贈物。 | ナノ
甘ったるくて仕方ない



今日何度目かの呼び出しにごめん、と告げて、喫煙室に足を運ぶ。
扉を開けた音に反応して振り向いた阿散井が、にやにやと変な笑みを向けてきた。



「檜佐木さん、今日何回目?」

「数えてねえよ。別に興味ねえもん」

「それは今日に?それとも女に?」

「どっちも」

「うわ、やっぱり似合わねえセリフ」

「あぁ?」



今日、10月31日。
尸魂界では男女問わずお菓子を渡すことができて、やたらと告白するヤツが増える日、所謂第二のバレンタインとして認識されている。


なんてオイシイ日なのかと思っていた。

くれるというものは遠慮なくもらってたし、俺に悪戯されたくて寄ってくる女とは、文字通りキモチイイことしたりなんかしてた。

…以前の俺ならば。


いろいろしといてアレだけど、俺にだって本気で好きなヤツがいた。
どんなに甘い言葉をかけてもどんなに構っても、ごめんなさいの一点張り。
そんな彼女だからこそ惹かれたのだけど、その間にも繰り返される俺の行いを知ってたから、振り向いてもらうのに随分と長い時間を要した。


今朝家を出るときに「今日はまた大変な日になるかなぁ」って笑ってたけど、きっと内心不安で仕方ねえはず。
今までの悪い関係を全て切って、信用してもらうために何度も何度も告白してやっと頷いてくれた彼女だから、二度と悲しませるような真似したくない。


だから、俺に彼女ができたことを知らない子たちがやってくるたびに、ごめんな、と繰り返した。
彼女は言ったらいいのに、って言うけれど、彼女に何かあったらと思うとしたくなくて。
それが例え俺らしくなくても、彼女のためだと思えば何の苦にもならなかった。



「でもま、だいぶ落ち着いてきた方っスよね。檜佐木さんも彼女一筋だし、鉄壁のあいつだって健在でしょ?」

「おう」

「あいつがいる限り執務室は安全区域だし。彼女以外の子が近づくのは難しいっスよね」

「あいつのガードは完璧だからな」

「それにしても、あいつが檜佐木さんの補佐になった時の衝撃はすごかったな。あの人檜佐木さんのこと嫌いでしたよね?」

「違いねえ。でもまぁ、そのほうが都合いいんだよ、何かと」



鉄壁の補佐とは、うちの三席、楠鵺雲。
統学院の時から、何かと俺を敵対視してた。
俺に会えばあからさまに嫌な顔するし、目の前で嫌いだとも言われたもある。
軽い俺の性格も、なのに学年トップクラスの成績も気に入らなかったんだと思う。

だから俺が副官補佐にあいつを指名したときは、とんでもない勢いで拒否してきやがった。
だけど、俺はあいつのこと嫌いじゃなかったし、むしろあいつの俺に対する対抗心が仕事にもいい影響だすんじゃねぇかって思ったから、無理矢理九番隊に引き込んで。
まぁ実際、そんな俺の勘は大当たりだったわけだけど。



「ま、適当に頑張ってよ。これあげますから」



にっと笑った阿散井から煙草を一本もらって、煙を深く肺に吸い込んだ。



******


想像通り、午後も大変だった。
俺が一人の時を見計らって、泣きそうな顔しながら菓子を持ってきた女の子もいたし、切ったはずの女がまた迫ってきたり。

今までの自分の軽さを激しく呪う。
泣かれたりひっぱたかれたり、もちろんいい気はしなかったけど、彼女のためならと頭を下げた。

一方で、執務室に来る子たちには、鵺雲が対応してくれてた。
霊圧感知に長けていたから、そういうのを感じれば、すぐに廊下に出ていって。



『檜佐木副隊長は今お忙しいので。申し訳ありませんが、お引き取りください』

『貴方はただの補佐でしょ。あたしは修兵に会いにきたの。だからどいて』

『できません。檜佐木副隊長からそう言われてますので、何と言われようが通せません』



凛とした声が廊下から響く。
またか、もうやだ、と文句を言いながらも、ちゃんと俺のために仕事をこなしてくれている鵺雲。

仕事は仕事だと割り切れるし、物事をはっきり言う性格だからこそこんなことも任せられるのだけど、もとは俺の失態だし、さすがに申し訳ないとも思う。

今日の業務が終わったらなんか奢ってやろうかと思う俺の耳に、なによ、と廊下から大きな声が響いてきた。



*****


「お疲れさん」

『はぁ…。毎回ながら抉られるような罵声の数でしたよ。まぁそれは追い払えばいいだけの話だからいいんだけど』

「はい」

「何が困ったって、泣きそうな子もいたことです。きっと一生懸命作ったと思うんですよ、今までみたいにもらってくれると思って」

「はい」

『それを断るのってつらいんですよ?あの子たちだけじゃなくて私だって毎回傷ついてるんですからね』



はあ、とため息を吐いてお茶をすする鵺雲に、ごめん、と手を合わせた。


やっと落ち着いてきたのは、業務時間をとっくに過ぎた頃。
ほとんどの隊士たちはもう帰宅したようで、昼間の喧騒が嘘みたいだ。


残業する俺を横目に、ぐったりとソファーにもたれる鵺雲は、見事なまでに疲れ切っていて。
その姿を見て、悪いことをしたと改めて思う。



『なので、この分は二倍にして給料に足しといてください。それから、茜屋の櫛と、咲良庵のお饅頭買ってください。それでチャラにしますから』

「…マジか」



まあこればかりは断るわけにいかない。
咲良庵の饅頭も茜屋の櫛も、前から欲しいって言ってたもんな。

俺の返事に嬉しそうに笑った鵺雲が、お茶入れます、と立ち上がる。
俺も手元の書類に再び視線を落とした。



『どうぞ。特別に最高級の玉露にしときました』

「ん」

『それから…トリックオアトリート、檜佐木副隊長』



そう言って、お茶とともに机に置かれたもの。
本来あるはずのないものの登場に、驚くと同時に小さくため息を吐く。



「なんであんの?全部断ってくれたんじゃねえの?」

『もちろんです。だからそれ、受け取ったものじゃないですよ』



いらないならいいですけど、そう付け加えた彼女の手が、既にそれに届きそうで。
その意味を理解した俺の脳がここぞとばかりに働いて、咄嗟に鵺雲の手を掴む。



「待て待て待て」

『いらないんじゃないんですか?』

「そんなこと言ってねえよ。お前のだけは別だっていつも言ってんじゃん」



へぇ、ってなんとも微妙な笑みを浮かべた鵺雲から奪い去ったそれは、不格好な形をした可愛らしい包み。
中から出てきたのは、これまた不格好な形のちっさなパウンドケーキで。

一見何もかも完璧そうな鵺雲も、手先はかなり不器用で、裁縫とか工作とか、何かを作るといったものは苦手らしい。
だから見た目はかなりアレだけど、味は俺のお墨付き。

今日に合わせて作られたそれを口に放り込めば、南瓜の香りがふわっと広がった。



「ん、うまい」

『それはどーも』

「いつ作った、これ」

『秘密です』



昨日も今日の朝も、そんな形跡微塵もなかったのに。
むしろ今日なんて、俺が起きるまでガッツリ寝てたよな?

まさか俺のために作ってくれてたなんて思ってもみないから、柄にもなく浮かれたりして。
その一方で、不器用な鵺雲がこっそり頑張ったんだろうなぁ、と思うと、なんだか無性に愛しく思えてきた。



おいで、と俺の隣に呼んで。
隣に立った鵺雲の方をむいて、座ったまま両手を握る。

手をぶらぶらと動かしながら、彼女を見上げて。



「確認するけど、トリックオアトリートの意味知ってるよな」

『お菓子をくれないなら、ってやつですよね』

「俺さ、お前にやれる茶菓子すら手元にないわけ」

『まぁ…そうでしょうね』

「代わりにあげれるもんっつったらさ、俺ぐらいしかねえんだよ」

『…ん?』



何言ってんの、と眉をしかめる鵺雲だけど、あえて気付かないふりをして。



「お前に悪戯されるのも悪くねえけど…鵺雲としてはするよりされたいもんな?」

『ちょ、ちょっと待って、さっきのは形式的に言っただけで、別にそういう意味じゃ…』



ない、と言い掛けた鵺雲をぐいっと引き寄せる。
バランスを崩した鵺雲が、とっさに俺の胸に手をついて。



「だから…お菓子の代わりに俺で許して?」



はっと俺を見る形で自然と向けられた唇に自分のそれをあわせる。
ちょっと触れて、すぐ離れて。



「嫌なら、逃げろよ?」

『ちょ、檜佐……ん…っ』



逃がすつもりなんて最初からなかったけど。
鵺雲の返事を待たずに、もう一度、今度はさっきよりも少しだけ濃厚に口づける。
抵抗する前に腰を抱き寄せてしまえば、その力は自然に緩んでくるわけで。


啄むようにちゅ、と音を残して離れれば、そこにいたのは真っ赤な顔した鵺雲。



「ハッピーハロウィン」



間近でにかっと笑ってやれば、その真ん丸の目がさらに大きくなって。



『この、檜佐木…っ!』



当然のごとく、莫迦、とか最低、とか、変態(事実だけど)とか罵られたけど、全然痛くも痒くもないわけで。

恥ずかしさを隠そうとして、仕事モードを保とうとしてるとことか、散々暴言吐いたくせに実はちょっと不安になって、ちらちら俺の様子を伺ってるとことか、逆に可愛くてしょうがない。

好きで好きで仕方なくて、もっともっと苛めてやりたいとさえ思ってしまうなんて。


それもこれも、普段はサバサバしてて、恋愛なんて興味ないみたいな顔してて、俺のこと大嫌いだったお前が、実はこんなに照れ屋で、こんなにオンナノコで、今では俺のことがめちゃめちゃ大好きだったりするから。


おとなしくなった鵺雲を俺の膝に座らせて、胸にしっかりと閉じ込める。
遠慮がちに回された腕に満足するような俺じゃないから、鵺雲、って呼んで催促して、わざと自分からくっついてくるように仕向けて。

あーもう。
誰も見てないっていうのに、それすらも恥ずかしくて俺の肩に顔を埋める鵺雲も、そんな鵺雲にどこまでもハマっていく俺自身も、






(このまま続き、しませんか?)

(このド変態!)






end.

遅いよね&無駄に長いよね。
アンケ1位の修兵夢。

2位の一護がビターめだから、と甘口にしてみたのですが…どうでしょう?

アンケートにご協力いただきありがとうございました!
そしてここまで読んでくださった鵺雲様、ありがとうございました☆

2010.11.26 再up

Title/にやり様 おやすみ/ないて、喘ぎ声でいい より
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