「ねえ、初夢ってなに?」


ちらほらと雪が毎散る寒いお正月。東月先輩特製のおせちを突いていた私の隣で、玉子焼きを頬張りながら羊先輩はそんなことを言い出した。数秒の沈黙を経て、七海先輩が口を開く。


「なに、って…今年初めて見る夢だろ?」

「ふうん。どうしてそれが特別なの?」

「新年一発目だからだよ。なんでも初物はめでたいだろ?」

「じゃあ哉太の頭も初物なのかな?」

「んだとコラ。どーいう意味だよ羊!」

「そんなこと、わざわざ言わなくてもわかるでしょ?全く、哉太の頭は本当におめでたいよね」

「うっせんだよ!だいたい、めでたいの意味が違うだろーが!」

「そうなの?」


全く悪びれた様子のない羊先輩。七海先輩は猫みたいに毛を逆立てている。


「まあ…字面は同じですが…あくまで初物のめでたいは神聖な意味であって、たぶん七海先輩の頭とは別だと思いますよ」

「へえ、そうなんだ。知らなかったよ」

「ちなみに、初夢には出てくると良い縁起物があるんだけど…羊は知ってるかな」


おせちを着々と減らしていく私たちの前に、東月先輩が追加の料理を置く。おにぎりだった。羊先輩の顔がぱあっと輝く。


「わあ、おにぎりだ!」

「たんとお食べなさい。ちなみに、今回は中身の具もお正月仕様だぞ」

「まじかよ!楽しみだな」

「半分は月子が作ったから中身がなんだかは俺も知らないんだ」

「まじかよ…恐ろしいな…」

「ちょっと、哉太!どういう意味?!」

「げえっ、月子!」

「いただきまーす」


東月先輩の料理を手伝っていた月子先輩はエプロン姿で私たちの前に出てきた。大丈夫かなぁ、月子先輩の料理……。


「…で、なんだっけ。初夢の縁起物?」

「ああ、そうだった。三つあるんだけど、わかるかな」

「うーん……確か昔、母さんから聞いたことがあるよ。ええと…」


おにぎりを食べながら羊先輩は考え込む。伊達巻美味しい。


「確か……2つ目が鳥だったよね?」

「そうそう。あと2つは…」

「わかった。錫也のおにぎりと月子だ!」

「めちゃくちゃローカルな縁起物ですね」

「羊、馬鹿かおまえ!んなわけねーだろ!」

「どうして?僕にとっては縁起物だよ」

「おまえの縁起物じゃなくて、全国的な縁起物を訊いてたんだよ!」

「初夢に月子が出てきたらとっても幸せだなあ」

「よ、羊くん…」


なんかもう突っ込みところがありすぎてわからない。呆れてため息を吐いたら、東月先輩にちいさく笑われた。


「うーん、本当は一富士二鷹三茄子なんだけど…まあ、羊がそれでいいなら…」

「待て待て錫也!あんまりこいつを甘やかすな!また調子に乗るじゃねーか!」

「あ、じゃあ初夢は月子と錫也のおにぎりを食べながら星を見るのがいいなあ」

「なんだか、いつもと変わらないね」

「Oui.でもそれがいいんだ。いつもと変わらないからこそ幸せなんだよ」

「そうだね!あ、でも初夢っていつ見るものなんだろ?」


羊先輩のキザな言葉を持ち前のスルースキルで流しながら、月子先輩は首を傾げた。


「確か1日の夜じゃなかったか?」

「俺は2日って聞いたことあるぜ」

「私は両方聞いたことがあります」

「じゃあ、その期間で見た一番良い夢を初夢にしたら良いんじゃない?」

「なんか強引だな」

「良いの!」


そう言って月子先輩はにこりと笑った。同時に匂う、焦げ臭い薫り。


「あー!お鍋、火にかけっぱなしだった!」

「ああ…やっぱり…」

「先が思いやられるぜ…」

「月子のお雑煮、楽しみだなぁ」

「羊は強者だな」

「恋は盲目ですから」

「確かに」


黒豆をつまみながら、私は初夢に思いを馳せた。予知夢なんかじゃない、良い初夢が見られると良いな。




(幸せな夢をみておいで)