黒崎一護/一日目
日曜日。
買い物に出掛けた先で、見慣れたオレンジを見つけた。
イヤでも目につくその独特な髪色は、私が知ってる中で一人しかいない。
『黒崎、だよね?』
目立つ髪してるから、最初は所謂“不良”の類の人かと思ってたけど、実はそれは地毛で、実は真面目で、実は妹思いの優しい人だってことをこの前知った。
(入学してからどれだけ経ってんだとか思うけど)
あんまり話したことなかったから気づかなかったけど、どうやらそれは本当みたい。
幼なじみのたつきが言うくらいだし、実際面倒見がいいらしくクラスのみんなに慕われてるし。
でも何より驚いたのが、彼が医者の息子だったってコト。
石田が医者の息子だってのは納得がいくけど、まさか黒崎もそうだったって事実に奇声に近い悲鳴を上げてしまった。
すごいじゃん、そう素直に口にした私たちのやりとりを見てた黒崎が、別に大したもんじゃねえよ、って眉根を寄せて、なのにどっか照れたような表情を浮かべてたのが、妙におもしろくて。
今度から黒崎んトコに診てもらいに行くって言ったら、なんもサービスできねえけどな、ってやっぱり渋い顔しながら笑っていた。
そんな彼も、今日はどうやらお買物らしい。
私服は初めて見たけど、意外とセンスいいなぁ、なんてことを考えてみる。
…っていやいや。
今はそんなこと考えてる場合じゃない。
なぜなら、今私の視線の先にいる黒崎は、絶賛喧嘩中だからだ。
人目に付きにくい、裏路地。
近道しちゃえ、と、たまたま通りかかった私は、あろうことかそれを目撃してしまって。
『ちょっと…これ、どうしたもんですか…』
止めに入るなんて自殺行為はしたくないし、かといって人を呼びに行くのも迷うところ。
なにもせずにただ見てるだけなんて悪趣味だと思うけど、黒崎のことがなんとなく心配でそこから離れることができなくて。
相手は三人。
どこかで見たことあるような気がするのは、きっと相手がうちの高校の制服を着ているからだろう。
黒崎の口端からは血が出ている。
相手の不良も、鼻から血を出している。
一対三。
どう考えたって不利な状況なのに、黒崎の表情は笑ってるようにすら見えた。
次の瞬間、ひゅ、と風を切るような音がこっちまで聞こえた気がした。
と同時に、がたん、と派手な音を立てて転がる不良。
『え…なに…?』
一瞬すぎてわからなかったけど、どうやら黒崎のストレートが不良の顔にクリーンヒットしたらしい。
取り巻きと思われる二人が、倒れた男にかけよってなんか叫んでいる。
「テ、テメエ、よくもタケちゃんを!」
「あ?お前らが先につっかかってきたんだろうが。オレのは正当防衛だっつの」
まだやんのか?と黒崎が見下ろせば、覚えてやがれ、なんて漫画みたいなセリフを残してあたふたと逃げていった。
「ったく…何度地毛って言やあいいんだよ…」
それを見送りながら呟いた黒崎の一言に、喧嘩の原因を把握する。
本人の意思に関係ないから、余計にややこしい。
目立つって大変だな。
いてぇ、と口許を拭う黒崎を見てはっとする。
私は無意識のまま黒崎に駆け寄っていた。
『ちょっと黒崎!大丈夫?』
「楠?…え、お前こんなとこで何してんだよ」
『買い物よ!そしたらこんなとこで喧嘩してんだもん、びっくりした』
「あー…見てたのか」
しまった、とバツの悪そうな顔をして頭を掻いている。
大方、越智さんに言われるとでも思ってるのだろう。
別に言うつもりもないけど。
言ったところで、黒崎が停学になるのは目に見えてるし。
それを知ってて告げ口するほど、私は冷たいわけじゃない。
はぁ、と気付かれないようにため息を吐いて、私は黒崎を見上げる。
『大丈夫、誰にも言わないから』
「…助かる」
『とりあえず、これ。気休め程度だけど…押さえといたほうがいいよ?』
「悪い、サンキュ」
『ちゃんと家帰って消毒しなきゃダメだからね』
「ん、そうする」
洗って返すから、ハンカチを口許に当てたまま眉を下げて笑う黒崎。
そんなふうに笑うから、私も自然と笑みが浮かんで。
短く頷くだけの返事を返した。
「悪かったな、買い物の邪魔して」
『別にいいよ、ふらふらしてただけだから』
表通りに並んで出て、黒崎はもう一度ごめん、と頭を下げた。
その姿に、こういうとこが真面目なんだなぁ、と改めて思ったりなんかして。
『あ、私まだ見たいとこあるから。ここで』
「そうか。じゃ、また明日。学校でな」
『うん、ばいばい』
「おぅ」
手を挙げる黒崎に背を向けて、私は町中へ迎う。
そんな私の姿が見えなくなるまで、黒崎は私を見送ってくれていた。
目撃してみた
(黒崎って、意外と話しやすいのかも)
Title/rim様
《セット》B/誰かの十日間より
気紛れなプチ連載。
連載は書いたことないので、どうなってくのか予測もつきませんが。
お付き合いいただけたら幸いです。