短編。 | ナノ
赤い呪縛



大きなショーウインドウが、私の背後で華やかに光っている。
目の前を行きかう人々は皆楽しそうで、その足取りは軽い。
その様子を見ながら、私は真っ白いマフラーに顔を埋めた。

さっきからカップルが多いのは、きっと今日という日のせい。
いつもよりも着飾って、いつもよりもくっつきながら、これからロマンチックなディナーにでも行くのだろう。



『まだ、かな』



私だって例外じゃない。

昨日の昼、執務室にお茶を運んだ時。
書類整理に追われる修兵から突然、明日現世に7時、と告げられた。
今年は修兵が忙しくて、一緒に過ごすのも難しいかなと思っていた分、その言葉は私の心をぐんと跳ね上げた。

前日に誘うのもどうなの?なんて少しだけ思ったけれど、当然予定を空けていた私はすぐさま首を縦に振る。
私の反応に、修兵も満足そうに口許を緩めた。


出張以外で現世に来るのは、今日が初めて。
もちろん現世に行く準備なんてしてなかったから、急遽技術開発局に駆け込んで、義骸の整備をしてもらう。
阿近さんはよかったなって笑ってくれたけど、涅隊長は、お前はすぐ浮かれて困るヨ、なんて溜息をついていた。

普通なら代わりに実験体にでもなれと言ってくるのだけれど、それを言わないのは、私が以前十二番隊に所属していたから。
一応これでも第三席に名前を置いていたし、それなりに貢献してきたつもり。

きっと、涅隊長なりの優しさだと思う。
伝わりづらいけど。


押しかけるようにして乱菊さんから教えてもらったメイクと洋服で、いつもよりちょっとだけ女の子を意識してみたりして。
他の皆だけじゃなくて、修兵にも気が強いとか男っぽいとか言われるから(彼女にそれを言う修兵も修兵だけど)、今日ぐらいはこんなのもいいよね、なんて思ってみる。

私を見て、修兵はなんて反応するだろう。
いつもと違うなって、かわいいって、言ってくれるかな。


早く来ないかな、とカバンに入れた伝令神機を取り出せば、タイミングよくそれが震えて、誰かからの着信を知らせる。
見れば修兵からで、私は逸る気持ちを抑えてそれに出た。



『もしもし、修兵?』

“…鵺雲?今どこ?”

『えっと…待ち合わせの…ショーウインドウの前だよ』

“あー…そっか、そうだよな…。あの、さ…悪い、行けなくなった”

『…え?』



仕事が終わらない、ごめんな、と淡々と告げる修兵。
今日も確かに忙しそうに書類を整理していた。

副隊長と第三席。
席次は一つしか変わらないけれど、その仕事量は比べ物にならない。
そんなことは十分わかってる。


けど、だけど。
今日楽しみにしてるからって言ってたのに。
私が帰る時、笑って手を振ってくれてたのに。

しょうがないと思う自分と、なんでと思う自分が頭の中を駆け巡る。
修兵が受話口の向こうで何か喋ってるけど、言葉としてうまく聞き取れない。
当然思うように言葉が出てくるはずもなくて、伝令神機を耳に当てたまま、その場に立ち尽くした。


私を送り出してくれた、阿近さんや涅隊長、乱菊さんの顔が浮かぶ。
せっかく、協力してもらったのに。

鼻の奥がつんとして、視界が滲む。
下を向けば、目に溜まったそれが今にも零れてしまいそうだった。



“…鵺雲?”

『……な、によ』

“泣いてんの?”

『別に…泣いてなんか…。仕事だし、仕方…ない、じゃん』



ここで強がるのは、私の悪い癖だけど。
修兵に聞こえないように、すん、と鼻を啜る。
ちょっと喋っただけなのに、それだけで声が震える。



“強がんなよ。泣いてんだろ”

『だから、泣いてないって…』

「嘘、泣いてる」



受話口で聞こえていた声が、すぐ傍で聞こえた気がして顔をあげた。

伝令神機を耳に当てて、片手を黒いコートのポケットに突っ込んで、私を見下ろしてる修兵がそこにいて。



『しゅ…う、』

「ほらな、やっぱ泣いてた」



パチン、と伝令神機を閉じながら、ぐいっと親指で私の目元を拭って。
黒縁眼鏡の奥の鋭い目が、優しく笑う。



『なんで…?仕事、じゃないの?』

「終わらせたよ、お前とデートすんだし」

『え、じゃあさっきのは、』

「ちょっとしたサプライズ?」



まさか泣くとは思わなかったけどな、と眉を下げる修兵に、私は精一杯非難の目を向ける。

なに?
なんなの?
こんなサプライズなんかほしくなかったし、私が泣いたのはなんだったのよ。



『…バカじゃないの!?』

「んだよ、それ」

『私が、どんな気持ちになったと思ってんの!?ホントもうやだ!』



やり場のない怒りをぶつけるために、冷えきった手で修兵の胸を叩く。
だけどすぐにその手首を捕まれて、私はどうすることもできなくなる。



「ったく、暴力的で困んな」



私は怒ってるのに、修兵は私を見つめたまま微笑んでいる。
こんな状況でもその目に一瞬どきっとしてしまったのを、修兵が見逃すはずなんかなくて。



「そんな怖ぇ顔すんなよ」



手首を放す代わりに、その手がふわりと私の髪に差し込まれた。



「せっかく可愛くしてんだからさ、もったいねえだろ?」



そのメイクも格好も、俺のために頑張ったんでしょ?そう言われて、また大きく心臓が鳴る。

なんて狡い人なんだろう。
そんな風に笑われたら、怒ってるのなんてどっかいっちゃうじゃない。



「嬉しそうな顔してんなぁ。…もっと言ってやろうか?」

『…うるさいなー』

「可愛い。…似合ってる」

『もー、うるさーい!』



ストールに僅かに隠れた口許から、くすくすと聞こえる笑い声。
修兵の思うツボだけど、嬉しくないわけがない。
私が欲しかった言葉を、まるで最初から知ってたみたいに口にするから。



「つーか…メイク崩れちまったな」

『誰のせいよ、だーれーのー』

「俺だな、間違いなく。つーわけで、予定変更」



行くぞ、と私の手を握ってどこかへ向かって歩きだす。
予定も何も、私は何も聞かされてないのだけれど。



『ちょ、ちょっと待って、どこ行くの?』

「そんな顔じゃフレンチは無理だからな、ホテルの部屋で食おうぜ」

『え、やだ!フレンチがいい!』

「ダメ」

『やだ!』

「ダメだって」

『やだ!!』



突然立ち止まった修兵が、くるっと振り返る。
私のマフラーに手を伸ばして、簡単に巻いていただけのそれはするりと外されて。



「まだ行きたい?鵺雲がこれを周りに見せつけてえっつーなら、仕方ねえけど」



先程まで存在しなかった"これ"に指先で触れて、にっと笑った修兵に、私の思考は停止する。

こんなに人通りの多いところで、この男は私の首に唇を落として。
きつく吸われた真っ赤な痕は、マフラーでしか隠せない場所にその存在を主張する。



『狡い、ホントに』

「よし、決まりだな」

『こんなのつけてさー、なんか言われるよ、阿近さんに。義骸なのにって』

「いいんじゃねえの?今つけなくても結局はつくんだし。これからもっとすげえコトすんだし?」

『修兵さん変態です』

「そんな俺も好きでしょ、鵺雲は」



悔しいけど否定できない。
たとえ意地悪でも、たとえ変態でも、好きなのは事実。
何も言い返せない私の顔を、違ぇの?なんて覗き込んできて。



「俺はどんなお前も好きだよ?」



そんな爆弾発言をさらりと言ってのけながら喉の奥でクッと笑った修兵は、再び私の手を握り、人込みの中を歩き始めた。


強引にも程がある。
変態にも程がある。
けど、一緒にいられるこの時間がすごくすごく幸せだから。


年に一度のクリスマス。
強引な修兵に、いつもなら抵抗する私だけど。
今日だけは、素直な女の子でいてあげようかな。







end.


Happy Merry Christmas!

修兵といちゃいちゃデートしたい!(妄想)

ここまで読んでくださった鵺雲様、ありがとうございました☆


Title/箱庭様 お題/溺れる鯨 より
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