贈物。 | ナノ
走り出せ、純情



「ごめん、今は……その、そういうの考えらんねえっつーか…。よく、わかんねえんだ…」


そう言って、目の前にいる一護くんは私に頭を下げた。
オレンジの髪が、夕陽に照らされてより一層キレイにその色を放っている。


『あ、あはは、だよねー!ごめんごめん、何か変なこと言っちゃって!…あ、今のは忘れて、ね?』


勢いよく体の前で手を振って、私は屋上を後にする。
扉が閉まる直前、一護くんがもう一回私にごめん、と呟いたような気がした。


悲しくないわけがない。
今は、なんてずるい言葉だと思うよ?
だってそれって、ちょっとくらい可能性があるって思っちゃうじゃない。

小さくてもほんの少しでも、そんな可能性残されたら…諦めるのなんて無理だよ。




「なーにこの世の終わりぃ〜みたいな顔してんだよ」


教室に戻った私に、幼馴染の呑気な声が降りかかってくる。
別に、待ってる必要なんかなかったのに。


「つーかどこ行ってたんだよ!今日夕飯の買い物して帰るから、荷物持てっつったのお前だろ!」

『あれ、そうだっけ。あー、はいはいすいませんー』

「お前な!悪いって思ってねえだろ!そういうことすっと、言いつけてやるからな!」

『誰に?』

「え?そりゃあ…一護とか?」


なんでそうなるわけ。
きっと一護くんなら何とかしてくれる、そう思ったんだろうけど。
今の私にとっては、聞きたくない名前だった。

それを悟られないように、私は机に放置していたカバンを乱暴に取って。


『わかったわかった、じゃあ今度啓吾になんか奢ってあげるからさ?ほら、行くよー』


わざと会話を終わらせて、私は教室を出る。
待てよ、とか言いながらばたばたと走ってくる啓吾の足音を、後ろに聞きながら。






******


あれから大分経ったけど、私は結局一護くんのことが好きなままだ。
気まずいかもって思ってたけど、一護くんは以前と変わらず話をしてくれる。

きっと私の気持ちもわかってると思うけど、やっぱりそれを理由に避けたりなんかするような人じゃなくて。

そういう優しいとことか、相変わらず「お前莫迦だな」って言って頭をぐしゃぐしゃに撫でるとことか。
「鵺雲」って呼ぶ声も、やっぱり全部好きで。

時々屋上で授業をサボってる一護くんに会いに行ったりもした。
一瞬またかって顔するけど、一護くんは仕方ねえなって笑ってくれる。
冗談めいた感じで(本当は冗談なんかじゃないけど)「好きだよー」なんて言ってみたりもした。
びっくりした顔して、そしてちょっと困った顔して、ありがとなって笑ってくれる。

こうやって少しでも他の子より一緒にいれば、ちょっとは気にしてくれるかな、なんて。

もしかしたら振り向いてくれるかも、そう思ってた。




思い上がり、これほど今の私にぴったりな言葉はないと思う。
いつもと同じように足を運んだ昼休みの屋上で、一護くんが真剣な目をして織姫ちゃんに言ってた。

「傍にいてほしい」

って。

いきなりその現場に出くわして、意味がわかんなかったけど。
一護くんの前に立っていた織姫ちゃんが首を縦に振っていて、一護くんは顔を赤くしてて。
その様子で、漸く単語の意味を理解した。

屋上の扉を開けようとしていた私の手からは自然と力が抜けていく。
他にもなんか喋ってたけど、私の耳を掠めるのはただの音でしかなかった。


なんだ。
一護くん、ちゃんと好きな子いたんだ。
しかも織姫ちゃんがその相手だったなんて。
今は、とか言ってたから、てっきりそうじゃないと思ってたのに。

やだ、もう。
その言葉に勝手に期待してた私が莫迦みたいじゃない。


背を向けて走りだす。
教室に戻るのも嫌で、私は真逆の方向へ足を向けた。


「っと、何してんだよ!サボる気かー?」


その声と共に、誰かに腕を捕まれる。
振り返れば口を尖らせた啓吾がそこにいた。


「え?は、ちょっ…お前、泣いてんのかよ!?どうした!?」


そこで初めて自分が涙を流していたことに気づいた。
それに気づいてしまえば、あとからあとから涙が溢れてきた。
唇を噛み締めてうつむく私に、啓吾がうーん、と唸ってるのが聞こえて。


「よし、来い。そんな顔じゃ授業無理だろ?」


私の返事を待たずにどこかに向かって歩きだす。
珍しく真剣な声の啓吾に引っ張られて連れていかれた先は、校舎の裏だった。

ひんやりした空気がまとわりついてくる。
半ば強引に座らされたコンクリートが冷たい。

隣に腰を下ろした啓吾が、はぁっと白い息を吐き出した。


「なぁ、マジでなにがあったわけ?」

『…別に、なんもない』

「そんなとこで嘘ついても仕方ねえじゃん。…一護のことだろ?」


普段はふざけてるくせに、時々こうやって核心に触れるようなことをズバッとついてくる。
そんなにわかりやすい態度は取ってないはずなのに、どうしてわかるの?
ていうか人に聞いといて、気づいてるってなんなのよ。


「ちょっと前から変だったじゃん、お前。あん時も泣きそうな顔してさ」


そういえば、と思い返してみる。
啓吾はあの時も私の変化に気づいてた。
顔に出してないつもりだったのに。


「一護に、何言われた?」


ん?と下から顔を覗き込んでくる。

それを言ったところで状況が変わるわけでもないじゃない。
一護くんが織姫ちゃんに「好き」と言っていた事実は、今もしっかり頭の中に残ってるんだから。
思い出すだけで、目の前が滲んでいく。

けど、これは啓吾なりの聞き方であって、心配の仕方なんだと思う。
たぶん何の悪気もないだろうから、責めるのは何か筋違いな気がした。

ず、と鼻を啜って、私はわざと笑みを浮かべて。


『…何も言われてないよ。私が勝手に失恋した、ってやつ?』

「は…?どういうことだよ…」

『さっき見ちゃったんだよね、一護くんが織姫ちゃんに告ってるの。…一護くんもさー、好きな子いるならあの時はっきり言ってくれてたらよかったのにね!思わせぶりなこと言ってさ、期待した私が莫迦じゃん?』


まくしたてるような私の言葉に、啓吾があ、と小さく声を発する。
私の言う"あの時"がいつのことだったのか、啓吾の中で繋がったみたいで。

大げさなまでにあはは、と笑ってみせる。
胸がきゅうと締め付けられたけど、ずっと泣いてるより数百倍マシ。

大丈夫だよ、といつもの調子で啓吾の背中を叩こうとする。
けどその啓吾が珍しく眉を寄せていて、思わず手を止めた。


「…それ、マジ?一護が井上さんを?」

『え?…あ、うん…見間違えるわけがないし…』


しばらく考えるような素振りを見せた後、啓吾が勢いよく立ち上がる。
私を見下ろして、ぐしゃぐしゃと頭を撫でて。


「大丈夫だ、俺に任せとけ!」

『は?任せとけって…もう無理なんだってば』

「いいからいいから。とにかくさ、お前が思ってるほど事態ってそんなに深刻じゃないかもしんねーよ?」


…いやいや。深刻なんですけど。
何を根拠にそんなこと。

でもあまりに啓吾が自信ありげにへらへらしてるもんだから、今までの重い気持ちが一気に軽くなったような気がして。


『…気持ちだけ受け取っとく。ありがと』

「気持ちだけってお前なぁ!ま、見てろよ?」


にしし、と笑った啓吾の手が、私の肩を思いっきり叩いた。





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