短編。 | ナノ
檜佐木修兵/episode4



阿散井に指摘されてからというもの、なんだか妙に心臓の辺りがもやもやすることが多い。
自覚はしてなかったけど、言われてみりゃ確かにそうだなって思うこともあって。

別に今まで恋愛をしてきたことがないわけじゃない。
けど、こんな風にもやもやしたり無意識に鵺雲のことを考えてたりなんてことは初めてで。
このことを阿散井から聞いたらしい乱菊さんがからかいに来たとか(しかもヘタレだなんて言うんだぜ)、俺としては不覚だけれど。



「ね、あたしもその子に会いたいんだけど!見に行っていい?」

「ダ、ダメですよ!ほら、彼女だって忙しいんだから!」

「えー、じゃあアンタはどうなわけ?今日会いに行くんでしょー?」

「なっ…どこでそれを…」

「んふふ、あたしの情報網、なめんじゃないわよ?」



かぁ、と顔が赤くなったのがわかる。
つーか、またしても阿散井か。
俺の気持ちどうこうっつーのを話したのはまだいいが、今日のことまで言いやがったのか。
くそ、あいつに相談した俺が莫迦だった。


この前鵺雲と話した時に、ちらっと甘いもんが好きだって言ってた。
あぁ、こいつは腹が減るんだって思って、なんとなく嬉しくなって。
鵺雲に霊力があるとかそういったことじゃなくて、俺と同じように食べる楽しみってもんを感じることができるってわかったことが嬉しかった。

だから今日は久しぶりに定時で上がれそうだし、なんか甘いもんでも買って鵺雲んトコに様子を見に行こうって思ったんだけど。

特別甘いもんが好きじゃねえ俺は、どこの饅頭が旨いとかどこの鯛焼きが旨いとか、そういうの全くわかんねえから。



「なぁ、阿散井。オマエ甘いもん好きだよな」

「鯛焼きとか最高っスね。それがなんスか?」

「いや、ほら。最近甘いもんっつーか…糖分?が足んねえような気がしてさ。オマエのおススメあったら教えてくんねえ?」



甘いもんといえば阿散井だろ。
むしろあいつしか思い当たんなくて、昼飯んときにさりげなく聞いてみたところ。

オレの事情を知ってか知らずか、すげえにやにやした顔でそういうことっスか、なんて言いやがる。
いつもヘタレのくせして、こういうときだけやけに勘がいいのはなんでだろうか。



「俺のオススメっちゃあ、もう烏丸堂の饅頭っスかね。あそこのこしあんがたまんねえんスよ」

「へぇ…そうなのか」

「今の時期だと抹茶あんもオススメですね。甘いもの嫌いの朽木隊長でさえ食えるんスよ。しかも限定モンだし、かなりレベル高いっス」

「マジか。そりゃすげえな」

「あ、ちなみに俺、鯛焼きは断然つぶあん派っスから」

「いや、別に聞いてねえし」



なんだよ、ってむすってする阿散井を、俺は適当にスルーして。
今思えば、ここでスルーしたのがよくなかったのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
あいつ意外に根に持つしな。
そんで、異様に人をからかうのが好きだし。

つーか鵺雲のことでいっぱいいっぱいになって、他に回せるだけの気も余裕もねえってのも事実ではあるんだが。



「ちょっと、修兵!聞いてんの?」

「え、あ、何でしたっけ…。すいません」



そんなことを思い返す俺の目の前に、びしっと突きつけられる乱菊さんの指。
ハッとして頭を下げれば、頭上ではぁ、と吐き出されるため息。
今日のアンタはダメね、そう言って、乱菊さんはくるっと俺に背を向ける。



「もういいわ、今回は見逃してあげるわよ。でもその代わり、ちゃんと紹介しなさいよ?でないと恋次連れて勝手に行っちゃうからね」

「わかりました、そのうちに」



ひらひらと手を振って出て行く乱菊さんは、それ以上何も言わなかったけれど。
びしっと言いつつもなんだかんだで物分りがよくて助かる。
さすがいろんな隊士の相談役になってるだけもあって、俺が何考えてんのかとか咄嗟に汲み取ってくれたらしい。


ちらりと時計を見れば、定時まであと二時間。
ちょっと頑張れば定時であがれる、ってとこか。
まぁ今からじゃ、阿散井が言うレベルが高いらしい抹茶あんは、ちょっと買えねえかもしんねえけどな。




******


まだ日の明るい流魂街。
見慣れた道を歩く俺の手には、烏丸堂の饅頭の入った紙袋。
ギリギリ一個だけ残ってた抹茶あんのやつもその中に入れて。

昔からの顔馴染みとすれ違えば、久しぶりだな、と上がる声。
中にはなんかいいことあったのか、って、鋭いヤツもいたりして。
それくらい今の俺は浮かれている、らしい。
自分でもなんとなく顔弛んでんだろうなって思ってはいたが。


喜んでくれるといいんだけどな。
自然と紙袋を持つ手に力が篭って、がさ、と音を立てた。




「よぅ、夕飯の準備か?」

『あ、修兵さん!お仕事もう終わりですか?』



家の前で水を汲む鵺雲が、俺の声に振り返る。
名前を呼ばれたくらいで心臓が高鳴るなんて、ヤバいんじゃねえのか俺。



『今日はどうされたんですか?ご飯ですか?』

「いや、ほら。この前…またオマエんトコに顔出すからって言ったじゃん?ちょうど仕事も早く終わったし、さ」

『あはは、そうなんですか。気に掛けてくださってありがとうございます』

「礼なんていいよ、俺が好きでやってんだから」



…ホントは気に掛けてるなんてどころの騒ぎじゃねえんだけど。
でも下手にそんなこと言って距離置かれるとかは勘弁だし。
せっかく、こんな風に俺のことを覚えてくれているわけだから。



「あ、それと…これ。やるよ」

『なんですか?』

「オマエ、甘いもん好きだっつったろ?たまにはさ、息抜きもいいんじゃねえかってな」



こっち来て気張りっぱなしだろ、なんてとってつけたような理由も並べてみる。
喜んでほしいとか、莫迦正直に言うのもなんか恥ずかしくて。

俺からそれを受け取って中身を確認するなり、その表情が一気に明るくなる。
なんかおもちゃを目の前にした子どもみてえな、そんな顔。
俺とそれを交互に見比べて、いいんですか、って口早に何度も繰り返すから、思わず声に出して笑っちまった。



『あ、あの、一つ食べてもいいですか?』

「もちろん。食ってみ?」



これから夕飯なんじゃねえの?って言葉は喉の奥に押し込んで。
キラキラした目の鵺雲の様子をじっと見つめる。

鵺雲が取り出したのは、白生地の饅頭。
それをぱく、と一口。
感想をどきどきしながら待つ。


頬張った瞬間、なんとも嬉しそうな表情を浮かべる。
そしておいしい!と歓喜の声まであげて。

はあ、と安堵のため息が自然に漏れた。
普段おとなしい鵺雲がこんな一面も持ってるんだって知って、少しだけ驚いたけれど。
こんなに喜んでくれたことに、俺まで嬉しくなる。

うん、買ってきてよかった。
こりゃ教えてくれた阿散井に感謝しねえとな。


あっという間に一つを食い終わった鵺雲が、満足そうにふぅ、と息を吐く。



『修兵さん、このお饅頭、すごくおいしかったです!ありがとうございます!』

「ん、そいつはよかった」

『あの、これ…ホントにいただいてもいいんですか…?』



恐る恐る、といった感じの鵺雲。
さっきやるって言ったのに、悪いって思ってんのか?

何をそんなに心配してんのかわかんねえけど、もともとそのために買ってきたもの。
当たり前だろ、と言うと、とんでもなく幸せそうな顔して、しかも今までに見たことないような最上級の笑顔なんて向けてきて。



『ありがとうございます!大事に食べます!!』

「…あぁ」



大事に食べます、なんて。
最高の褒め言葉じゃねえかよ。

心臓が、見事に射抜かれた瞬間だった。




その笑顔は卑怯だよ
(あー…やべぇ、心臓痛ぇかも)




Title/JUKE BOX.様
セット10題/君に出会って恋を知る より




ますます修兵さんが乙女化していきますね。
ピュアっ子の修兵も可愛くてたまりません。
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