溶けだした いのち を、
遠くなってく きみ を、









「……あっつくないの、宵風」


開口一番、なまえは電灯がついていない雪見宅にあがるなり顔をしかめて黒ずくめに云った。一瞬の間、


「……べつに」

「何処の修行僧だよおまえ」

「……なんでここに居るの」

「ここがゆきみと宵風の家だから」

「…………そう」


宵風はそれだけ云って空を見つめる。もう日は落ちて闇が染めた宇宙はどろりとした夏をかもしだしていた。ちらりと光る星がふたつ見えた。


「はい、」

「…なに」

「冷たいレモネード」

「………」

「居ないゆきみの代わりに僕が作ったの」

「………」


無言で汗をかいたグラスに入った冷えたレモネードを受け取る宵風を見て微笑み、なまえは彼の隣にすとんと座った。そして夜空を見上げて少ない星を数えている。


「……あんま星みえないね」

「…都市だから」

「うん」

「……でも少しだけ、みえる」

「あれとあれでしょ」

「…あっちにもある」

「ほんとだ。夏の大三角形って見えないかな」

「見えるやつを組み合わせればいい」

「んー?」


宵風の言葉通りになまえは片目だけで星を指差し乍ら組み合わせて三角形をつくる。遠近感がとれないのか、一番右の星を指差す時にとん、と軽く宵風の肩にぶつかった。「ごめん」「…うん」「あ、できた」


「なんか、夏の大三角形ってもっと大きかった気がする」

「……これじゃ二等辺三角形だ」

「へんなの。僕たちの夏の大三角形って」

「うん」


まるで僕たちみたいだ。
なまえは小さく呟いた。宵風はレモネードを飲み干す。カラン、と遺された氷が鳴いた。溶けだした水分が微かに溜まった残骸と混ざって薄い色をさらす。


「……僕のいのちみたいだ」

「……なにが?」

「氷」


なまえはまだ遺っている自分のレモネードを夜空に翳す。外灯に照らされたそれはきらきらとプリズムを放って正常な瞳を刺激した。


「……すぐに溶けて、亡くなる」


宵風の言葉はまるで雪のようだ、となまえは思う。冷たいくせに優しい白。限りなく闇に近い白。


「……ふうん、じゃあさ、」


(宵風のいのちが氷だというのなら、)
なまえは少し笑った。宵風を見て笑った。



「宵風のいのちが溶けちゃったら僕がまた冷やしてあげるよ」



「……ね?」なまえは笑いながら少し泣いていた。宵風は彼の手をやわく握る。「……ああ、」宵風の声。


あかりのない部屋で二人ぶんのレモネードの氷が、ゆっくりと溶けてゆく。





(きみが溶けたら僕は冬を呼ぼう)
(そうしたらまた逢えるでしょう?)