやって…」

 部屋に入ってくるなりリーダーは言葉を詰まらせました。当たり前です。罰として与えたはずの家事仕事を放り出すどころか、部屋中緑色のインクが散りばめられ、クッションもタオルも巻き散らかしてあるのですから。
 極めつけにジェッカス担いでデュアカス使いに迫る自分の姿が。リーダーの表情がみるみる内に鬼のように険しくなっていきます。後ろにいるナノが逃げようとしています。待って逃げないで。
 それから数秒後、今までにないくらいに怒り狂ったリーダーに家を追い出され、その日デュアカス使いも自分もタグマで夜を過ごすことになるのでした。めでたしめでたし。



2018/04/01



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