短編。 | ナノ
coda



寝る前まではなかった感触に目が覚めた。
ん、と顔だけ向けて隣に寄り添う存在を確認すると、そこにいたのは見覚えのある顔で。

規則正しい呼吸を刻んで、俺の方を向いて眠っている。



「…なんで、いんだよ…」



こうやって鵺雲がいきなり押しかけてくることは稀なことじゃない。

昔からそうだった。
突然俺を呼び出して、無理矢理カラオケに連れていかれるとか日常茶飯事で。
けど別に嫌ではなかったし、一緒に騒げるのはむしろ楽しかったし。

高校卒業して、意図したわけではなく一緒の大学に行って。
カラオケとかどっかに行くのが俺の部屋で飲むようになって。
嫌なことがあった時とか、嬉しいことがあった時とか、結局は何でもいいらしい何らかの理由をつけては、こうやって強引に上がりこんでくる。
そのまま酔い潰れて部屋に泊まっていくこともよくあったりして。

けど、俺たちは別に付き合ってるわけじゃない。
一緒にいてすげー楽しいし、適当に莫迦やれるっていう関係。
でも親友とか友達って分類でくくれるほど浅い関係でもなくて。

少なくとも俺は、こいつのことを友達以上に思ってた。
家族…とかとは違う、なんかもっと、深い感情。
だってそうでなけりゃこんな風に隣で寝る、なんてことできるわけねえし。


だからいつもならば驚くことじゃないのだけれど、今日は別だった。

心臓が、もたねえ。
息が詰まりそうになる。

それもこれも、俺がこの関係を崩したからだ。
1週間前の、あの瞬間に。



その日も同じように突然やってきて、ひたすら俺に愚痴を零して。
課題がどうだの教授がああだのって、前の日にも聞いた全く同じ内容の話に俺は苦笑する。

落ち着け、と頭を撫でてやったら上機嫌になったらしい鵺雲が、そういえば、と同じ学科のヤツのことを楽しそうに話し出した。

そのなんとかってヤツにも同じように頭撫でられて慰められたとか、グループ研究で頼りになるとか。
しかも最近一緒に飯食いに行ったとかってことまで口に出して。


学科の付き合いだってことくらいわかってんのに。
つーか俺がそんなとこまで口出しするべきじゃないのに。

そのことがやけにイラついて、俺はへらへらと笑う鵺雲を引き寄せて。



「…何楽しそうに話してんだよ」

『一護ー?どしたのー?』

「俺といんのに、何で他のヤツの話してんだよ。…そいつのことが好きなのかよ?」

『…は、突然何言ってんの…?』

「…ムカつく」



気づけば俺は鵺雲を抱き締めて、上気した鵺雲の唇に自分のそれを押し付けていて。
ほんの数秒だったけど、唇に残る感覚は紛れもない現実で。


あの時、ついていたテレビの音もちょうど降っていた雨の音も、世界中の音が消えたような気がした。

鵺雲は、何も言わなかった。
ひっぱたくことも、泣くこともなく、ただ俺をじっと見てた。

その目を見たら、ぎゅうっと俺の中が締め付けられて。


ぐっと体を放して、鵺雲に背を向ける。



「…もう帰れ」

『…』

「それと、もうここには来んな」

『……っ、いち…』

「でねえと、次は手出さねえ保障…ねえから」



俺は鵺雲にそんな言葉を投げつけて。

そのあと間もなくして玄関が閉まる音が聞こえた。
背中に感じてた鵺雲の気配は消えて。
俺は追うこともせずに、ただ床を見つめるしかできなかった。


酒が入っていた、それもあると思う。
けどそんなのはただの口実でしかなくて、実際は俺が想いを抑えきれなくなったからで。
友達以上、その想いが恋だなんて気づかないフリをしていただけで、本当はもっと前に自覚してたのかもしれないけれど。


傷つけた、そんなことわかってる。
怖いヤツだって思われたんなら、それでいい。
ただの友達なら、ただ莫迦やってる関係なら、キスなんかしねえもんな。

ごめんな。
俺にはああやって線を引くしかできなかったから。
だからあの瞬間、俺たちはもう一緒にはいられなくなったんだ。



そんな終わり方だったから、もう二度と会うこともねえって思ってたのに。

なのになぜこいつは俺の部屋に来て、こうやって隣にいるんだろうか。
俺のこと、避けてたんじゃねえのかよ。
だからこの1週間、俺と会わなかったんじゃねえのかよ…?


起こさないように、そっと鵺雲の方に体の向きを変える。
顔にかかった前髪を指で退けてやって。
頬杖をついてその顔を覗き込む。

無防備な寝顔。
つい笑みが浮かぶ。
なんで鵺雲がいんのかはわかんねえけど、これを見れんのも、きっと最後だろうな。


胸が苦しくなる。
なのに思い出すのは、鵺雲の笑顔とか鵺雲と一緒にいた楽しかった時間とか、それだけで。

この期に及んでみっともねえけど、やっぱり離れたくねえ、なんて。
覚悟してたのに、こんなに簡単に打ち砕かれる決意。

畜生。
好きなんだよ。
どんなにわかったつもりでいても、どうしようもなく、お前のことが。



『…ん、』



小さく身じろぎをした鵺雲が、ゆっくりとその目に俺を映す。
すぐにあ、と小さな声を出して、気まずそうに布団に顔を埋めて。



『起き、てたの…?』

「ん、さっきな」



ぶつり、と会話が途切れる。
俺、今まで鵺雲とどうやって話をしてたんだろう。
どうやって笑ってきてたのか、わかんねえよ。



『…もう来るなって言われたのにね、ごめん』



ごめんって言わなきゃいけねえのは、俺の方なのに。
俺は、こいつにこんな顔させたかったのか?

こいつのほうが絶対に傷ついてるはずなのに、それを鵺雲に言わせるなんて、俺は何て酷い男なんだろう。



『この前の…私、イヤじゃなかったんだよ』



部屋に響く鵺雲の声が、耳をかすめる。



『びっくりしたし、何も言えなかったけど…でも私たちは今まで通りでいられるって思ってたよ。…けど……あの言葉の意味は…一護の中じゃもう、違うってことだよね…?』



そうだよ。
お前の言う通りだ。
前みたいに笑いあったりとか。
どうでもいいことで叩きあったりとか、もうできねえんだよ。

何かが変わっちまった俺たちは、きっともう元に戻れないから。



「…あぁ」



離れんなら中途半端じゃなくて、ちゃんと離れよう。
でなきゃ、意味ねえだろ。

そう言葉を続けた時、ふ、と車のライトが窓を照らす。
一瞬見えた鵺雲の顔が、悲しそうに歪んでいる。



『一護は、平気?』

「…あ?」

『私と離れても、平気なの?』



『……私は、やだよ』



なんで。
何でお前は、俺の覚悟を揺らがせるんだよ。

好きで離れるんじゃねえよ。
俺だって、ホントは。


そう口に出しかけたとき、突然胸の辺りに感じる温度と、とん、とぶつかる衝撃。
飛び込んできた鵺雲は、俺のTシャツに皺が付くくらいぎゅっとしがみついて。



『離れたく、ない』

「鵺雲…」

『一護と…っ、一緒に、いたいよ…』



好きなんだもん、って言葉が聞こえた。
肩が小さく震えている。



「…泣くなよ」

『だって、……私…』



すん、と鼻をすする音。
俺を見上げた鵺雲の目には、溢れそうなほどの涙が溜まっていた。


もしかして。
いや、もしかしなくても鵺雲は、俺のこと。
今日来たのも、さよならするんじゃなかったとしたら。

こいつはちゃんと向き合おうとしてたのに、友達ってくくりにこだわってたのは俺だけで、ホントは俺自身が傷つくのが怖かったんだ。
そんなの、つまんねえ意地なんて張ってるだけ無駄じゃねえか。

無理に離れようとしてた俺が、莫迦じゃねえかよ。



「…俺だって、離れたくねえよ」



喉に詰まっていた言葉が、するりと出てくる。
ぐい、と親指でその涙を拭ってやって。



「ホントは、これからもずっと莫迦やってたいよ。一緒にいてえんだ。…お前と」



もし、もし鵺雲の気持ちが俺と一緒なら。
友達じゃいられなくなった俺たちが、一緒にいられる方法は一つ。



「友達は、終わりだ。それは変わんねえ」

『一護…』

「けど、もしお前が俺と一緒の気持ちなら、俺たちの関係は今日から変わるはずだから。それならまた、一緒にいられんだろ?…それ、確かめてもいいか?」



鵺雲の額に手を当てて、俺から視線を外せないようにして。
俺の言葉にまん丸に開いてた目は、ゆっくりと弧を描いてから閉じられる。


そうして触れた二回目のキス。
本当に触れるだけのそれは、一回目と同じようで全く違うものになった。

なんだかくすぐったくて、とんでもなく幸せなものになったそこに在ったのは、後悔でも謝罪でもなんでもなくて。
別の形でまた繋がることのできた、お互いの気持ちだけ。







end.


あれ、急展開すぎ?
とりあえずこんなに長くなる予定じゃなかったのだが…。

最近シリアスしか書いてないなー。
アホな話が書きたい。


ではここまで読んでくださった鵺雲様、ありがとうございました☆



Title/箱庭様 お題/ささやかなゆめより
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