伊都は紅茶を淹れ、私は本を読む。
薬缶から出る、湯が沸く音。 電子タイマーを操作する電子音がこの場所でも耳に届く。 砂時計を前に用意してあげたというのに、何故か伊都は電子タイマーばかり。 その音、私はあまり好きじゃなくてね。 けたたましくて。わめいているように聞こえるから。 紅茶の持つ穏やかさに合わない気がするのよ、私はね? でも多分それを言ったら、それ以上に私が嫌う雰囲気を醸し出すでしょうから。
「……アリア、紅茶に何か足す?」 「シナモンミルクティーが飲みたいですね」 本を見ながら片手間のように呟くと、後方から聞こえるように出された溜め息が届く。
「シナモンミルクティー? ……それなら先に言えって。鍋でやるんだよ、あれ」 「適当にそれっぽいの作ってくれればいいのですけど」
背後から気配が近づいて。
「――俺が、嫌」
横から顔だけ近づけて、目を合わせて。静かな声で。 伊都はそれだけを私に伝えて、また離れていく。
少し着崩した制服に、スマートながら威圧するような長身。印象に残るような鋭利な歯。 あまり彼が紅茶と関連するように見えないでしょう。 まぁ私が言えることは、彼が凝り性ということくらい。 私が何年か前に紅茶を求めた故にこの結果。 それは、私としてはとても有難いけれど。 伊都とは、何年一緒でしょう。 幼い頃から共に居すぎて、あまり異性という感覚が。 学校も同じ。クラスも同じ。それが、もう何年? 多分、私たちの触れてはいけない何かしらの力があるのでしょう。 まぁ、便利なのでそれは運命にお任せ。私の考えることではないわ。 そう思っている私の前、お気に入りのティーカップ。
「とりあえずアッサムのミルクティー。一旦これで」 「ちゃんと、ミルクも温めた?」 「言うまでも無く」 飲み慣れた味のそれを口に運びつつ、ちろりと机に置かれる新聞に目をやる。 それに気づいた伊都は何も言わず、それを折り変えるのは一瞬のこと。 一面記事が、見えないように。
「流石」 「どうも」
優雅な紅茶の時間に、事件の香りは似合わない。 そう思うのに、個別に設定されたこの鳴り響く着信音は。 私の口元が尖るのが先か、私のポケットから伊都が端末を抜きとるのが先か。
「――はい、俺っす」 私の端末への着信を、伊都は躊躇いなく。 「何だ、手世さんじゃないですかぁ」 着信音で既に分かっているのを、さもわざとらしく。 「話は明日お聞きしますので。ええ、明日いらしてくださいね」 通話時間、僅か10秒程。 最後の台詞の表情、吐き気がするほどにこやかで。 返却された端末は電源が、切られている。
「私、伊都のさっきの声嫌いよ」 「俺はあの人が嫌い」 「仮にも、彼は公的権力のあれですから。そこは嫌いであっても」 「……」
前髪をぐしゃりとかきあげ、唇を噛んで。 気持ち的には私も分かりますが。 「舌打ちはいけませんよ」 「……あくまで、依頼される側だもんなぁ、こっちは」 紅茶の表面に、照明が映っている。
手近な椅子に適当に伊都は雑に座り、手で頬を押し上げる。 何か言いたいが、耐える時の癖。 その変顔は、嫌いではないですよ。 口を離すと、飲み損ねた一滴がそれに伝う。
「――伊都、明日の全力のために休む探偵何て、私以外にいるかしら」 「知らない。というかどうでもいい」 「そう」 「ああ」
そうは言っても、何だかそわそわしてしまうのは、嫌な、癖――。
事件の当日は、彼女が仕事をする前日。 彼女は現場に向かわない。 助手の淹れた紅茶を飲みつつ、誰よりも落ち着いた時間を過ごすのだ。
**女子高生探偵の穏やか偽装事件
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