勿忘草
“たぶん消えるんだろうな、って思ったけどなんかあんまり寂しくないんだ”
月光で淡く照らされた小高い丘で確かに彼はそういった。小高い丘同様に淡く照らされた彼の姿は、今にも消えてしまいそうでそれがとても儚く見えて、だから彼を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。彼にはちゃんと温もりがあった。朱色の髪が風に靡(なび)く。
“急になんだよ、らしくねぇな”
彼は、笑っていた。
もう少しだけ、と言うとしょうがねぇなぁ…、なんて答えた。彼は優しい。だからこそ彼は消滅の道を選んだ、この醜くも綺麗な世界のために。私は止めたかった。だけど軍人という見えない鎖がそれを引き止める。こんなことになるなら軍人になんてなるんではなかったと少し後悔した(軍人でなければできないこともあったから、すべてを後悔することはできなかった)
“なぁ、頼みがあるんだ。ひとつだけ。オレがここにいた、生きていたということを忘れないで”
顔を上げて儚い微笑みを見せて彼は言った。
「バカ、ですね……忘れるわけないじゃないですか」
あの願いから2年。彼は栄光の大地から帰ってくることはなく、それでも人々は彼を英雄にした。それから預言(スコア)に依存することをやめた。自分の未来は自分で選択する、今までできなかったきっと当たり前のことを始めた。
そして今日は彼の成人の儀。彼はいないけれども。招待状が来ていたが行くつもりはない。代わりに彼が好きだったセレニアの花が咲く、彼がいなくなった大地が見える場所に行く。
「……さて、そろそろ準備しますか…」
勿忘草(私を忘れないで)(私の記憶にあるのは、)(風に靡く朱色の髪と儚い笑顔で笑う彼)End
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