誰だっただろうか。昔、誰かに言われた言葉があった。
その言葉は当時幼かった私の心に突き刺さり、今も抜けずにいる。
けれど、その言葉が何だったかは忘れてしまった。ただ、その言葉が私を貫いたという事だけを覚えていた。

昔よりかは幾分か成長した今でもたまに思い出すほどにその出来事は印象的だったのだろう。
相変わらずその言葉が何だったかは思い出せないし、誰が言ったのかも思い出せないが。
無理をして思い出す必要もないだろうと、思考は日常へと戻る。


「今日も遊馬がドジして恥をかいたのよ」

「そうなんだ」

「もう、本当に馬鹿なんだから……」

「小鳥も大変だね」


と、学校の友人と話しているとどうでもよくなってしまうのだ。
昔の出来事だし、よく覚えていない誰かの何だかわからない言葉なんて、所詮はこの程度のものなのだ。
その内何があったかすら忘れてしまうだろう。私の知らないうちに。
それでいいんだ。私には今が大切だから。


「あ、ごめん。今日はお母さんと約束あるから早く帰らないと……」

「そうなんだ。じゃあ、またね小鳥」

「うん。またね、那真絵」


そう言ってお互い手を振って別れる。
ここから先は一人で帰らなきゃいけない。いつもだったらちょっと先の公園で小鳥と話をするんだけど。
少しさみしいけどしかたない。とぼとぼと歩く。


「あ、すみません」

「?」


歩き始めた矢先、呼びとめられた。
ふり返ると同い年くらいの全体的にピンク色な少年?が居た。


「このあたりに妙時という家はありますか?」


少年の言葉に一瞬思考が止まる。妙時という家は、この辺りでは私の家しかない。
親の知り合いだろうか?だけど、私と同い年くらいの少年だ。
だとしたら会社の人の子供だろうか。

私が固まっているせいか、少年は首を傾げて少し困っているようだった。


「妙時、って私の家だけど……」

「えぇ、本当!?も、もしかして那真絵……?」

「な、何で私の名前知ってるの!?」


見た目に騙されたかもしれない。もしかしたらこの人、ストーカー?
それとも誘拐犯だろうか。同年代の子供なら警戒しないから誘拐しやすいとか。
でも私の家はそんなお金持ちじゃないし、どちらかというと少年の方がお金持ちに見える。

などと考えていると、突然手を掴まれた。


「ずっと君を探してたんだ!!」

「えっ、な、何で?」

「……僕の事、忘れたの?」


嬉しそうな顔から一変、悲しそうな顔になった。
私の事を探していたと言われても、私はあなたを知らないし……知らない?
あれ、そういえば私、もしかしたらこの人を知っているかもしれない。

そう、たとえば、ずっと昔に。ふたりで遊んでいた時に。
言葉が胸に突き刺さった、ような。そんな感覚。


「……あ、」

「思い出した?」

「V、くん?」

「そうだよ、Vだよ。思い出してくれたんだね」


そう言って笑う彼は、確かに私の記憶に存在した。
昔、よく一緒に遊んでいたあの頃の姿が重なる。


「ずっと君の事を探していたんだ」

「どうして、」

「約束、したから」


約束。そうだ、確かに約束をしていた。
その約束の言葉は……


「僕と一緒に、ずっと一緒に、いてくれますか?」

「……!!」


ずっと胸につかえていた言葉。
そう、確かに私たちはあの時、将来を誓い合っていた。それが子供心の拙いものでも。
確かに、私たちは想いあっていた。

どうして忘れていたのだろう。どうして忘れてしまってもいいと思っていたのだろう。
ずっとVくんは私を探していてくれたのに。それなのに、私は。

気付けばぼろぼろと涙がこぼれていた。


「そんな顔、しないで」

「だって、私……っ、忘れてた……!!Vくんの事、忘れちゃいけないのに、忘れてた……!!」

「いいんだよ。僕も、那真絵を見つけるのが遅れたから……」

「でも……!!」

「大丈夫、」


ふわり、と抱きしめられた。


「これからまた、始めればいいから」





心に突き刺さったねじ巻きは動きだす。
これから続く未来へと繋がる為に。