短編。 | ナノ
檜佐木修兵/episode2



尸魂界と、現世。
時間の流れる速さは当然ながら違う。

あれから、どのくらい経ったんだろう。
こっちじゃほんの数日前の出来事なのに、まるで現世みたいにずっと前のように感じるのは、きっと心のどこかでこの日が来る事を楽しみにしてたのかもしれない。

ずっと生きてきた世界からいなくなる彼女からしたら、これほど悲しい別れはないのだろうけど。
…ったく、不謹慎だよな、俺。

けど、俺の気持ちはどんどんと期待でいっぱいになっていく。
やがてここに現れる、名前もまだ知らない彼女を待ちわびて。




俺はあの日から彼女のことが気になって仕方なくて。
無事にこっちまで来れるのかとか、死を迎えることが不安で泣いてないかとか。
…ちゃんと、笑って別れを告げられたのかとか。

なんでこんなに気になるのかはわかんねえけど。


こっちに来た彼女を見つける自信は何故かあったけど、やっぱ東西南北を片っ端から探すなんて至難の業。
何故かって、本来ならば魂葬された魂の行方は、俺たちに知らされることはないのだから。
だから向こうで死んだら、流魂街にたどり着くってコト以外は、俺もよく知らない。
その辺の事情を知ってるのは、十二番隊だけ。

涅隊長に聞いたところで教えてくれるわけもねえし、ヘタすりゃ彼女が実験体にされるかもしんねえし。
ましてや俺までどうにかされたらたまったもんじゃねえ。

どうしたもんかって悩んでたここ数日間の俺の様子を知ってか知らずか、突然九番隊に来た阿近さんがそっと教えてくれた。



「オイ、修兵。今から俺、独り言言うけど聞くなよ?」

「じゃあ俺の傍で言わなきゃいいんじゃねえのかよ…」

「独り言だから聞くなっつってんだろ」



無茶言うよな、この人も。



「あの子、今日南流魂街の第58地区に来るんだってよ」



"あの子"ってのが彼女を指していることくらい、すぐにわかった。
阿近さんはあえて名前を出さなかったけれど。



「確か…もうすぐ来るんじゃなかったかなァ?あー、昼時だっつーのに、忙しくて困るぜ。どっかの誰かさんがそわそわしてっからよ」



壁にかけられた時計を見れば、もうすぐ休憩時間。
手元の書類なんて、残業でも何でもして終わらせりゃいい。



「ありがとうございます、阿近さん」

「は?俺は独り言言ってただけだが?お前聞いてたのか?」



クッと喉で笑った亜近さんが紫煙を吐き出して。
さっさと行ってこいって追い出すように俺の背中を押した。



…そして冒頭に戻る。
南流魂街の第58地区で、俺は彼女を待っていた。

こんな風に人を待ったりするなんて、俺の性分には合わねえけど。
つーか、誰かを待ってるこんな姿なんて見られた日には、きっと指差して笑われるだろうけど。
それすらも別に構わないって思えるくらい、今の俺は彼女のことで頭がいっぱいだった。

どんな顔するだろう。
俺の事を、覚えていてくれるだろうか。
この前みたいに、ふわん、と笑ってくれるだろうか。

…って、何だ俺。
まるでどっかのヘタレ犬じゃねえか。
こんな風に考えてる俺が気持ち悪い。

そうだ、今日ここにいるのだって、特別な感情があるからじゃない。
迎えに行く、その約束が俺の中の大半を占めてるからだ。
…でも、逢いたいって思ってる俺も確かにいて。
ああ、すげえもやもやする。
自分のことなのによくわかんねえ。


ふと空を見上げれば、雲の流れが速くなる。
やけにざわついた空気が、俺に纏わりついた。

―来る。
直感的に、そう感じた。


瞬間、巻き起こる風。
その勢いに思わず目を瞑る。

次に目を開けたとき、そこにいた感覚に体がぐっと持ってかれるような、不思議な感覚に襲われた。

懐かしい感覚。
ずっと待ってたそれに、俺は目を細める。



彼女が、いた。
あの時と同じ、ふわっとした雰囲気をまとって、そこに立っていた。

彼女を連れてきた浮竹隊長んとこの隊士が俺に気づいて頭を下げる。



「お疲れ様です、檜佐木副隊長」

「あぁ、お疲れ。…あとは俺が引き受けたから、お前は隊舎に戻れ」

「は、しかし…いいんですか?」

「あぁ、浮竹隊長には俺から報告をいれておくから」



申し訳なさそうなそいつを、半ば強引な形で帰させて。
不安そうに立ち尽くして廻りを見渡す彼女に、俺はそっと近づいて。



「ここが、尸魂界。これからお前が暮らしていく、第58地区だ。…長旅、ご苦労だったな」



そんな当たり障りのない言葉しか言えないなんて、正直自分に驚く。
なんかもっと、言いたいことがあったはずなのに。
いざ彼女を目の前にしたら、頭の中が一気に真っ白になって。

この前といい、今といい、彼女の前だと俺はどうやらいつもの俺ではなくなるらしい。
なんなんだ、これ。
こんなの、初めてだ。


ゆっくりと振り返った彼女が、俺をその目に捉えた。

不安そうな色が宿っているのを、俺が見逃すはずなんかなくて。
その瞬間に、なんとなく嫌なものが俺の背中を駆け抜ける。



『貴方も、死神なんですか…?さっきの方と、同じ…』



とだけ呟いた。


その言葉に、一気に冷静になる自分。
けど、それに反して溢れそうになる胸の痛み。

どっかで期待してたけど、やっぱり現実はそんなに甘くなくて。
彼女が俺を憶えてるなんて保障、どこにもなかったのに。

時間の流れのせいなのか、それともなんらかの事態が彼女に起きたからなのか、その原因はわかんねえけど。



『あ、あの…』



今にも泣きだしそうな目で、俺の顔を覗き込んでくる。
そうやって俺を見る目は、あの時となんも変わんねえのにな。



「悪い、なんでもねえよ」



これ以上彼女を不安にさせたくなくて、笑みを一つ。
ぎこちねえな、って自分でもわかったけど、それを悟られないようにさっきの担当隊士から預かった資料に視線を移した。

――楠鵺雲。
そこで初めて彼女の名前を知る。
その瞬間、小さく心が弾んだような気がしたのは気のせいだろうか。


家の場所を、さっと見て確認して。



「ついてきな、お前の家まで案内すっから」

『…はい』



一歩先に歩きだした俺を追うように、彼女―鵺雲が遅れてついてくる。

ざ、と草を踏む音。
俺より少しだけ間隔の早いその音が後ろに聞こえる。
…無意識のうちに早足になってたらしい。
悪い、と振り返らずに言えば、大丈夫です、って声が俺の耳に届いた。


少しずつ、立ち並ぶ家が見えてきた頃。
おそるおそる、といった感じで鵺雲が口を開く。



『あ、あの、すみません』

「ん?」

『貴方の名前、教えてもらえませんか?』

「俺の名前?」

『あ、はい…。せっかくお知り合いになれたし…。もしよかったら…』

「…檜佐木。檜佐木修兵」



同じようなことがこの前もあったな。
やっぱ憶えてねえんだなって、思わず苦笑する。

修兵さん、しっかり自分自身に言い聞かせるように小さく呟かれた名前。
振り返れば、嬉しそうにふわん、と笑ってる鵺雲がいて。



――俺のことを憶えてなくても、彼女であることに変わりはねえ。

ふいにそんな思いが俺の中に生まれた。


そうだ。
鵺雲との約束は、こっちに来たとき"見つけて"やることだった。
忘れてんなら思い出させればいい。
それが本当の意味で、"約束を果たす"ってことになるんじゃねえのかな。

仮にもしそれが叶わなくても、新しく鵺雲の力になってやればいい。


一度こいつに関わった以上、責任って言葉でひとくくりにできるようなもんじゃねえけど、それが今の俺にできることだと思う。
死神として、そして檜佐木修兵として。





迎えに来たよ
(本当は、そう言えたらよかったけどな)
(え?修兵さん?)
(…こっちの話)





Title/JUKE BOX.様
セット10題/君に出会って恋を知る より



二話目。
やっと尸魂界に舞台が移りました。
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