○届きますように/野永 創

 一通目
  コーヒーの香り。
  窓ガラスに映る彼。
  散る花びら。
  舞う桜色。
  暖かな陽射し。
  あの日、あなたと出逢ったことを思い出すすべて。
  小さなこの手のひらいっぱいに抱えて、あなたとの想い出を巡る。

 二通目
  照りかえす。
  波打際を歩き、一緒に足元を濡らす。
  風にさらわれた帽子を追いかけるあなた。
  水面と砂浜と、きらきらと反射する笑い声。
  陽が落ちて、線香花火。
  あなたと寄り添っているのがなんだか急に恥ずかしくなって、手元で弾ける小さな花ばかりを見つめていた。

 三通目
  焼いも屋さんの声。
  枯れた葉を踏み、並木道をゆく。
  手袋の代わりに暖めてくれる、あなたの大きな手。
  首元が寒い、とあなたに言ったら、
  「じゃあ僕のこの手で」
  短く切られたあなたの爪が、冷えたこの首に喰い込む、喰い込む。
  遠のく意識と、近づく焼いも屋さんの声。

 四通目
  横たわるこの身体にいくら雪が積もっても、もう暖かくないこの四肢は雪を解かせない。
  温度と声を奪う、この冷たい白。
  ――あなたとの想い出を巡る。
  舞う桜色。
  線香花火。
  焼きいも屋さんの声。
  
  一生を愛して。
  あなたは一生を愛してくれた。
  この命を絶つことで、その一生はすぐに訪れる。
  あなたはそれを判っていた。
  短く切られた爪が喰い込む、喰い込む。
  小さなこの手のひらいっぱいに力を込め、あなたの冷えた首へ添える。
  小さなこの手のひらいっぱいに、あなたの一生を愛する。
  あなたが愛してくれたように。
  互いが楽になるよう、苦しみ合うよう、憎み合うよう。
  この手紙が、一生あなたに届きますように。


  
  了