第三章 聖王の剣 


リヴァイアサンを倒した事で、ヴァルハラ大陸に渡る海の渦が消え去りシエラ、カイン、クロードの三人は、港町スネフからヴァルハラ大陸へと渡る定期船に乗り込んでいた。
クロードはグレイシア王国から借りて乗って来た、スレイプ二ルに王国へと還るように告げ、二人と行動を共にする事に決めたのだった。
船は海をゆっくりとした速度で進み、ヴァルハラ大陸への到着は2日後。
到着するまではのんびりしようと、今は船内にあるバーで食事をしているのであった。
「美味しかった、新鮮な海の幸が食べられるなんて思ってもいなかったよ」
「本当ね、海の幸をたっぷり使った、海鮮サラダ美味しかったわ」
シエラとクロードは、テーブルに並べられた自分たちの分の料理を食べ終わると、二人同時に食器にフォークとナイフを置く。
カインは一種類の料理を、食べたのみで止めていた。
シエラはテーブルに並べられた食器を見ていたが、胸に手を当てて落ち着かせカインの方へと顔を向ける。
「そうだわ、カイン…話しがあるの。外の方がいいから、一緒に来てくれないかしら?」
「…ああ、別に構わないぞ」
シエラの頼みにカインが応じると、二人は椅子から立ち上がり外へと向かう。
クロードはバーを出て行く二人を交互に見ながらも、カップに注がれているぶどうジュースを飲んだ。
外に出ると太陽の光が二人を照らし、船の側をかもめがゆったりと飛びながら鳴いている。
シエラが船の端へ行けば、カインも着いて行き隣に並ぶと、シエラは、視線を海へと落とした。
「…以前話そうと思って、止めた事なんだけど…私の旅の目的に関する事よ」
「……」
シエラが海へ視線を落としたまま言った内容に対して、カインは聞き返そうとはせず黙っている。
まだ遠慮気味なのか、それとも言いづらいのか…唇を震わせるも、ギュッと唇を噛みしめて震えをおさえた。
「私の旅の目的は……世界の終焉についての予言を、予言者と言われている女神バイブ・カハに会って聞く事…。あれは私の姉さんが、まだ生きていた頃――」
シエラは深呼吸をすると、海へ落としていた視線と共に顔を上げて、地平線を眺めつつ話し始めた。
二年前――
病気により姉・エリスは、寝たっきりの生活となっており、シエラが家事の全てをやっていた。
シエラが13歳の時に両親を亡くして以外、姉妹二人で暮らしてきたのだ。
『シエラこっちに来てちょうだい』
『姉さん…どうしたの?どこか痛むの?』
ある日…エリスはシエラを自分の側に来るようにと、声をかけた。
シエラが側に来て椅子に腰をかけると、優しい笑顔を浮かべてシエラの手を握り、ゆっくりとした口調で話しだす。
『いい…?よく聞くのよ、シエラ…私たちの住まう世界……ユグドラシルに危険が迫っているわ…。それはとてつもなく大きい危険…世界の終焉…、私は夢に見たのよ…、だけど私の見た夢はユグドラシルが終焉を、むかえた後の世界…まるで冥界のような世界で、黒き龍が飛んでいた…。シエラ…貴女に頼みたい事があるの…、予言者と言われている女神バイブ・カハに会って終焉についての預言を聞いてちょうだい……貴女に頼むのはとても辛いわ……でも私の見た夢が正しいなら、世界は…全ての者たちが死んでしまう…』
『姉さん……、私やるわ…!バイブ・カハに会って、世界の終焉についての予言を…聞くわ!』
―ごめんね、そして…ありがとうシエラ―
その言葉を最後に姉さんは、永遠の眠りについた…。
「でもね、幸せそうだったの…姉さんの顔が…、そして私は今こうして旅をしている…」
話し終えたシエラは、悲しそうでもあり懐かしそうな表情を浮かべていて泣いているのか、涙が頬をつたえば服でゴシゴシと拭う。
カインはシエラから聞かされた、終焉という言葉について以前会った人物が言っていた事を思い出していた。
『いずれ時はくる…、今度は世界の終焉で会おう』
確かに奴はそう言っていた。
じゃあ、こいつの姉が言っていた終焉と何か関係があるのか。
こいつはその予言者に会い、予言を聞いてどうするつもりだ?まさか…世界を救おうとでもどこかの勇者みたいな、寝言を言うつもりか?多分こいつなら―――。
「もう戻りましょう、クロードが待っているわ」
「…そうだな、あいつもお前に似てやかましいからな。ったく…、俺にとってはいい迷惑だ」
シエラが明るい表情でそう言うと、カインも悪態をつき答えるも一緒にバーへと戻っていく。
カインはシエラの後ろ姿を見て、先程の表情を思い出していた。
あの時何も言わなかったのは、彼なりの気遣いでもあったのかもしれない。
それはカインにしか分からない事だが…、しかしシエラは黙って聞いていたカインに救われていたのだ。
この時、カインは世界の終焉についての出来事が自分にとって、大切な役目だと記憶を失っている彼にはわからなかった。
バーに戻ると自分たちの座っていた席に見知らぬ人物が座り、クロードと話している。
その人物は左目に眼帯をしていて、翠の髪に透き通った灰色の瞳に服装は身動きが軽そうな服。
「クロード…その人は…?」
シエラはクロードの側に行くと、その人物に顔を向けて問いかけた。
その人物は答えようとしたクロードを止めて立ち上がり、ニッと口の端を吊り上げて笑って自ら名乗りだす。
「俺はシェイド、シェイド=ラグナイトだっ!よろしく頼むぜ!」
そう言いつつ、シエラとカインを交互に見て腕を組むと、食器が片付けられたテーブルに座った。
シェイドがテーブルに座るとカインは、横目でバーテンを見れば迷惑そうな表情でこちらを見ているのだ。
シエラもカインの視線を追い掛けて、バーテンの表情を見るとシェイドの側に立って、テーブルの上からどかせようとする。
「シェイドさん…、テーブルに座るのは迷惑よ、今すぐ降りて椅子に座りなさい」
「なっ……、しょうがねえな、降りてやるよ」
シェイドはシエラの言葉に言い返そうとするが、バーテンの視線に気付くと仕方ないといわんばかりに降りて椅子に腰をかけた。
「俺たちに、何の用だ?」
シエラが椅子に座るのに続いて、カインも座るとシェイドに疑問を投げ掛ける。
その疑問はシエラも思っていた事で、二人はシェイドへと顔を向け返答を待つ。
「シエラは、予言者バイブ・カハを探してるんだよね?だから……」
「クロード………」
言葉を発したのはシェイドではなくクロードだった。
シェイドを見ていたシエラとカインはクロードへと顔を向けた。
クロードは下を向き床を見ながら遠慮気味にシエラに問いかけるも、言葉に詰まってしまう。
シエラはあの時クロードも自分の話しを聞いていたんだとわかったのだった。
だが、責めようとはせずに優しい笑顔を浮かべると手を伸ばして、クロードの頭の上にゆっくりのせる。

その日の夜―
船内にある部屋で眠る為、シエラとカインが同じ部屋となり、クロードはシェイドと同じ部屋になった。
並べられたベットにクロードとシェイドは横になって、既に眠っており、部屋を照らす蝋燭の火も消されて窓もない為に月明かりも入らず部屋の中は暗い。
クロードは夢を見ていた、顔も見た事のない両親の夢―

『お母さん、お父さん』
『なに?クロード』
『どうしたんだ、クロード』
『お母さんもお父さんも僕の事、好き?』
『クロード、私たちは貴方を―――――』
『お母さん、お父さん………僕は………』
いらない子なの…?

そして2日後―
定期船は到着予定通り、ヴァルハラ大陸の端にある港町アーリアへと到着する。
船着き場に停められると、船から次々と降りてくる人の中に、シエラたちはいた。
「シェイド貴方も来るの!?」
「別にいいだろ、朽ちた聖域には、俺も用があるんだっ」
「目当ては聖域にあるかもしれない宝だろうが…ったく、何でこうも五月蝿い奴ばかりが増える。まあいい、それより聖域についての情報を集めるのが先だ」
シェイドから一緒に朽ちた聖域に行くと言われ、シエラは驚きの声をあげる。
シェイドの目的をカインが言い当てると、なんで分かったというような表情を浮かべていたが、カインの言葉に三人が頷いた。
「手分けして情報を集めましょう、集合はあの噴水の前ね!」
四人は手分けして、朽ちた聖域による情報を集め始める。
「朽ちた聖域がある場所を、知っているか?」
カインは武具屋の女主人から朽ちた聖域に関する情報を聞こうと尋ねていた。
女主人は声をかけられると、整理していた品物を台の上に置き、カインの方に向く。
「朽ちた聖域だって?それならこの町から北に行った場所にあるよ、それにしても、あんたあの聖域に何をしに行くんだい?」
「予言者バイブ・カハが、その聖域にいると聞いたんだ」
「知らないよ、予言者の予言を聞きに行ってたのは、私たちのご先祖様の時代だからさ。悪いね」
女主人からの問いかけに、カインが答えれば女主人はた首を横に振って、言うと背中を向け先程まで整理していた品物を手に取って、再び整理を始める。
その言葉を聞いたカインは、追求しても無断な為に店を出た。
先祖の時代という事は、現在は誰も予言者に会ってないって事か。
……まあいい、他を当たってみるしかないだろうな。答えは変わらないだろうが。
それからカインは、バイブ・カハについての情報を聞き回ったが、予想通り答えは変わらなかった。
それはシエラ、クロード、シェイドも同じであった。

「皆同じだったのか。じゃあ、現在予言者バイブ・カハがその聖域にいるかどうかは、不明なわけだ」
「ええ………」
四人は集合場所である噴水の前に、集合していた。
シェイドが腕を組んで目を瞑り言った言葉に対して、シエラは、ポツリと小さな声で呟く。
情報は聖域の場所しか聞きだせず、バイブ・カハについての情報についてこれ以上アーリアの人々から聞きだすのは、無理だと四人が分かっていた。
「そういえば……大司教様が以前、バイブ・カハについてこう言ってた」
突然クロードが思い出したらしく、膝に埋めていた顔を上げて話し始めた。
記憶を辿るようにして、思い出しながらゆっくりと。
―バイブ・カハは、女神であり未来を予見する力を持っていて、人々に未来を預言していた。
未来に何が起こるのか、また死ぬ運命の者に告げていた。
だから彼女には二つの呼び名があったんだ、一つめは予言者……そして二つめは死神…―
「……でも女神なのに、死についての予言もするなんて…」
私も死についての予言は知りたくなんかないわ…だけど、終焉についての予言は聞かなくちゃいけない……姉さんの見た夢が本当なら、世界が終わってしまう…。
クロードから聞かされた話しにシエラは、拳を強く握り、一瞬不安そうな瞳をするが直ぐに強い意思を込めた瞳で見て言う。
「聖域へ行きましょ。もしそこにいなくても、何か手掛かりはあるはずだわ」
シエラの言った言葉に三人が頷くと、四人はアーリアを出て話しで聞いた朽ちた聖域のある北へと向かうのだった。

四人はアーリアから北に歩き続けて朽ちた聖域へとたどり着いていた。
呼ばれている名前の通りにすっかり朽ち果てていて、中は暗くてよく見えず、たいまつに魔法で火を灯すと明るくなり照らす。
「随分と荒れた聖域だなっ、こんな所に本当に予言者はいるのかっ?」
「奥へ行ってみないと分からないわ、………あら?この壁に書かれている文字はなにかしら……?エルフ語でもないみたい……」
シェイドが問いかけてきた言葉にシエラは、答えつつも壁を調べていると文字の書かれている壁を見つけたが、書かれている文字は全く読めず考え込む。
「なんだ、この文字は…?」
「わからない、僕も知らない言葉だよ…。きっと今では、使われてない言葉だと思う」
シエラの言葉にシェイドとクロードも隣へとやってきて壁に書かれている文字を見るが、その文字は今では使われてない言葉な為に二人にも分からなかった。
他の壁を調べていたカインは、三人のいる壁の前に行くと、その壁を見て書かれている文字を読み始める。
「奥へと続く道を開くには、二つの道の先にある装置によって扉は開かれん」
カインが読み終わると、三人は驚きのあまりに言葉を失う。
驚くのも当然である、今は使われていない言葉の文字を読んだのだから……。
三人は顔を見合わせると、その事については聞かず壁に書かれている、文字の通りにする事にした。
「じゃあカイン、クロード、向こうで会いましょう。二人共、気をつけてね」
「俺の心配より自分の心配をしろ、お前が一番危なっかしいんだろうが」
シエラとシェイドが右側の道へ、そしてカインとクロードが左側の道へ行く事になった。
シエラがカインとクロードに心配そうな表情を浮かべて言った言葉に対して、カインは呆れたようすで言い返した。
その返事を聞いてシエラは、安心したのか笑顔を浮かべてシェイドと右側の道へ進んで行く。
カインとクロードは火の灯されている、たいまつを手に取ると左側の道へと進む。

右側の道に進んだシエラは、奥へ進む度に魔法でたいまつに火を灯していく。
壁を調べながら奥に慎重に進んでいると、文字の書かれた壁を発見する。
「文字が書かれているけど、あら……この壁……色が違うわ」
シエラは文字の書かれている壁を見ていれば、一つ色の違う石があったので、触ってみると奥に引っ込んでしまった。
それと同時に天井からパラパラと、砂のようなものが降ってくるのでシェイドは不思議そうに天井を見上げる。
「なんだよ、これ?……………まさか……………………」
「どうしたの、シェイド?」
シェイドが天井を見上げて顔を真っ青にしていて、シエラも天井を見上げようとした瞬間、地響きのような音が聞こえれば二人の足元に天井から小さな石が落ちてきたのだった。
足元に落ちた小さな石を見たシエラも、次第に顔がひきつり始める。
そして大きな音をたて天井が崩れだすと、シエラとシェイドは必死に走り出す。
「シエラ!お前って奴はっー!!!!」
「ごめんなさい!わざとじゃないのよ!」
天井の壁が崩れる音に混じり、シェイドの怒鳴る声とシエラの謝る声が響き渡った。

「今の地響き一体なんなのかな?」
カインとクロードの二人は、かなり先の方まで進んでいた。
クロードは先程聞こえた、地響きに関してカインに尋ねると、暫く黙っていたがさらりと答えた。
「あの二人の可能性は高いだろうな」
「うん……、僕もそう思うよ。これって……誰だろ」
カインの返答にクロードもコクリと頷いた後に、たいまつの火で照らされた壁を見ると、その壁には鳥の姿をした女性の姿が描かれている。
クロードはそれを見て尋ねる訳でもなく呟いた。

「はあ…はあ……、ここまで来れば大丈夫だろっ。シエラと来たのが災難だっ」
「なによ、シェイドがそうしたいって言ったんじゃない…。確かにさっきのは、私の好奇心がいけなかったわ……」
二人はかなりの距離を走ったらしく、苦しそうに息切れをしている。
すっかり天井が崩れるという、トラップもおさまっていて、たいまつに火を灯した後、安心して床に座り込んでいた。
シエラは息を深く吐くと、落ち着いたらしく立ち上がって、火に照らされた壁に視線がいった。
…これは……、誰なのかしら……?鳥の姿をした女性だわ……、ひょっとしてこれが……。

「これがおそらく予言者バイブ・カハ。俺にも本当の所はわからないが」
カインは壁に描かれている鳥の姿をした女性を見ながら言って、絶対ではない為分からないと付け足す。
「これが預言者バイブ・カハ.....」
クロードはカインの返答に小さな声で呟くと、もう一度その壁を見上げて、描かれた絵を見る。
先に進むぞ、扉を開く為の装置は後少しなはずだ」
「あ、うん!」
壁に描かれている絵を見ていると、カインがそう言って奥に進み始めるので、クロードはカインの隣に並ぶ。
二人は並んで歩きながら、装置のある場所を目指して、奥へと進んでいく。
一方シエラとシェイドも、装置のある場所を目指して、奥に進んでいた。
奥に進んでいると、暗くてよく分からないが向こうに、何かの影が見えたので、二人は影の正体を確かめる為に走り出した。
手に持っている、たいまつの明かりによって、次第にその影の正体が明らかになっていく。
前まで来るとクリスタルのような装置らしき物が姿を、現した。
「これがあの壁に書かれていた装置なのか…?」
「そうだと思うわ、此処に来るまでに、他に装置なんてなかったもの」
シェイドはシエラの言葉に、首を縦に振ると装置を調べ始める。
あのトラップによって装置が壊れているかもしれないと、心配していたがそれは無用な心配であった。
「壊れてないみたいだな…、だけどこの装置で何をするんだよっ。意味がわからん!」
壊れてはいなかったが装置の使い方が分からず、シェイドは困り果て険しい表情を浮かべる。
二つの道の先にある装置によって扉は開かれん……、どいう意味なのかしら?この装置に間違いないはずだわ、この装置によって扉は開かれる…。うーん……分からないわ…。
シエラが考え込んでいる時、装置が光を放ちだしたので気になって手を伸ばし触れた瞬間に光は広がり、二人を包み込んだ。
瞳が開かれるとそこは先程までとは全く違う景色……視線を動かせば、クロードがいた。
だが、バイブ・カハとカインの姿は見えない。
「…クロード!どうやって此処に…?カインはどうしたの?」
「分からない、クリスタルみたいな装置が光を放ちだしたから、触ってみたらここに来てたんだよ。カインは調べたい事があるから、後から来るって言ってた」
「そう……」
クロードはシエラの言葉に、不思議そうな表情を浮かべて答えると、シエラの表情が少し曇った。
クリスタルのような装置に触れた事で、クロードもシエラ、シェイドと同じように、この場所に来たのだった。
「呑気にお喋りしてる場合じゃ、ないみたいだぜっ」
シェイドがダガーを構えて、ある方向を集中的に見ながら言ったので、二人もそちらへ顔を向けると、其処には下半身が蜘蛛で、上半身が女性の姿をした魔物が一匹、糸を張り巡らせて巣を作っている。
『お前たちは、私と子供たちの餌となる。さあ、行きなさい!私の可愛い子供たち!』
小さな蜘蛛が魔物の腹から、大量に出てきてシエラたちの方へと向かってくる。
「ファイアーボール!!!!」
シエラが魔法を発動させると、炎が小さな蜘蛛たちを取り囲み焼き払う。
「やった!………う、嘘でしょ……!?」
焼き払われるのを見て、クロードは喜びの声をあげたが、炎が消えると小さな蜘蛛は次々と魔物の腹からでてくる。
シエラが魔物に向かって、魔法を発動させたが、それを小さな蜘蛛が束になり盾となって防いだ。
『そんなものは効かない!全て私の可愛い子供たちが、受け止める。諦めて私たちの餌になれ』
「っ……誰があんたたちなんかの、餌になるものですか!」
小さな蜘蛛を狙っても数は増えるばかりで、一向に減らず、数はますます増えていくばかり。
シエラは魔物の言葉に、眉尻を吊り上げて怒鳴るように叫んだ。
「おい、シエラ、あいつらを弱らせるような魔法を使え!凍らせる魔法でもいいっ!俺が劣りになるっ!」
「え、ええ、分かったわ!」
シェイドはシエラにそう言ってから左側の方向に走り出すと、小さな蜘蛛たちはシェイドを追いかけていく。
それを確認するとシエラは、シェイドの言う通りに魔法の呪文を唱えだす。
「冷血なる女帝の涙、ツブテとなりて仇なす者への鉄槌となれ!ダイヤモンドダスト!!!」
魔法が発動すると氷が、床を這うようにして床を凍らせていき、シェイドを追いかけている小さな蜘蛛たちも凍っていく。
小さな蜘蛛が全て凍ると、魔物のいる方向へと向かい、壁と共に凍ってしまうかと思えば、魔物は素早く飛び上がって避けてしまった。
凍りついていた氷は溶けて水になり、床に染み込んで消えてしまう。
シエラが悔しそうな表情を浮かべ、目の前にいる魔物を見上げると、魔物はシエラを見下ろしながら愉快そうに笑った。
『悔しいか?悔しいだろうな、先ずはお前から喰らってやる!』
そう言って魔物が手から糸をだして、シエラの細い首に巻き付くと、少しずつ絞めつけていく。
首を絞められるとシエラは苦しそうな表情をして、手で糸を掴み抵抗をするが、次第に力がなくなりだして切れない。

やるなら今だっ、早くしないとシエラが……!!!
シェイドは魔物の頭上をめがけて飛び上がり、頭上の位置まで行くと、そのまま降下していく。
魔物が上を見上げ、シェイドめがけて口から糸を吐くと、糸は足首にグルグルと巻き付いて、そのまま勢いよく引っ張られ激しく床に叩きつけられる。
叩きつけられたシェイドは、痛みのせいで体が動かなくなり、意識が薄れていき気を失ってしまう。
「シェイド!」
クロードがシェイドの名前を何度も呼び続けるが、反応を全くしない。
シェイド……クロード…………カイン……。
シエラの意識も薄れ始めたが、絞めつけに耐えつつも呪文を唱える。
「コキュ……ートス………!!!」
『なに!!?』
掠れた声で途切れながらも、呪文を発動させると絞める力が緩んで直ぐに糸を引きちぎり、魔物から直ぐに離れたと同時に魔物は一瞬にして凍りついた。
凍りついた魔物が粉々に砕け散り、むせながら目を向ければ立っていたのはカイン……。
シエラはカインの姿を見ると、安心したのか気を失ってしまった。

それからシェイドはクロードによって、傷を癒しの魔法で治してもらいすっかり元気になっていた。
シエラも意識を取り戻して、四人は預言者の間を調べていた。
「この剣はなにかしら?」
「何にでも興味を持って触るな、あの時の地響きはお前の仕業だろうが」
シエラが祭壇の上に置かれている剣に、手を伸ばして触ろうとした時、カインがそれを止める。
カインの言葉にシエラは、恥ずかしさのあまりに俯いて黙り込んでしまう。
「……この剣は……まさか…」
「その剣を知っているの、シェイド…?」
シェイドが台に置かれた剣を見れば、険しい表情を浮かべると言ったので、シエラはシェイドの方へ顔を向け尋ねた。
シエラの質問にシェイドは前髪をかきあげる動作をすると、話す。
「11年前に滅びたオーディン王国のアーサー王が、かつてオーディンの地下にあるという地下墓地…そこにいるドラゴンゾンビを、その剣で封印したらしい……。書物で見たんだよ、今は亡国オーディンって呼ばれてるけど」
…この剣が聖王の剣……じゃあ、どうしてこんな所に……?だけど………今ここにあるって事は……封印が………とかれている事ってよね…。
「…………聖王の剣を地下墓地へ戻しましょう…」
シエラは祭壇に置かれた聖王の剣を手に取り、抱えるようにして持つと言った。
シエラが一度決めると、頑固だと分かっているのであえて誰も何も言わない。
そして四人は、予言者の間に来た時と同じ装置を調べ、聖域の入り口まで転送され外に出るとシェイドと別れた。
三人は一旦アーリアの町に戻ると、今日は宿で休む事にしたのだった。
シエラはカインに、聖域で何を調べていたのかは聞かなかった。
聞いてはいけない事もあると思い、聞かなかったのだ。
バイブ・カハは聖域にいなかった……、一体何処にいるのかしら…?
必ず見付けてみせるわ、そして予言を聞くのよ。その為にも情報を集めないと……。
「カインが目覚めたという事は、世界の終焉が迫っているという事か。あいつは、いつも私を楽しませてくれる」
闇に覆われ光の射し込まない場所で、楽しそうにする人物がいた――



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