短編。 | ナノ
黒崎一護/四日目



水曜日。
大変な大役を押し付けられてしまった。

ことの発端は、昨日の五時間目。
黒崎がいないことにお怒りの越智さんが、特別補講という恐ろしい単語を発したことから始まる。

結局あのあと、黒崎は授業中に戻ってこなくて。
メールアドレスも知らなければ、当然電話番号だって知らないから、その悲惨な事実を私が教えるタイミングなんてあるわけもなく。
黒崎が戻ってくるまで待ってるって言うから、そのあと浅野か小島がてっきり教えてるかと思ったのに。

教えてないばかりか、しかも代わりに言ってくれなんて。
浅野は単に言い出すのが怖いんだろうけど、小島はあえて黒崎の反応を楽しんでるっぽい。
それってどうなのって思うけど、そこで押し切られて引き受けてしまう私も相当どうなのって話。


おかげで五時間目は授業なんて全く頭に入ってこなかった。
どうやって黒崎に話を切り出そうってことばっかり考えてたせいで、当てられたときに全く答えられなくて。
そのせいで黒崎に笑われてしまったとか、マジでありえない。(あんたのせいだっての、莫迦)

まぁ苦手な数学の授業だったし、どちらにしろ答えられなかっただろうけど。



『黒崎』



私が黒崎に話しかけることができたのは、結局帰りのホームルームのあと。
がたがたと帰り支度をする教室でのことだ。



「どうしたんだよ、改まって。なんか話か?」

『うん、ちょっとねぇ…。結構重要な話、なんだけど』



私の深刻そうな様子に、ただ事じゃないと感じとったのか。
カバンに教科書をつめる手を止めて、私の方に向き直る。

真面目な顔してじっと私を見るから、余計に緊張してしまって。
まるで告白するみたいじゃない、なんて思うあたり、まだ余裕があるのかもしれない。

あーあ、まだそんな可愛いもんの方が数倍よかったな。
別に黒崎に対してそんな気持ちは全くないけど。



『黒崎さ、昨日五時間目いなかったでしょ?』

「あー…そうだな」

『でね、ちょうど越智さんの授業だったじゃん?』

「ああ、それがどうかしたのか?」

『黒崎がいないってことにさ、あのー…相当お怒りだったんだよね』



黒崎のこめかみがぴくっと動いて、眉間の皺が深くなる。
何かマズいことをやらかした、それくらい黒崎だって気づいたみたいで。
私が次につむぐ言葉を、ぐっと唇を結んで待っている。

あぁ、続き言うのやだな…。
やっぱり引き受けなきゃよかった。
私の莫迦!

ちら、と意識を黒崎から逸らして、教室を見れば。
入り口で黒崎を待つ浅野と小島が、口パクで頑張れ、とわざとらしく笑いかけてきた。(なんなのもう!)



「…んだよ、はっきり言えって」

『んー…わかった、じゃあ言うけど』



すう、と大きく息を吸う。
黒崎もじっと私を見る。



『今週金曜日、特別補講だって。あと小テスト』



あぁ、言ってしまった。
いや、言ったほうがよかったんだけど、でもなんか嫌な気分。
そっと黒崎を見れば、口をあんぐりと開けて、眉間の皺はもっと深く刻まれていて。

特別補講だけでも大変だというのに、しかも小テストなんて。
私だったら100%発狂すると思う。

きっとなんとなくわかってたと思うけど、さすがの黒崎もやっぱりその衝撃は計り知れないものらしく。



「…マジか」

『…うん』

「あー……マジか…」

『うん』



どうやら言葉が出てこないらしく、うわ、だのやらかした、だのと呟いて、がっくりと肩を落として、額に手を当てる。
困ったように頭をがしがしとかいてから、背もたれに力なくもたれかかって。



「教科は?」

『え?』

「補講とテストの教科」

『確か、現国と世界史だったと思うけど…最近黒崎が抜けてた授業って、その二つが多かったでしょ?』

「確かに最近まともに越智さんの授業聞いてねえもんな…。世界史だってごっそり記憶にねえし」



半ば諦めたような口ぶりで、一度カバンにつめたノートを取り出して。
ぱらぱらと捲っては間の抜けた白いページを見てため息をつく。

これだけ真っ白なノートなのに、なんで頭いいわけ?
これでどうやって成績上位に入ってんのか本当に謎。
いくら家で勉強してるからって、どんだけ要領いいんだろ。



「金曜って…あと二日しかねえじゃん。越智さんも無理なこと言うよなぁ…。ま、俺が悪いんだけどな」



はぁ、と吐き出されるため息に、そんな考えはあっという間に姿を消す。
同時に、なんとなく罪悪感に襲われたのはきっと、黒崎の困った顔を見るのが初めてだったからだと思う。



「とりあえず越智さんに範囲聞いてくるわ。ありがとな、教えてくれて」



何で早く教えてくんねえんだよ、とか、越智さんに直談判してくるとか。
そんな風に言わない黒崎が、大人に思えた。

けど、椅子から立ち上がるその姿はどことなくいつもより力なく見えて。

助けてあげなきゃ。
そう直感的に感じたら黙ってられなくなって。



『く、黒崎!』

「ん?」

『私、世界史だけは得意だから!ノートもさ、汚いけどちゃんととってあるから…もし必要ならいつでも貸すよ』



自分でもなんでそんなことを言ったのかはわからない。

黒崎にとっては別に必要ないかもしれないし、頭のいい黒崎だもん、世界史だって得意かもしれない。
だからなんだって、別にいらねえよって笑われることは承知の上。

けど、助けてあげたいじゃん、困ってるなら。



「…はは、なんだそれ」

『え、ちょ…笑うとこじゃないんだけど!』



わかってたけど、返ってきた反応にちょっとだけがっかりしたりなんかして。
少しくらいどうしようかなって迷ってくれたっていいじゃん。

…でも、そのあとの反応は想像してたものと違って。
黒崎は私の頭にぽん、と手を乗っけて、にっと笑う。



「ありがとな。じゃあ明日、頼むわ」

『え…頼むって…?』

「楠が教えてくれんだろ、世界史。ノートだけじゃわかんねえとこもあるだろうし、せっかく得意だってんなら直接聞いたほうが効率いいんじゃねえの?」



まさか私が黒崎に教えることになるなんて。
そのことだけでもびっくりなのに、頭を撫でられるとか今までになかったから、なんだかくすぐったいようなその感覚に固まっていると。

一人で慌てはじめた黒崎が、「悪い!つい無意識で…!」なんて言うもんだから、思わず噴き出してしまった。



「笑うなって!いや、その、違う!別に深い意味はねえんだけど…なんつーか、悪い!!」

『黒崎、言ってることめちゃくちゃだから!別にいいって、気にしないでよ』

「そ、そうか…。じゃ、じゃあ明日よろしくな!」

『うん』



ごまかすように足早に走っていく黒崎の耳は真っ赤。
その一連の様子を見ていた浅野と小島が黒崎をからかって、「うっせえ!」ってなぜか浅野だけ叩かれてたとか、照れ隠しにも程があるくらいの行動に、私はまた噴き出して。


それにしても。
無意識に頭撫でたりするなんて、黒崎は意外に天然なのかもしれない。
それがちょっとだけ可愛く思えたってことは、黒崎には秘密にしておこう。




けてみた
(あれ、結局教えることになってるじゃん!!ヤバい、なんか今から緊張してきた…!)




Title/rim様
《セット》B/誰かの十日間より




拍手連載第四話。
黒崎さんは天然だと思います。
そして名前変換の少なさに今回も驚愕。
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