短編。 | ナノ
くらり、どきり。



ひゅう、と音を立てて風が吹いた。
その冷たさに、思わず背中が震える。

朝の天気予報で、なんとなく冷えるとか言ってたけど、まさかここまでだなんて。
風があるせいで、余計寒く感じる。


ふと皆を見てみたけど、誰一人寒そうではなくて。
私だけか、とかじかんだ手でお昼のパンを持って、ぱくっと最後の一口を頬張った。

もぐもぐ口を動かしながら、手をにぎにぎと動かしていると、隣に座っていた一護が、私の手をちらっと見て不思議そうな顔をする。



「寒いのか?」

『んー、寒いねー』



私の答えを聞いて、少しだけうーん、と考える。
どんなことを考えてるのかはわからなかったけど、たぶん私のことを考えてくれてるような気がする。
根拠は、特にない。


ふいに私との距離をつめて、ぴったりとくっつく。
その動作の中で、皆から見えないように私の手を取ると、そのまま一護の制服のポケットに突っ込んだ。

ポケットの中で、指が絡まる。
ぎゅっと入れられた力が、私の手に熱を与えていく。


突然のことに言葉が出なくて、代わりに一護の顔を見た。
表情はさっきと変わってないけど、耳が赤く染まっている。

見えないとはいえ、人前で手を繋いだりするなんて、学校ではクールキャラで通っている彼からしたら、思い切った行動。
二人っきりの時は、何のためらいもなしに抱き締めてくるんだけど。



「鵺雲」

『なに?』

「今は、これで我慢な」



小声でそう言った一護が、背中のフェンスにもたれながら私をちらっと見る。



「帰ったら、ちゃんと暖めてやるから」



下心とか、そういうものは全くないような優しい笑顔。
細められた目に、体の中が、というより、心がきゅーんってした。


さっきまで寒かったはずなのに、今じゃもう暑いくらい。
握られてる手のせいなのか、このくらくらするくらいの優しい微笑みのせいなのか。

どちらにしろ、どきってしたなんて私が恥ずかしいから、にっと笑ってごまかして。



『一護のえっち』

「お前…っ!そ、そういう意味じゃねえよ!!」



耳だけじゃなくて、今度は顔まで赤くして。
ばたばたと慌てる一護が可愛くて、へへ、と笑みがこぼれた。

そしたらあっという間に顔を戻してた一護が、人前だから、と油断してた私の耳に唇を寄せて。



「でも、鵺雲がそうしたいなら…する?」



俺はそういう意味でもいいぜ?なんて、わざと低い声で言ってくる。
さっきまで顔を赤くしてた一護とは別人みたいに。
そんな突然の反撃に、今度は私が顔を赤くする番で。

恥ずかしくなって、肩で一護を押してやる。
そしたら、おもしれーヤツだな、って楽しそうに笑った。




どこまでも一枚上手で、どこまでも優しいキミ。
ドキドキはさっきよりも激しさを増して。

くらり、どきり。

君のすべてに、翻弄されっぱなし。
















「おい、誰かあの二人止めろよ…!てか一護のヤツあんなデレキャラじゃなかっただろ!」

「じゃあ啓吾が行きなよ」

「え!?わ、わたくしめには無理であります!てことで、朽木さん!」

「やだ、私にはできないわそんな…」

「じゃあチャド!お前が行けよ!」

「いや…このまま放っといてやった方が…」

「くそぉ!羨ましいんだよコノヤロー!!俺も楠さんとイチャイチャしてえよ!」




『え?浅野くん、今…え?』

「あいつら…さっきから聞こえてるっつーの…」







end.



一気に寒くなりましたね。
こんな風にこっそり暖めてほしいなぁっていう妄想から生まれた突発物。

ここまで読んでくださった鵺雲様、ありがとうございました!



Title/rim様 A《選択》51-100/72より
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