短編。 | ナノ
檜佐木修兵/episode3



「檜佐木副隊長、見回り終わりました」

「あぁ、ご苦労。何もなかったか?」

「はい、虚の気配もありませんでした」



執務室にやってきた五席から報告を受ける。
書類から顔を上げれば、報告書です、と一枚の紙を渡された。

流魂街の見回りも、俺たち死神の役目。
本当は俺が出たいけれど、書類とか副隊長会があるせいで隊舎を離れられなくて。
なんとなく感じるもどかしさについ苦笑すれば、副隊長?と五席に不思議がられてしまった。



「あー…それから。アイツ、大丈夫だったか?」

「アイツ?」

「ほら、行く前に頼んだだろ?最近流魂街に来た…」



ごほん、とわざとらしく咳払いをして、五席に視線で訴える。
その様子に気づいたらしくて、あぁ、と笑うと。



「大丈夫でしたよ。まだ慣れてない感じはありましたけど…元気にやってるみたいです」

「そうか。…ありがとな」

「いいえ。副隊長、あの子のこと、気になってるみたいですから」

「は!!?な、別にそんなんじゃねえよ!…俺は一死神としてだな…」



アイツが来てから、一週間。
あれから一度だけ鵺雲を訪ねたけれど、ちょうど留守で。
なんとなく様子が気になってた俺は、ちょうど月に一度の見回りにあたった五席に頼んだのだけれど。

俺が鵺雲を気にかけてんのは、見つけてやるって約束があるからで。
そして鵺雲が来たあの日、力になってやる、と自分の中で決めた思いがあるからだ。

確かにそれだけでこんな風にいつもいつも気にすんのは、俺自身も変だとは思うよ?
けどさ、やっぱりこっちに来る前から知ってる身としてはそれが普通だよな?

それが事実なのに、言葉を発すれば発するほど言い訳みたいになって。
くすくすと笑う五席を一喝すれば、すみません、と笑みを浮かべたまま執務室をあとにした。


ったく。
俺をからかう暇があったら書類の一つでも手伝えっての。
そんな俺の視界に入るのは、山積みの書類と散らかった原稿。
スケジュール的にはキツくねえんだけど、どうにも気が散ってあれこれ中途半端にしかなんなくて。

忙しい時こそ一つずつ確実に、なんて部下たちに言ってるくせに、俺自身ができてないとかマジでありえねえ。


はぁ、と溜め息をついた瞬間、さっき閉まったばかりの扉がまた開いて。
今度はなんだ?と思ってみれば、赤髪のヘタレ犬。



「檜佐木さん、いる?」

「なんだ阿散井。つーかいきなり開けんな」

「あぁ、すんません」



ノックもせずにいきなり開けるのはコイツぐらいだ。
普通なら「失礼します」って言うのが礼儀ってモンだけど、何度言ったって直りゃしねえ。
すんませんとか言ってるけど、絶対悪いって思ってねえな。

ズカズカと俺の机の前にやってきて、小さくうわ、と声を漏らす。



「相変わらず大変そうっスね。何スか、この机の上。どこに何があんのかわかんねえじゃん」

「うっせ。お前そんなこと言いに来たのか。だとしたらすぐ出てけ」

「違うって。昼飯誘いに来たんスよ」



俺の霊圧があがったことにびびったのか、阿散井は頭をガシガシと掻いて。
怒んないでくださいよ、そう言ってソファーに腰を降ろす。


そういえばもうそんな時間か。
時計に目をやれば、確かに短針が12をさしている。

誘ってくれんのはありがてえけど。
この状態で昼飯行ってたら、今日の仕事も終わんねえ気がする。
それに、鵺雲が元気だってのを自分の目で確かめたくて、そのためには昼飯の時間だって仕事にあてなきゃいけないワケで。

そもそもそんな個人的な理由で仕事に影響出してる俺が、一番問題なんだけど。



「そんなに詰め込みすぎても体によくねえッスよ?そう思って、わざわざ流魂街のうまい店探してきたんだけど」



流魂街、と聞いてもやもやと悩んでた俺の思考が止まる。
今行けばもしかしたら、なんて思いが一気に頭の中に広がる。

こいつは…俺の脳内を読んでんのか?
それとも単に野生の勘ってやつなのか?
その辺はよくわかんねえけど、この機会をみすみす逃すほど俺は鈍くなくて。

持っていた筆を適当に放って、阿散井の座るソファーに近づいて。



「行く。今日は特別に俺が奢ってやるよ」

「マジっスか?檜佐木さんにしては羽振りいいっスね!」

「ま、オマエの気遣いに免じて?」



それは表向きで、本当は機会を作ってくれたことに対する俺なりの感謝の気持ちだけど。
会えるかどうかもわかんねえのに、流魂街に行くってだけでこんなに寛大になれるとはな。

それが嬉しい、なんて、口が裂けてもそんなこと言えねえけど。




******


「檜佐木さん何食います?俺はカツ丼大盛の味噌汁つきとー…白玉餡蜜!あーでもぜんざいも捨てがたい…」

「オマエどんだけ食うの?」



品書を見ながらアレだコレだと視線を彷徨わせる阿散井。
奢ってやるといった以上、今更それを撤回なんてできねえし。
つーかそんなことすりゃ俺の面目丸潰れじゃねえか。

やっちまったな、十数分前の俺。


はぁ、と吐き出した溜め息と共に外を見れば、見覚えのある後ろ姿が一瞬視界に入って。
なんとなくだった、淡い淡い俺の期待が頭の中をよぎる。

面目丸潰れとか、飯何食うとかさっきまで頭の中を占めてたもんが吹き飛んで、あっという間に俺の意識は全部彼女に向けられて。
そしたら、無性に彼女と話がしたくなって。



「…悪い、すぐ戻る。先食ってて」

「え、は?檜佐木さん!?」



阿散井の驚いた声を背中で聞いて。
店を出た俺は、次の瞬間、彼女を呼び止めていた。



『あ…修兵さん。こんなとこでどうされたんですか?お仕事ですか?』

「いや、昼飯食いに来てんだ。あー…その、元気か?」



はい、と笑う鵺雲は、一週間前よりも確かに元気そうで。
やっぱりまだ俺と距離を取ってる感はあるけど、こうやって面と向かって笑ってくれたことが何よりも嬉しかった。


話を聞けば家族とも仲良くやってるらしく、不自由もなく暮らしているという。
まだ慣れねえこともたくさんあるけど、それなりに楽しくやってるらしい。
それがホントってことくらい、鵺雲の顔を見りゃ一目瞭然。

…けど、やっぱり俺との約束を思い出した様子はなくて、そりゃそんなことある方が奇跡だとも思ってたけど…それを少しだけ寂しく思ったりなんかして。


ふと何かを思い出したような素振りの鵺雲がもう行かないと、と困ったような表情を浮かべて。
買い物を頼まれてるらしく、その手には財布が握られている。

つい話すことに夢中で気づかなかった。
悪い、そう言うと、鵺雲は首を振って大丈夫だと笑ってくれた。



『あ、この前いらしてくださったんですよね?すみません、ちょうど外に出てて…』

「あぁ、いいんだ。俺が突然訪ねただけだしさ。…あのさ、またお前んとこ寄っていいか?今度はお前がいるときに」

『はい、お待ちしてます。それじゃあ、また』



また、か。
いい響きだな、なんか。

手を振って走っていく鵺雲の背中を見つめる俺の顔は自然と綻ぶ。
それに気づいて、思わず自分の頬を軽く叩けば、思ってる以上に自分の顔が熱いことにびっくりした。
そういえばさっきから心なしか心臓が苦しい気がする。

なんだこれ。
俺、どうしちまったんだろう。




******


「なんつー顔してんの?」

「あ?」

「顔、弛んでるって言ってんスよ」



もやもやした気持ちのまま店に戻って。
そのまま先に食い始めていた阿散井の前に座れば、俺の顔を見るなり、すげえ間抜けな顔をして、そんな事を言いやがった。

マジか。
一応顔だけはいつも通りのつもりだったのに。
やっぱ俺、どっかおかしいのかもしんねえ。


別に隠すようなことでもねえから、阿散井にコトのいきさつを説明する。

さっき会ったアイツのこと。
現世で交わした約束のこと。

そして、俺がなんかおかしいことも、全部。


全て話し終えたところで、阿散井はまた変な顔して。
頬杖をついて、はぁ、といかにも呆れたような溜め息までセットで。



「檜佐木さん、アンタいつからヘタレになったんスか」

「は?オマエに言われたかねえよ」

「いや、ヘタレでしょ。だって、気づいてねえんだもん。いくら俺でも、そこまで症状出てたら気づくって」



俺がヘタレだと?
気づいてねえってなんだ?
症状って…なんだよ。



「んだよ、はっきり言えっつの。何が言いてえの、オマエ」

「あーもう…。じゃあ言いますけど、檜佐木さん。胸、苦しいんじゃなくてさ、」





その胸の高鳴りは、きっと
(恋、なんじゃねえの?)
(…恋、って、俺が?)
(ほら、やっぱ気づいてねえじゃん)





Title/JUKE BOX.様
セット10題/君に出会って恋を知る より


修兵連載その三でございます。
やっと気づいた修兵、こんな鈍い彼も大好きです。
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