短編。 | ナノ
くだらない遊びに終止符を



「やっぱここだったか」



がちゃ、と扉が開く音がして、続けて響く声。
その主は、同じクラスのオレンジ頭。



『黒崎じゃん』



今は授業中。
下の階からぼんやりと聞こえてくる、何だか難しい数列。
そっか、この下は三年生の教室か、なんてどうでもいいことを思ってみた。

通常ならば机に向かって必死に文字を写している頃だっていうのに、なぜこの男はここにやって来たのだろう。
すたすたと私のもたれかかるフェンスのところまでやってきて、同じように隣に立った。



『いいの?こんなトコで授業サボってて。ねぇ、優等生の一護ちゃん?』

「そういうお前はどうなんだよ。サボり魔の鵺雲ちゃん?」

『うわ、ちゃん、だって。キモチ悪ーい』

「てめェ…覚えとけよ…」



黒崎の額に青筋が浮かんでるけど、ここはあえて無視を決め込んでおこう。

まぁ確かに黒崎の言う通り。
私もここにいる時点で、立派なサボりをしているわけで。
別に成績もいいわけじゃないし、今更何か言われるとも思わないし。

私はいいの、と上に広がる青を見つめて言い返した。



『ていうかさ。何しに来たの?』

「別に。お前を探しに来ただけ」

『は?』

「ふと見たらお前、あ、またいねえって思って」



私は時々、こうやって一人屋上に来る。
特に理由なんてないのだけれど、ただボーっと空を見るのが好きだから。

授業が始まる、ホント直前に姿を消して、そしてまた終わる頃に何食わぬ顔でふらっと戻る。
だから私が授業にいないことなんて、ほとんどの人が気づいてないと思ってたし、気にしてないと思ってた。


思ってた、のに。



『よく、気づいたね。私がいないこと』

「そんなの気づくに決まってんだろ。お前、よくいなくなるし」



隣に立つ黒崎が、私の方を向いたのがわかった。
それに合わせて黒崎の方を見ると、気づいてねぇと思ったか?って呆れたような顔をしてて。
けれど、当たり前だろ、とも言ってくれてるようにも思えて。



『…誰も気にしてないと思ってた』

「あ?」

『私なんかいなくても、誰も気にしてないって思ってたよ』



気づけばそんな言葉が零れていた。
こんなこと言うつもりはなかったのに、何でか黒崎には言ってもいいかなって気がして。

ぽろっと口から出た言葉に、黒崎の表情が曇っていった。
ただでさえくっきりとした眉間の皺が、さらにその本数を増やして。



「そういうこと、気安く言うんじゃねえ」

『なに?』

「私"なんか"なんて、言うんじゃねえよ…」



そう言った黒崎の顔が、苦しげに歪んでいく。
何で黒崎がそんな顔するのかなんてわからなかった。


私は昔からあまり構われない子で、テストで100点取っても、学校で泣いても、何をしたって返ってくるのは"そう"という言葉だけだった。
父も母も仕事が忙しかったから、私に充てる時間がなかったのかもしれない。

そういう環境で育ったこともあって、いつしか私が何をしようが周りには関係ないんだって思うようになってた。
そうすれば自然と減る人付き合いの中で、冷たいとか付き合いにくいって言われることもあったりとか。
言ってしまえば自業自得で、ホントはそれがすごく寂しいことのはずなんだけど、今の私にはそれが普通だった。

だから、私のことでそんな風に言ってくれる黒崎が、なんていうか新鮮で。
そしてどこか、くすぐったかった。



「自分のこと、そんな風に言うな」



私の前に移動して、その双眸にしっかりと私を映す。
何故かそれから視線を逸らせなくて、口を真一文字に結んだまま、黒崎を見つめ返す。



「お前は気づいてねえかもしんねえけど」

『うん』

「少なくとも俺は、楠がいねえと困る。楠がいなくなると、気になってしょうがねえんだよ」



これって告白?
そうとも取れるような黒崎の言葉に、私の体の中がざわざわと音を立てる。
初めて必要とされたような、嬉しさにも似たざわめき。

まさか、今ので惚れちゃった?なんて錯覚するほど、私の心臓も、顔も反応してしまって。



「…何とか言えよ、恥ずかしいじゃねーか…」



一方の黒崎も、困ったように眉根を寄せて、頬をぽりぽりと掻いている。
心なしか紅に染まるその頬に、またおかしなことにざわざわして。

参ったな、錯覚じゃなくなりそうだ。



『黒崎、』

「ん?」

『私、あんたのそういうまっすぐすぎるトコ、嫌い』

「…上等じゃねえか。俺もお前のそういう素直じゃねえトコ、気にいらねえよ」



口をついて出た言葉が本心じゃないなんて、きっと黒崎にはバレている。
だって、口許笑ってんだもん。



『でもさ』

「あ?」

『黒崎のことは、嫌いじゃないよ』

「…奇遇だな。俺も同じだ」



お互いに顔を見合わせて笑えば、校庭から"わぁっ"と声が上がるのが聞こえた。
偶然にも、何だか私たちの様子に合わせて上げられたみたいに聞こえて、またくすくすと声に出して笑う。


心の中の氷が溶けたような、そんな感覚。

きっとまた、私は授業をサボってこうやって屋上に来たりするだろうし、このネガティブな性格だって直んないだろうけど。
こういう付き合いも悪くないかもって思えたから。

これからは、少しだけ私を前に進めてくれた黒崎だけには、一言、かけておこうか。











end.


日常の、ほんのヒトコマ。
ビターテイストを目指してみた。

必ず見てくれてる人はいるんだって言いたくて、書いてみた作品。


ここまで読んでくださった鵺雲様、ありがとうございました!



Title/箱庭様 お題851-900/884より
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