暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火






クロームは風の精霊、シルフとなりこれで四属性の精霊が揃うこととなった。
フィエルティア号へと戻った彼らは、甲板に集まっていた。

「これで四属性の精霊が揃ったね」

凛々の明星のボス、カロルが言った。
彼のボスらしさは最近特に遺憾なく発揮され始めている。
様々な出来事がめまぐるしく起こる中で、1番成長を見せたのは、他なららぬ彼だ。

「あとは世界中の魔核を精霊に転生させる…ですね」

「そうね、四属性の精霊だけで星喰みを抑えられれば必要はないけど…」

「万全を期すべきでしょ。なんたって千年も張り付いてる強敵だぜ?」

迷いをみせるリタに、レイヴンが言った。
失敗は許されない。
それは誰もがわかっている事。

「わかってる、でも……」

けれどリタはまだ言葉を濁した。

「精霊を生み出す、これだけでも世界のあり方を変えてしまっているものね。私たちの判断だけで」

助け舟を出すかのようにジュディスが言う。
肯定しているようだが、彼女もこの計画をやめるつもりはない。

「確かに、わたしたちだけですべてを決めてしまうのは、問題ですよね…」

「俺たちがやろうとしてることを理解してもらわなきゃ、やってることはアレクセイと変わらないかもな。けど、理解を求める時間はねえぞ」

「けど、帝国やギルドのみんなに話しておく事はできるんじゃないかな?」

「それでやり方を否定されたら、私たちは人々に仇名す大悪党よ?」

ジュディスの言葉を最後に、沈黙が流れた。
確実性があるわけではない事に、理解してくれというのは難しい。
否定される可能性は高いだろう。



「全部私がやったことにすればいいだろ?どうだ?」



ラナが口火を切った。

「そんなことさせないよ」

カロルがぴしゃりと言い切り、ユーリが言葉を続けた。

「………俺はこのまま世界が破滅しちまうのは我慢できねえ。デュークのやり方も認められねえ。だから大悪党と言われようが、魔導器を捨てて星喰みを倒したい。みんなどうする?降りるなら今だぜ」

「俺様はついてくぜ。なんせ俺様の命は凛々の明星のモンだしな」

「私もフェローたち始祖の隷長が託してくれた思いがあるもの。それに、中途半端は好きじゃないわ」

「あたしも、ラナだけにいいカッコさせるもんですか。後悔したくないしね」

「うん、ボクも後悔したくない」

「はい。自分で選んだことなら、どんな結果になっても受け入れます」

「アォン!」

「……うちも、当然ついて行くのじゃ」

「じゃ、あたし作らないといけないものあるから、どっか適当な街によって欲しいんだけど、その前に…」

リタの視線はラナに向く。
それと同時に皆の視線もそちらへ向いた。


「賢者の石を呼び出して」


「……な、何言ってんのさ!」

リタの口から飛び出したのは、思いも寄らないことだったので、カロルはびくりと肩を震わせた。

「賢者の石はエアルに還りたい、そう言ったのよね?」

ラナは、ああ、と頷く。

「その願い叶えてやってもいいわよ。賢者の石を精霊に変えて」

「賢者の石を精霊に…?」

ラナは戸惑った。
あれが素直に従うとは思えない。
始祖の隷長の間でエアルを食い荒らすものとされてきたのは、手段を選ばぬ回帰への飽くなき執念であろうことは、もうすでに明らかだ。


「賢者の石もエアルの塊なのよ。間違いないわ。じゃなきゃエアルと同化なんてできないもの。それに、まだ星喰みに近付いていないってことは、決定的な何かが足りてないのよ。力なのかなんなのかはわからないけど、だからこそラナに接触してきた」


「呼び出して、交渉が失敗したらどうすんだ?」

ユーリはひらりと手のひらをあげた。
未知の力を秘めた敵、どうすればいいのかもわからない。

「倒す、しかないわね」

ジュディスは迷うことなくヒュンと槍を振った。

「おうおう、若い奴らは血の気が多いね〜」

「あら、あなたも戦うのよ?」

「え〜俺様やだなぁ〜」



「やれるだけ、やってみませんか?」


エステルは決意を込めて力強く言った。


「そう…だね。クライヴの聖核も、返してもらえば精霊になってもらえるし……ラナだってこのままは嫌でしょ?ちょっと怖いけど、ボクらもっとすごいものに挑もうとしてるんだし!」

「うちは、皆が良いならそれでかまわんぞ」


再び皆の視線はラナに集まる。
彼女はしばらく黙り込んでいたが、観念したように両手をあげた。

「わかった!じゃ、交渉は頼むよ……」

ラナは両手を鳴らした。
一瞬エアルが溢れるが、それはすぐに消え赤い髪に赤い瞳のラナの姿が、ふわりと降り立った。


『如何した?決心が付いたか?』


畏れさえ感じさせるその声に、思わず皆が身構える。
だが敵意を出さぬように。

『揃い踏みだな、人間共』

賢者の石はユーリ達を一瞥した。
もっとも、わかっていてここに来たのだろうが。


「お前をエアルに還す方法を見つけた。なにも星喰みを喰う必要はないようだ」


ラナの言葉に、賢者の石は首を傾げた。

『今更、我を封印しようなどど思うなよ』

「封印なんてしないわ。あんたを精霊に変えるの」

リタは臆することなく言う。
自身に満ちた言葉は、時として強い武器になる。

『精霊?ああ、お前達が具現化させている聖核の事か』

「事情はわかってるだろ?なんせ賢者の石だ」

ラナは自分と同じ顔を見つめた。
イザナミとは違う、自分の顔。

『我の目的を忘れたか?我はエアルへ戻りたいのだ。大いなる世界の中へ』


「あんた、結界なくなったのに星喰みに近付けなかったんでしょ?」


賢者の石の鋭い視線がリタに向く。
図星だったようだ。


「あんたはエアルの質量が多すぎる。星喰みに近付いた所で融合なんて夢のまた夢。異物として跳ね返されるだけよ。けど精霊になれば世界のマナと融合できるのよ。マナだってエアル。あんたの望み通りじゃない?あんたが賢者の石って言われてるくらい賢いなら、あたしの言ってる意味、わかるわよね?」

彼女の言葉は憶測だ。けれど的を得ていたようで、賢者の石はやや間を置いてから口を開いた。



『果たして、既に生まれている精霊達が我を歓迎すると思うか?もとは始祖の隷長だろう。その記憶もある』



「精霊は始祖の隷長とは違う。思考もあたしたちの想像の範疇をはるかに上回ってる。世界を全て知るのは彼らよ」

リタの言葉に、賢者の石は何事か考えているようだった。
そして先ほどよりもたっぷり間を置いてから頷いた。

『……良いだろう。どの道此のままでは我もできる事が無い。新たな苗床も見つからぬし、世界の全てを知る、面白そうだ。理を読む以上の智を得ると言うなら甘んじて受けようではないか』



「その前に、クライヴの聖核」



ラナは手を出した。
賢者の石はすぐに手のひらを上に向け、ダングレストでしたように聖核を取り出すと彼女に差し出した。

「……ありがとう」

彼女は大切そうにそれを抱えた。
無機質なはずの石が、どうしてか暖かく感じられる。


「最後にひとつだけ……ラナの体を治せるの?」


リタが言った。
だが賢者の石は顔色ひとつ変えずにこう返す。

『悪いが、其れは嘘だ。人間よ。賢しい知恵に我を使うが良い』

賢者の石はすぐに真っ赤な石に戻った。
これ以上は話す必要がないと思ったらしい。


「………エステル、お願い」

リタは知らずに奥歯をかみしめていた。
きっとラナの身体にエアルを遮断する術式を施したところで、結果はかわらない、と。

「はい…!!」

エステルは今までと同じようにエアルを辿った。
今まで以上に、大きな流れが押し寄せてくるのがわかる。
そのままそれに引っ張られそうになりながらも、必死に賢者の石にエアルを注ぎ込んだ。

眩しい光が石を包み、そこに現れたのはマントのようなものをまとって髭を蓄えた老人だった。


「おお……これは……これが世界か………」


ゆっくりと目を開けた老人の姿は、天を仰ぐ。
それと同時にウンディーネ、イフリート、ノーム、シルフが姿を表した。

「転生、おめでとうございます」

ウンディーネが言う。

「元素を司る全ての源の精霊よ」

そしてイフリートが言った。

「私達の源たるあなたをお待ちしていました」

シルフはそっと風で、新たな精霊のマントをはためかせた。


「これが精霊になるということか。世界のあり方はこうであったのか……人間、我が名は?」


「えっと、元素を司るんですよね?では、元素を操る者……マクスウェル」

「我が名はマクスウェル、承知した。我もそなたらに力を貸そう」

その言葉を最後に、精霊達はウンディーネを残し姿を消した。




「さて、また新たな精霊を生むのであろう?」

ウンディーネの目線の先には、ラナが居た。


「エステリーゼ様、お願いできますか?」


彼女は聖核をそっとエステルに手渡すと、一歩後ろへ下がった。

「……っ!はい!もちろんです!」

エステルはもう一度エアルを手繰った。
精霊達が導いてくれるおかげで、それはとても容易い。

クライヴの聖核が光を帯び始め、彼女は聖核から手を離した。
そしてそこには、青い肌の小さな男の子のような容姿をした精霊が現れた。



「俺………あれ……ラナ…?それに、ベリウス?」


「おかえりなさい。新たに生を受け、今はウンディーネ、と……」

ウンディーネが微笑む。


「クライヴ!クライヴなんだな…!?」


ラナは彼の聖核から生まれた精霊に駆け寄った。

「うん、うん………でも、なんだろう今までと違う。なんだろ、この感じ、世界をものすごく近くに感じる……」

「そなたは精霊として生まれ変わった、新たな名を受けるべきであろう。凍てつく力を統べし者よ」

戸惑う彼にウンディーネが言った。


「え、っと……セルシウス…はどうでしょう?氷柱の君って意味です」

「セルシウス、わかった。僕は精霊セルシウス」

そう言って彼は微笑む。
かつて始祖の隷長としての名も、氷柱の君であった。

「セルシウスか、いい名だ」

ラナは頷いて、涙がこぼれそうな目尻をぬぐった。


「ラナ、神様になちゃったんだね?帰るの?元の世界に。もうその体、時間がない」


「ああ、色々私自身もわかった事がある。なあ、クライヴ」

「なんだよ、さっきセルシウスって言ったのに」

ラナはごめんごめん、と笑った。

「私、クライヴと居られて楽しかったんだ。クライヴは?どうだった?」

「そんなのもちろん……楽しかったに決まってるだろ」

セルシウスとなったクライヴは、照れ臭そうに笑った。

「セルシウスとして、力を貸して欲しい。星喰みを倒すために」

「うん、わかってる。まかせといて、もう前の俺とは違う、ちゃんとラナを守れるよ」

「はは、私を守ってどうすんだよ、世界を守ろう。一緒に」

「わかってる、うん。力を貸すよ」

頷いたセルシウスを見て、ウンディーネはやや微笑みを見せ、姿を消した。


セルシウスはそっと地面に降り立つ。

「ラナ!!」

ラナに飛びついた彼はぎゅっと彼女を抱きしめる。

「俺、冷たいんだ。それももう、ラナはわかんないんだね」

「ああ、でも、クライヴがここに居るって、ちゃんと分かってるから」

彼女もそっと抱きしめ返した。

「後悔しないの?」

「それは人間みたいな質問だな」

彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
もう2人の間に言葉はいらない。

「ラナは特別。じゃあね、いつでも俺、ここに居るから」

セルシウスはそう言って姿を消した。






思いがけず四元素の精霊だけでなくマクスウェルとセルシウス、合わせて六体の精霊を生んだユーリ達。
心強さ半分、不安さ半分、といったところ、ノール港へと立ち寄った。

街は閑散としていて、人も疎らだった。
空の上にあんなものがあれば当然だ、とユーリが言う。
この街からは星喰みがよく見える。

リタは宙の戒典の代わりを作らなければならない、と早々に買い物に出かけていった。

各々自由時間、と言う事になり、ラナは散歩に出かけた。

パティの不自然な様子が気にはなったが、彼女も色々考えているのだろう。
こちらから口を出すことでもない。

港へと出た彼女は、かつてあった様々な出来事を思い出していたが、途中でやめた。
これじゃまるで、走馬灯だ。

海を挟み向こう側にぼんやりとトリム港の灯台をみながら、船も疎らな港に腰をおろした。

もちろん背後からの気配に気が付いていたが、話をしよう、その意味も込めて。

「よう」

追いかけてきたユーリが隣に腰を下ろす。
潮風が2人の長い髪を絡めるように吹いて行く。海は凪いでいるが、風は荒い。

「ユーリ……」

「セルシウス、よかったな」

「ああ」

「全部リタ任せになっちまってるけど」

「モルディオ、変わったよ。ユーリ達と出会って」

「……前は変人、だろ?」

「今でも変人だよ。けど、人を思いやる事ができるようになった。前はトゲトゲしいやつだったからな」

「みんな変わったぜ?ジュディやおっさんも、エステルもカロルも。パティも何か考えてるみたいだし、ラピードは……相変わらずか?」

「ユーリ、お前もな」

「いろんな意味でラナも……な」

ユーリは海をみていた視線をラナにむけた。
その責めるような瞳を彼女は目を逸らさずに見つめ返す。

「気にすんな、前を向けよ。じゃなきゃ私も迷う」

彼女は微笑んだ。

「迷う気持ちを誤魔化し続けるつもりなのか?」

誤魔化す。その通りだ、と彼女は自嘲した。
そうでもしなければ進む事ができなくなる。
みっともなくすがる事など、したくはなかったから。

「黙ってんなよ、お前の気持ちはどうなんだ?」

「ユーリ……好きだよ。お前が」

「そういうことじゃねえって」

「私はそれが全てだ。本当はユーリとこの世界の先を見たいし、そこに私も居たい。でも、どうにもならないことが、世の中にあるってわかるくらいは大人だよ」

彼女の瞳の奥は揺らいでいた。
たまらずユーリは彼女を抱き寄せた。
けれどその身体はとても冷たくて、長くはない事を確かめるだけになってしまった。

「お願いだ、もう抱きしめないで……ユーリの体温を……もう私は…」

感じられない。
そう気付いた時、ラナの頬を涙が伝った。


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