なんでこうなかったのかは、もう既にどうでもよく。 ただひたすら、小さな正方形を掌に乗せて振るだけの行動をしていた。
悪魔のサイコロ
もうなん十回振ったのだろうか。目の前にある憎らしい黒く小さな正方形を見つめて、思った。 幾度も振っては、向かいに足を組んで座る遊戯を眉を寄せて睨む。効果など有りはしなかったが、そうでもしないと気がすまない。
それは数十分前、学校を後にして遊戯と共に歩いていた時。特に何かすることもなかったため、寄り道をしようかと考えていた。 しかし寄り道をするにもどうも頭に浮かばず、仕方なくというかなんというのか。無難に遊戯の家にお邪魔した。 決闘するのも良かったが、いつもしているからかあまり乗り気にならず。 暫くぼぅっとしていたら、椅子に腰掛けた遊戯に名を呼ばれた。
「那真絵、」 「ん?」
ハッとして顔を上げて遊戯を見れば、遊戯の指と指の間には一つの小さなサイコロが。 意図がわからず首を傾げる私に、遊戯がふっと笑う。 それからそのサイコロを持っている手で握り拳を作り、中にある何の変てつのないサイコロを机の上に放った。
「えっ?」 「勝負だ、那真絵」
遊戯に放られたサイコロはそのまま机の上に転がり、くるくると回転してからピタリと止まった。 それと同時に遊戯がそう言い、ニッといつもの不敵な笑みを作る。 訳がわからないままとにかく机の上に転がったサイコロを見れば、それは流石というべきか。 小さい点が6つ付いた、「6」を上にして留まっていた。
「すごい…一発で…」 「さぁ、今度は那真絵の番だぜ」 「え、な、何がっ?」 「勝負、だと言ったはずだぜ?」
そういえば先ほどそんなことを言っていた気もするが、やはりわからない。 遊戯は楽しそうにこちらを見るだけで、説明はしてくれそうになかった。 しかし良く考えてみれば、成る程、つまり数字の競い合いか。相手よりも高い数字の目が出ればいいわけだ。 つまりこの場合、遊戯のサイコロの目は6だからそれよりも高ければいい。 ただ6より上はないため、同じく6を出してドローに持っていかないといけないのか。 大体把握して、笑って机の上にあるサイコロを手に取る。私だって運は良い方だ。
「ん…絶対負けないから」 「だといいが」
相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、そう言って足を組む。遊戯の運の良さはもちろん把握している。 しかし私だって負けていない。ここぞと言う時はすごいんだよ、と内心呟いてから手に力を込め。 遊戯が見守る中、私は手の中にあるサイコロを放った。
しかし、だ。そこで冒頭に戻る。 残念なことにいくら投げてもその目当ての「6」が出ずに、もうとうに十分など越えていた。 この間、遊戯はそれはそれは楽しそうに笑っているだけで、自分の絶対的優位は変わらないと思っているようだった。 それが悔しくて睨み付けるが、流石というかなんというか、決闘王なだけあって足を組んでこちらを見据える格好が様になっている。 放ったサイコロはコロコロと転がり、「3」の目で止まる。もう何度目かわからないこの投げるだけの行為に、肩を落とした。
「6出すのって、こんな大変だったっけ…?」 「ふふっ、それももう十回目だぜ」 「だって…あーもうっ」
話ながら、半ば投げやりに再度振ったサイコロの目は「5」 おしいが、6が出なければこの勝負が終わらないのを重々承知しているため、また盛大にため息をついた。
「…もう降参か?」 「うっ…ま、まだやるよ…」 「これじゃあいつまで続くかわからないぜ」 「ああもうっわかってる!次で絶対出す!ラストダイスロール!!」
目の前で楽しそうに口を歪める遊戯に、那真絵が黙っててと手で制止する。仕方なく遊戯も口をつぐんだ。 それからサイコロを右手に持ち、祈るように目を瞑る。暫しの静寂ののち、目を開いた那真絵が右手の中にあるサイコロを勢いよく放った。 かん、かん、と音を立てながらそれは床に転がり二人が見つめる中、散々回っ他あとに漸く止まる。
「…1」 「ふふっ…残念だったな、那真絵」 「ま、まだ…!」 「これでラスト、なんだろ?」 「っ…いや、まだ、まだ決着ついてないし…!」
期待を込めた目が遊戯を見つめ、あともう一度だけ、と訴える。自分で最後と言っておきながら、懇願する様はなんとも言い難い。 存外、那真絵も負けず嫌いなため、こうなると意地でも続けるだろう。 遊戯は組んでいた足を退かして、ふっと笑うと小さく頷いた。
「ただし、次で本当にラストだぜ」 「わ、わかってる…」
緊張した面持ちで小さく頷き、那真絵は最後の一回を振るべくサイコロを握り拳の中に入れる。 静かな時が流れる中、遊戯はそんな那真絵を黙って見つめ。 意を決した那真絵が、強く握っていた右手をスッと開き、重力に逆らうことなく手の中にあるサイコロは下に落ちる。 かん、かん、と再び軽い音が響きサイコロは落とした場所よりも大分離れたところで漸く落ち着いた。 即座に那真絵が見るかと思いきや、とうの本人は固く目を瞑っていて。 音は止んでいるため、サイコロが止まっているのはわかっているはず。 一行に目を開ける気配のない那真絵に苦笑いしながら、遊戯は仕方なくそのサイコロの目が何を指しているかを口に出した。
「6」 「…へ?」 「見てみろ那真絵、6だぜ」 「え?…あ」
状況を理解したらしい那真絵が目を開け、転がったサイコロを追って膝をついて四つん這いになりながら近寄る。 良く見ると目の前にあるサイコロは、確かに「6」を指していて。思わず間抜けな声が漏れた。 それから遊戯が参ったぜ、と言わんばかりに笑って目を伏せる。
「やった!やったー!6!遊戯、6!」 「あぁ、わかったから落ち着いてくれ」 「だってやっと!やっと6!」
嬉しそうに笑って、椅子に座ったままの遊戯を見上げた。 すると床に6の目を上にして佇むサイコロを見ながら、遊戯が楽しそうに口を歪めていて。 喜んでくれているんだ、と思い込んでいた那真絵はその笑みに少々不安が過った。 気になったら解決するまで気になる質なので、那真絵は喜びも程々に首を傾げて口を開く。
「ん?な、何?」 「いや…これでやっと次に行けるぜ」 「…次?」 「勝負はまだついてないぜ、那真絵」
ニィッと笑った遊戯が床に転がったままのサイコロを指で拾い上げ、再度指の間にそれを挟む。 げっ、と顔を歪ませた那真絵にもお構い無く、遊戯は楽しそうに第二ステージを開始していた。 その賽の目が何だったかは、最早言うまい。
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