短編。 | ナノ
檜佐木修兵/episode1



地獄蝶に導かれて、俺は現世に降り立つ。
夜独特のひんやりとした雰囲気と、現世独特の霊が入り交じった空間に、俺はさらに気を引き締める。

副隊長になってから、こうやって一人で来るのは何時ぶりだろうか。
副隊長という立場にでもなれば魂葬に出ること自体が稀。
正確に言えば今回は魂葬ではないのだけれど、まぁ簡単に説明するならその下準備というべきか。


時刻は真夜中。
目指す場所は、一点のみ。

腰元に差した斬魄刀を握りしめ、宙を蹴った。








ふわり、とカーテンが揺れる。
起こさないように、というのもおかしな話だけれど(というのも俺の姿は人間には見えないからだ)、その部屋のベッドに横たわっている目的の人物に、そっと近づいた。

顔を覗き込む。
しっかりと瞼が閉じられていて、規則的な呼吸を刻んでいる。



「情報、間違ってんじゃねえのかよ…」



俺が聞いていた情報。
この目の前の人物が、近いうちに尸魂界へ来ることになるらしい。
その理由は明かされていないが、こうやってあらかじめ情報があがってくることは珍しいという。

もしかしたら強力な虚のせいかもしれないし、ただの偶然かもしれない。
こうやって実際に見てみればこの人物から虚の気配は感じないし、偶然、という選択肢の方が有力だけれど。

興味を持った技術開発局から直々に調査命令が出て、今回俺が現世まで出向く結果となったのだ。



「…やっぱ、データベースの間違いだな」



調査報告書に刻まれるであろう、所見問題なし、の文字。
それが瞬時に俺の脳内に浮かぶ。
未だ眠るそいつを見下ろしながら、俺はふぅ、と溜息をついた。




と、その時、目の前の人物の双眸が俺を捉えた。
突然のことに、体が思わずビクッと反応してしまう。

俺は何も言わぬまま、そいつを見つめる。
そしてそいつも、ただ俺の方をじっと見つめたまま、何も言葉を発しない。


もしかして俺のことは見えてないのか?
こうやって俺の方を見ているのも、単なる偶然か?

それを確認すべくそっと手を伸ばせば、それに反応するかのようにぱっと俺の手を掴んだ。



『…誰?』



静かに響く、透き通るような声。
ごくり、と鳴る俺の喉。


見えている。
彼女には、俺が見えている。

思わぬ事態に、思考が停止する。
副隊長として、こんなことで戸惑うのはあるまじき行為なのだけれど。



『貴方は、誰?』



もう一度問われたその言葉を、脳内で噛み砕く。

俺の正体を隠す必要はない。
掴まれた手はそのまま、俺はゆっくりと口を開いた。



「俺は、死神だ」

『…死、神?』

「そうだ」



きっと想像してなかったはずの答えだと思う。
その証拠に、彼女の目はまん丸に開いているから。

信じろ、っていう方が無謀だ。
いくら黒い着物着てるからって言っても、見た目は普通の人間と変わらないし、漫画とかで見るようなフードを被っているわけでも鎌を持っているわけでもないし。

なのに、すぐにその目はすっと伏せられて。



『やっぱり、そうなんだ』



どこか納得したようなものの言い方が引っかかる。
まるで、俺が来る事を知っていたかのような口ぶりに、今度は俺が問いかけることになって。



「やっぱりって…どういうことだ」

『私、もうすぐ死ぬってことなんですよね?…なんとなく、そんな気がしてたんです』



なんの根拠もないですけど、と笑う。

中にはいるらしい。
自分の死期を、感じることができる類の人間が。
動物はよく自分の死期を悟るというが、きっと彼女にも同じような感覚が宿っているのだろう。



「…怖くないのか」

『何がですか?』

「俺という存在も、自分が死ぬということも、だ」



よいしょ、と起き上がった彼女は、また寂しそうな顔で笑って。
ホントに小さな声で、死ぬのは怖いです、と呟いた。



『でも、貴方は怖くない』

「どうして?」

『死神って、もっと恐ろしいイメージだったんです。けど、貴方は違う。優しい目をしてるから』

「…そうか」

『だから、貴方が私を地獄まで連れて行ってくれるなら…そしたら、死ぬのも怖くないです』



そうは言いながらも、声から感じる彼女の震え。

無理もない。
今まではあくまで想像の範囲だった“死”が、こうやって俺が現れたことで現実のものとなってしまったのだから。


布団に投げ出された彼女の手をそっと握り締める。
今にも泣きそうな目を向けながら、彼女は俺を見つめて。

ちゃんと彼女が理解できるように、一つずつ言葉を紡ぐ。



「お前がいずれ向かう先は、尸魂界だ。地獄とは違う、もっと住みやすい所だ」

『尸魂界…?』

「現世と同じように、たくさんの魂が家族を持って暮らしている。きっと、すぐに慣れる」



俺の言葉に黙って耳を傾ける。
この言葉だけで、彼女の不安を全て取り除くことはできないけれど。

いざこっちに来た時、彼女が孤独で涙を流さないように。
そしてまた彼女と逢えるように、とまるで自分に言い聞かせるみたいに、俺は右手を彼女の前に掲げて。



「何の心配もいらねえ。向こうで待ってる。お前がどこにいても、ちゃんと俺が見つけてやる。…約束だ」



小指を目の前に差し出すと、ふわん、と笑った彼女が同じように小指を絡ませて。



『…はい』



きゅっと絡まった小指は、もう震えていなかった。





ゆびきりげんまん

(名前…聞いてもいいですか?)
(檜佐木修兵、だ)




Title/JUKE BOX.様
セット10題/君に出会って恋を知る より




一護と同時進行で修兵も連載始めてみた。
こちらもお付き合いいただけたら嬉しいですm(__)m
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