1
びゅうっと冷たい秋の風が吹いた。
流石に法衣と黒いインナーだけでは寒くなってきたと、三蔵は思った。
長安から少し離れた集落へ説法の為赴いた帰りの道中のことだった。
いつも側にいる悟空はいない。行き先が近く1日あれば行って説法を説き帰ってくるのが可能だったから、留守番させてきた。静かでいいと思ったが、何故か少し寂しいとも思った。
(俺も、毒され始めたか……?)
――寂しいと思うなんて。
フッと自嘲めいた笑みをこぼして、帰り道を急いだ。
******
「なんでこうなるんだ」
帰り道、急に雲行きが怪しくなったと思ったら土砂降りの雨。しかもこの雨の影響で川は増水し、水がある程度引くまで渡し船も出せないという。山歩く迂回ルートもあるがこの雨ではそれすらもままならない。仕方なく少し戻った所にあった宿屋に引き返した次第だ。
法衣の袖口から少ししけったマルボロを出し火をつけ一息。その一息には雨に対する苛立ちも込められていた。
「三蔵様」
紫煙が空に舞った時、宿屋の主人らしき男が三蔵に声をかけた。
「この雨はしばらく止む気配はありますまい。部屋を用意させていただきました。どうぞお休みになってください」
「…世話になる。すまないが後で部屋に茶を頼む」
「かしこまりました。まずはお部屋へどうぞ」
土砂降りの雨は宿屋の屋根に叩き付けられ激しい音を立てている。寺院での公務のことも気になったが、それよりも寺院に残してきた悟空のことが心配でならなかった。
「猿のやつ、問題を起こしてなけりゃいいが…」
それよりも三蔵が不在の今、異端者である悟空を排除せんとする動きが激しくならないか、それに耐えきれずまた妖力制御装置の金鈷が壊れはしないかと不安は尽きないのだった。
・
[ 2/5 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]