百面相。
「あー…疲れた」
体の力が一気に抜けたかのように、俺は頭からベッドに倒れこんだ。
ベッドのスプリングがぎしっと音を立てる。
昼は学校、夜は虚退治。
そんな生活が始まって、だいぶたった。
仕事とはいえ、正直きつい。
「(休みてぇ…)」
そんな俺の隣で、ルキアがさっさと寝る準備をすすめている。
また遊子のパジャマを勝手に持ってきたのか、どれにしようかと悩んでいた。
…何でこんなに元気なんだろう、この人…。
「あのよ…明日は学校も休みだしさ、1日だけでも死神業休ませてもらうっつーのは」
「ダメに決まっておるだろう、何を言ってるのだ貴様は」
当たり前なことを聞くな、と言わんばかりの勢いで否定された。
そして再びパジャマ選びに目を向ける。
コンの奴がなんか言ったみたいで、ルキアに殴られているが…
そんなやりとりも頭に入ってこない。
「…ですよね」
はぁっと大きくため息を吐いた。
起き上がるにも力が入らない。
……だんだんと、睡魔が襲ってくる。
♪♪♪♪〜…
その時、携帯がメールの受信を告げた。
ディスプレイを見ると、『鵺雲』の文字。
「鵺雲…?」
メールを開くと、こう書かれていた。
『遅くにごめんね(>_<)
あのね、明日、一護のうちに行ってもいい?』
ぼんやりとした頭でメールを読み、大丈夫だ、と返信する。
間もなくして鵺雲から、お昼頃には行くね、と返ってきた。
「部屋、片付けないとな……あぁ、親父にも手を出さないように言っとかねーと…」
1人でぶつぶつ言っている様子に気づいたのか、ルキアが眉をしかめて話し掛けてくる。
「何を1人でしゃべっておるのだ…。私はもう寝るからな、くれぐれも邪魔せぬように」
びしっと指を突き付け、押し入れの中に入っていく。
「あ、それから」
「あ?」
「顔、緩んでおるぞ」
それだけ言って、ピシャッと戸を閉めた。
…気づかないうちに、顔がほころんでいたらしい。
なんか照れ臭くなって頭をかく。
「…とりあえず、明日起きてから考えよう…」
ふぁ、とあくびをして、俺は深い眠りについたのだった。
*******
「…き……ご」
声が聞こえる。
ううん、と寝返りを打つ。
「一護、起きろ!」
バシッ!バシッ!
「ぶふぁっっっ!!!!!!!!」
俺の頬に痛みが走る。
びっくりして目を開けると、胸ぐらを掴んだルキアと目が合った。
「てめっ…何すんだコラァ!!!!!」
「いつまで寝ておるのだ、このたわけが!」
目の前にずいっと時計を差しだされ。
見ると、1時を迎えようとしていた。
「やっべ…!!!!」
俺はあわててベッドから飛び降り、着替えながら部屋を片付け始める。
「すまん、ルキア!手伝ってくれ!」
「な…貴様、なんという格好で!仮にも乙女の前だぞ!」
たわけ、とまた言われたが、今はそれどころではない。
そんなやりとりをしながら、片付けていく。
「おい、一護!この本はどこに置けばいいのだ?」
「あぁ、机の上に…っとあぶね…!」
床の服を踏んでしまい、ついルキアの腕をつかむ。
「…っ悪ぃ…!!」
ばっと顔を上げると、そこには驚いたルキアの顔が間近にあって。
変な沈黙が、あった。
と、そこへ。
『ごめん一護、遅くなっ………』
突然部屋の扉が開いた。
音のした方を見る。
そこには、俺の愛しい彼女の姿があった。
だが。
笑顔だった鵺雲の顔がどんどん真顔になって。
今度は、重い沈黙が流れる。
『えと……邪魔して、ごめん』
バタンっと勢い良く扉が閉められた。
俺は一瞬の出来事に、何が起きたのか理解できずにいた。
「一護…これは完璧に誤解されたのではないか…?」
ルキアの声にはっとして、落ち着いて状況を整理した。
俺はルキアの腕をつかみ、至近距離でお互い見つめ合っていて。
しかも、体制的に俺から迫っているように見える。
そこに、鵺雲が来て。
…血の気が引いていくのが、わかった。
「貴様、何をつっ立っておる!!!早く追わねば後悔するぞ!!!!」
俺の手をばっと振り払い、ルキアが言った。
俺は慌てて上着を着て、部屋を飛び出した。
「…ったく、世話の焼ける奴め…」
鵺雲を追って、近くの公園まで走る。
「待てって…!」
やっとの思いで鵺雲の腕をつかんだ。
『嫌っ、離して!一護のバカ!最低!!!』
俺の手を精一杯振りほどこうとする。
それでも俺は離すことをしなかった。
「鵺雲、」
名前を呼ぶと、鵺雲が振り返る。
と同時に、俺の左頬に痛みが走った。
驚いて鵺雲の顔を見ると、目に涙をいっぱい溜めて俺を見ていた。
改めて、事の深刻さを実感する。
伝えたいことは、たくさんあるのに。
うまく言葉が出ない。
「…鵺雲、俺…」
言葉に詰まっていると、鵺雲が口を開いた。
『朽木さんが好きなら好きって、はっきり言えばいいじゃない…!』
「違っ…!!」
『じゃあ何で、最近構ってくれないの?連絡したってあんまり返ってこないし、休みでもなかなか会えないし…
さっきだって…!』
鵺雲の目から、涙がぽろぽろと零れていく。
『やっと、会えると思って…っ、楽しみに、してたのに…』
気づけば、俺は鵺雲を抱きしめていた。
『やっ…』
離れようともがく鵺雲を、さらに強く抱きしめる。
「ごめんな」
ビクッと、鵺雲の動きが止まる。
ひとつひとつ、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を繋ぐ。
「あいつ…ルキアとは、なんもねぇよ。俺が好きなのは鵺雲だけだ。
…構ってやれなくて、寂しい思いさせて、ごめん」
自分でも驚くぐらいの、情けなくて、弱い声が響く。
それに応えるように、鵺雲がか細い声で問い掛けてきた。
『…じゃあ、さっきのは、何…?なんで朽木さんが、一護の部屋にいたの…?』
「ルキアは…本を返しに来ててさ。んで、あの状況は俺がつまづいて腕を掴んだだけ。
なんも、やましいことはしてねぇよ」
ひとつだけ吐いてしまった嘘に、胸が痛んだ。
もし死神であることを告げれば、今後鵺雲を巻き込んでしまう可能性もある。
それを思うと、どうしても言えなかった。
『ほんとに…?何でも、ないの?』
体を少し離して、赤くなった目で俺を見つめる。
「本当に。言っただろ?俺が好きなのは鵺雲だって。お前以外に、何かするわけねぇよ」
なんか恥ずかしくなって、それを隠すようにくしゃっと鵺雲の頭を撫でる。
それに安心したのか、やっといつもの笑顔で、照れたようにへらっと笑ってくれた。
『…じゃあ、許す』
そして俺の背中に手を回して、
『良かった』
と、小さくつぶやいた。
『一護』
「ん?」
『私も、好き』
くすくすと笑って、俺の顔を見ている。
額にキスすると、調子に乗るな、と今度は顔を赤くしながら肩をグーで殴られた。
くるくると表情が変わる、俺の彼女。
「…百面相、だな」
『…悪かったわね』
そしてまた、ひとつ変わった。
end.
言い訳はしません。
偽一護でごめんなさい…!!
ここまで読んでくださった鵺雲様、ありがとうございましたm(__)m