短編。 | ナノ
檜佐木修兵/episode6



数日前の虚討伐任務で、背中に傷を負った。
そんなに難しい任務じゃなかったから、何人かの新人隊士にも参加させてみたものの、やっぱりまだ早かったらしくて。
鍛錬とは状況が違うし、ある程度は想定してたけど…明らかに俺の判断ミスだ。
怪我したのは俺だけだったのが、不幸中の幸い。

怪我自体は大したことなかったのに、卯ノ花隊長の命令で任務後そのまま綜合救護詰所に強制収容。
どうやら怪我よりも体力が落ちていたことが問題らしい。
ここんとこ徹夜続きでまともに飯も食ってねえし、そりゃ当然といえば当然の話だけど。

それでも1日休むくらいでいいと思ったのに。


「檜佐木副隊長、しばらく休養が必要ですね」

「いや、ありがたいんですが…隊のこともあるし1日休めば」

「休養が、必要ですね?」

「……はい」


このときの卯ノ花隊長の迫力、ハンパなかったんだよ、マジで。
んなの…首を縦に振るしかできねえだろ?


詰所にいる間は仕事厳禁って言われてたから、そりゃもう暇で。
ゆっくり休む時間が取れたのはありがたいけど、やっぱなんか落ち着かない。
時々やってくる部下たちに指示を出したりはしたけど、それが終わればまたのんびりとした時間が流れていくって毎日。

そしたら当然、俺の頭の中には鵺雲のことがぼんやりと浮かんでくるわけで。
今頃何してんのかなとか、元気にやってっかなとか。
別に毎日顔出してたわけじゃねえから、数日顔を合わせなくても普通なんだけど…なんだか無性に会いたくなったりして。

…これも病人特有の寂しさ倍増現象ってヤツか?


そんな俺の様子を見かねてか、阿散井がこっそり様子を見に行ったらしい。
普通にしてたはずなのに、なんでか俺の様子に気づいたみたいで。

わかりやすいんスよ、檜佐木さんは。なんて言いやがったけど、そんなに顔に出てたか?
他のヤツには言われねえのに、こいつだけ気づくってのはどういうことだ。


「で、どうだったんだよ」

「何がっスか」

「何がじゃねえ、だから…その、彼女の様子だよ!」

「気になります??」


なんだよ…なんだよ、その顔!
気になるに決まってんだろ、もったいぶんなっての。

ごんっと阿散井に一撃。
いってぇ!なんて大袈裟に叫ぶから、見回りに来た隊士に注意されてしまった。


俺に殴られた所をわざと痛そうに擦りながら、ため息を吐き出して。


「元気そうでしたよ、毎日楽しいって言ってました」

「そうか、よかった」


…って、おい!!話し掛けたのかよ!?
別にダメってわけじゃねえけど、俺の知らないところで仲良くなってたとかだけは勘弁。
阿散井は人と仲良くなるのがうまいからな、1日で俺より鵺雲と打ち解けてたっておかしくない。
でもそれって…俺の立場なくねえ?

よくねえ、全然よくねえじゃん。


内心ものすごく焦ってたら、さっきまで痛がってた阿散井が一転、楽しそうに言葉を続けて。


「それから、気にしてましたよ」

「は?何を」

「だから、檜佐木さんは大丈夫かって」


…え?鵺雲が?
まさかそんな言葉が出るなんて。

詳しく聞けば、俺じゃなくて阿散井が話しかけたことに何か感じたらしい。
割と勘のいい鵺雲だから、俺が会いにいけない事態にあることに気づいたようで。
その勢いに押されて、つい俺が詰所で療養中だって言っちまったとか。

余計なコト言うなよな。
仕事で忙しいって言っといてくれりゃよかったのに。


でも、やっぱ嬉しい、よな。
会いたいって思ってたときだから余計に。

顔がどんどん熱くなる。
心臓だって、おかしいくらい速くなって。
思わず口許を掌で覆ってにやけそうになるのを抑えてみるけれど、阿散井にはしっかりバレていて。


「檜佐木さん、今相当嬉しいでしょ」

「うっせ、こっち見んな」

「うははは、真っ赤じゃないスか!」

「うるせぇっつってんだろ、黙れ!!」


俺を指差して笑う阿散井に、怒りのもう一撃。
案の定騒ぎ出した阿散井と慌てる俺の元に、今度は卯ノ花隊長がやってきたのは言うまでもない。




おかげで強制収容が長引きそうな危機に陥ったものの、それでもなんとか今日退院許可をもらうことができた。
体調は万全、だけどなんとなくどきどきしてる状態が、あの時からずっと変わんなくて。
一応いつも通りを装ってみたけれど…俺絶対変な顔してたと思う。

このままじゃ、マズいよな。
俺の気持ちが治まらないのもそうだけど、仕事に影響出す前になんとかしねえと。

もともと退院した日に会いに行くつもりだったけど、そう思ったら一分でも早く会いに行かなきゃって気がして。
一言だけでいい、心配かけたことを謝っておきたくて。



なんとか陽のあるうちに仕事を終えた俺は、足早に鵺雲の家へと向かう。
これくらいの距離なんでもねえはずなのに、妙に心臓が速い。
鵺雲の家に近づくにつれて、手すら震えてくる始末。

俺、なんかおかしくなったのかも。
ここまでがちがちに緊張すんの、初任務以来じゃねえのか?


家の近くで立ち止まる。
気づかれないように隠れて、誰にも見られないように霊圧も抑えて。


「あー、しっかりしろ、俺!!」


ばちん、と自分の頬を叩く。
じわじわと来る痛みに、目が覚めたような気分だ。
ちょっとだけ強く叩きすぎたせいか、思った以上に痛えけど。

目を閉じて、大きく息を吐く。
ぐっと拳を握り締めれば、手の震えがだんだん治まっていくのを感じる。


「よし」


ゆっくりと目を開けて、自分の掌を見つめる。
余裕は全然ないけれど、さっきよりはマシ。
大丈夫、いつもの俺だ。

気合いを入れ直し、踏み出す足に、ぐっと力を入れた。



『修兵、さん?』


…え?
声のした方を思わず振り返る。

そこには俺の会いたかった人がこっちを見つめて立っていて。


突然現れた鵺雲に、一気に頭の中が真っ白になる。
ここで会ったのは偶然だろうけど、でもまさかこんな形で会うことになるなんて。
言いたかったこととか、さっきまでの余裕なんてあっという間に行方不明。


「あ、と…ひ、久しぶり…だな」


自分でもわかるくらい引きつった笑みが浮かぶ。
鵺雲は小さく頷いたけど、俯いてるせいか表情は見えなくて。

違う、こんなことが言いたかったんじゃねえだろ。
心配かけてごめんなって、言いたかったはずなのに。

何でいつもこうなんだ。


ふと鵺雲を見ると、なんだか様子がおかしい。
ぎゅ、と着物を握り締めて、小さく体を震わせていて。


「え、ちょ……おい、大丈夫か?」


慌てて近寄ると、俺の不安は的中。
表情はまだよく見えないけれど、明らかに泣いていて。

何で泣いてんだ…?
たぶん俺のせいだろうけど、俯いたままぽろぽろと涙を流し続ける鵺雲に、なんて言葉を掛けたらいいのかわかんなくて。
思ってもない状況に、慌てるしかできない。


どうしようか、と頭を悩ませていると、ふと顔を上げた鵺雲と目が合った。
その表情が一瞬にして俺の心に酷く焼き付く。


「…っ、」


こんな表情を見たのは初めてだ。
ぎゅっと唇を結んで、俺をじっと見つめるその様子からは、感情がまったく読み取れない。
怒ってるような、苦しんでるような。

…もしかして、嫌われた?
だけど、それさえもわからない自分に怒りすら覚える。

どうしよう。どうしたらいいんだ。
俺、マジで最低な奴じゃねえか。


鵺雲が俺の方に向かって足を踏み出す。
殴られる、そう思った。
だけど鵺雲は飛び込むように俺の元に来て、胸元に顔を埋めて。

…なに、なにこれ。
なにが起きたんだ。


「お、おい…?」


しどろもどろな問いかけに答えるように、嗚咽に混じってかすかに聞こえたのは俺の名前で。

そして。


『怪我…したって、聞いて、』

「え?」

『すごく、心配しました…っ……』


絞り出すような声で、鵺雲は言った。


頭の中で繋がっていく事実。
ようやくわかった涙の理由。
さっきの表情が何なのか、今ならわかる。

死覇装を握る鵺雲の手に力が篭った。
そこから鵺雲の気持ちが痛いほど伝わってきて。

きっと俺が来るまでの数日間、俺のことをずっと心配してくれてたんだろうな。
だからこんな風に泣いてくれたんだよな。


「……ごめんな。ごめん」


そっと頭を撫でてやると、さらにぎゅっと俺にしがみつく。
それを見たら、息が詰まりそうになるくらい、鵺雲への想いが大きくなって。

静かに泣く鵺雲が、愛しくてしょうがなくて。


時間を掛けて、落ち着くのを待つ。
言葉は何もなかったけど、それでよくて。
ゆっくりとした間隔で背中を擦ると、次第に鵺雲の震えも治まっていって。

どのくらいそうしてたのかわかんねえけど、気づけば辺りはだいぶ暗くなってた。
どうやらだいぶ落ち着いてきたみたいで、嗚咽はもう聞こえない。

鼻を啜って、小さく息を吐いたあと。


『…修兵さん』

「ん?」

『無事で、よかったです』


俺を見上げた鵺雲は、ふにゃっと笑っていた。
目はまだ赤いし、顔は涙でぐしゃぐしゃだったけど、その笑顔はいつもの鵺雲で。

あぁもう、なんて顔すんだよ。
俺まで、泣きそうじゃねえか。



君の香りに包まれて
(俺、どうしようもないくらいに鵺雲のことが好きだなって、思った)




Title/JUKE BOX.様
セット10題/君に出会って恋を知る より



拍手連載第6弾。
修兵の気持ちがどんどんパワーアップしていきますね。
きっとこのままの調子で最後まで行くと思いますが、今しばらくお付き合いを。
卯ノ花隊長は最強です。
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