大嫌いなアイツの背中を刺したら、ヤツは人間じゃなかった。 死ななかった。 死んでくれなかった。 しかも切れ目から出たのは天使だと。 笑止千万。 どっちにしろ嫌いだ。 死んでくれ。
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ヤツ。獅子島コウイチ。高校三年生。身長182センチ。細身。いわゆるイケメン。 私。鷲尾サクマ。高校三年生。身長156センチ。貧乳。悪いか。ついでに殺人鬼。
仲が悪いか否かは置いておいて、私とコウイチは幼なじみである。 それは私が決められるわけではない。運命なのかどうなのかも知らない。 その点はどうでもいい。 運命なんてもの信じもしないけど勝手に巡るものだし。 どうにもならないなら切り裂いた方がマシである。 確かに、それが罪だとは分かっている。 でも、基本的に悪しか切り裂いていないので少しは正義だろうか。 別に悪でも構わないのですが。 まぁとにかく、私は私の好きなようにしているのですよ、と。 例えば大嫌いであっても、コウイチを殺さない。とか。
でもまぁ、コウイチは悪ではありませんでしたし。正義でもありませんけど。 世間的には皆イケメンと言っておりますが、そんなに素敵でしょうか。 私的には、男なら私をへし折って殺してくれそうな人の方が好みです。 コウイチには無理そうです。非力ですし。 いや、別にへし折ってくれるなら全て好きなわけでもないですが。 そんなこと言っておりますが。 まぁ、焦っているわけですよ。 目の前の天使から突きつけられる、その鋭利なものが。
「その馬鹿馬鹿しい羽と、頭の輪を外せよ」 「俺だって趣味じゃないさ」 「金髪、クソほど似合わないな」 「そうか、じゃあこっちの方も茶に染めとくわ」
ファンタジーなゲームに出てきそうな、何とも聖的な短刀。 私でも分かる神々しさ。 何だかよくわからないけどカッコいい軍服みたいな白い服を着たコウイチ。 私の首に突き付ける鋭利。
「ったく、俺を殺す順番遅いぞ無能殺人鬼」
喉元にその先端が刺さる。
「何で自分が殺される前提なんだよ」 「そうじゃねぇと、裏返らないし」 「何だよ、意味わかんねぇ」 「分かれと思ってねぇよ」
短刀は浅く私の首を切る。 短刀に付いた血を私の服で拭うコウイチ。ふざけんな。
「とりあえず、分かりやすく説明しろコウイチ」 「まずお前が俺を殺した理由を教えろ。……死んで無いが。そもそも俺、人間じゃないが」
私が自分を殺しそこなったことを楽しいという顔をしている。 苛々。
「背中が刺せって言っているようだったから刺した。あと私のプリン食った」 「何年前の話だ」 「小学校三年生の11月23日の午後だ」 「正確にどうも」
私はコウイチが溜め息を付いた瞬間、その短刀を奪う。 だが、ヤツもヤツで拳銃を突きつける。 銀色。 これも何だか聖属性くさい。彫刻とか、何か。
「どこの安いファンタジーだよ貴様」 「お前こそどこの底辺ミステリー……、いや、何だ。スプラッタか。……違うな」 「せめて台詞くらいはカッコよく決めろよ阿呆」
振り下ろした短刀は拳銃の固さで弾かれる。 思ったよりは弱くないのか。
「まぁ、思い出しによる衝動ということか。上等だ。まぁ俺は殺してさえしてくれればよかっただけだが」
血色の良い顔をしながら、コウイチは頬をかく。 拳銃は私の額に向けられたままである。 そして、背中に手を回し、刺さりっぱなしだった私の凶器を抜いて捨てる。
「殺されて喜ぶなんて、とんだ変態だ」 「殺して喜ぶ変態には叶わないよ」 「安心しろ、喜んではいない」 「それはまた厄介だな」
喋ると、切られたところの痛みが意外と。 怪我には慣れているほうだと思ったのだが。
「で、何。裏返ったとか。殺されて嬉しいとか。何」 「簡単なことだ。天使俺様、お前を天に戻すために舞い降りてきてやったということ」 「それはまぁ、ご苦労なことで」
……。 ……。 自分で、頭の中で言葉が繰り返される。
「何、私を殺すのか。天使様」 「なぁ、お前俺の誕生日知っているか」 「突然なんだ、知っているけど。七日遅いんだろお前の方が。そして私の問いを逸らすな」
幼なじみとなると覚えているもの。自分に寒気。
「お前は上での事故でうっかり人間として生まれることになった。それで俺様が回収に来た」 「人間として生まれて?」 「正確には、人間の外見を貰ったという方が正しいな。俺には人間の魂は無い。お前もな」 「面倒なお仕事なもので」
手で押さえているのに、血が止まらない。 よく分からない力でも、あの剣にあったのだろうか。
「そして。天使様の決まりは厄介でね。自分が被害を受けないと執行が出来ない」 「へぇ」 「裏返るってのは、中に会った俺の天使性質が表に出て、人間が仕舞われたということ」 「じゃあまた裏返せば人間に戻るのか」 「答える義務は無い」 「分かった、じゃあ殺す」
ああ言えばこういう。 大嫌い。
「殺されるのは一回で勘弁だ。さっさとお前を空に還して、俺はまた獅子島コウイチに戻る」 「私だけ殺される何てまっぴら」 「散々殺しをした人間の台詞か。死神」 「お前の阿呆くさいファンタジーに巻き込むなっての」
距離を詰め、銃を上に向ける。 空に無駄に撃たれるそれの虚しさを音だけで聞いて。その腹に打の一撃。 だが、私の頭も揺れるような衝撃。
「肉を切らせて骨を。って感じ?」 「全然格好ついてないぞ」
笑った顔が歪んでいる。痛みの証拠。 そんなこと言っている私も中々だが。 金属でぶん殴られただから。 屈辱。
「別に、お前にカッコつけたって仕方が無いしな」
そう言って笑って。今度は私の心臓に向けて。 これだから、大嫌いなんだ。 私だけ、逆の特別扱い。 こうやって、素の自分を出してきて。 私を圧倒しやがって。
「サクマ、終わろう。お前にこっちのセカイは狭すぎる」 「死んだら、どうせ地獄だろ」 「違う。お前は元々死神だから。本当に戻るだけだ」 「笑えない冗談だよ、コウイチ」 「笑える現実なら、楽しいのに。な」
凄く哀しい、表情に一瞬揺れた。私が。
「ぎぃっ……!」
ヤツはためらいも無く私の腕を撃ちぬき。衝撃で離れた短刀は持ち主に帰る。 そして私の身体を引き寄せ、抱き寄せ。 優しい気配のあとに、背中に突きたてられるこれは。
「……痛い」 「だろうな。悪人を裁く剣はさぞかし」
自然に舌打ちが出る。
「……人殺し天使」 「だから、お前は人間じゃねえって」
だろうな、と刺されて初めて分かる。人なら、即死だろ。この場所は。
「……死ぬのか」 「俺のように特殊にしてこっちに来たわけじゃない。一度、人として死んで、死神に戻る」 「はっ……想像出来ないな」
意識が遠のくのを、何故私はコイツの温かさの中で感じねばならぬのか。
「……一度死んで、絶対お前を殺しに来る」 「楽しみにしてる」
コウイチは剣を静かに抜き取る。 鷲尾サクマは死んだ。 間違って人になってしまった死神は、天に戻った。
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「ちゃっかり人間として全うな人生過ごしやがって」 「一度人間もやってみたかったからちょうどよかったよ。でも、俺を殺しは来なかったね」
60年、待った。 そして再開した、私たちは。
「それをさせない罰だってよ。でもまぁ、お前が死んでの話は別だ」 「そうか」
上に戻って思い出す。私は逃げ出した魂追っかけたら、人に生まれてしまったんだっけ。 死神に戻って、私こそ背中に馬鹿馬鹿しく禍々しい黒の翼。
「お前が私を殺したように、その背中を刺す」 「逆だな、お前が俺の背中を刺したから、俺は同じことをした」 「成程、な」
応戦するとばかりに、ヤツは見憶えのある武器を私に向け――。
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誰かの記憶。
「――先輩。俺に、俺にヤツの回収を命じてください」
――切り裂き××
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