暗緑の灯火 | ナノ
暗緑の灯火



仲間



「まってろよ、星喰み」

ユーリは空を見上げて悪態をついた。
朝の陽気が立ち込める帝都だが、我が物顔で空に鎮座する星喰みは今までにない異様な空気を作り出していた。
エステルもそれに習い、星喰みを睨みつけてみる。
けれども圧倒的な存在感は、さながら世界の終わりを演出していた。

「アォンッ!!」

ラピードは、振り返ると挨拶でもするかのように声を上げた。
ユーリとエステルがそちらを見ると、バツが悪そうにラナが立っていた。

「ラナ!騎士団はどうでしたか?」

エステルは、ぱあっと目を輝かせ、彼女に駆け寄った。

ぎゅうぎゅうとその手を握りしめて「体調は悪くないですか?」と心配そうに眉を下げる。


「はい、平気です。騎士団もフレンが居るので心配ないでしょう」

そんな事を言いながら、ラナはふとクライヴの事が頭をよぎった。
エステルの様子を見た限りでは、恐らく彼女の力でクライヴが死んでしまった事は知らないのだろう。



「で、一晩考えてどうだ?」



ユーリは責めるようにラナの瞳を見つめた。

「何をです?」と首を傾げるエステルに「なんでもないですよ」と笑った彼女は、ユーリを少しだけ睨んだ。


「エステリーゼ様、あなた様の護衛をするよう任を受けましたので、ご一緒いたします」

ヨーデルに、と言う一言は心の中だけで呟いて、彼女は微笑んだ。

「そうなんです?不謹慎かもしれませんけど、嬉しいです」

何の疑問も持たずに喜ぶエステルに、ラナは心底ホッとした。
どうしてだか、彼女とは距離をおきたい気分だ。





「ユーリ〜〜!」



聞き覚えのある声に三人は辺りを見回した。
けれどもどこにもその姿はなく、不意に空からパティが"降って"きた。
そして、彼女は驚く暇も与えずに、ユーリに勢いよく飛びついた。


「おっと、パティか!?おまえ…どっから…」

「やっぱ生きとったのじゃ!よかったのじゃ!ラナもついでにのう」

彼に抱きついたままで、ラナを見ていひひ、と笑うパティに、彼女は「おかげさまで」と肩を竦めて見せた。


「あら、やっぱり無事だったのね、あなたたち」


背後から色気のある声がして、三人と一匹は振り返った。
相変わらずの艶っぽい出で立ちでそこに立っていたのは、ジュディスだ。
ひょうひょうとした声だったが、そこには僅かに安堵する感情が含まれている。


「ジュディ、相変わらず」

ラナの言葉に満足そうに笑ったジュディスは「遅いから迎えにきたのよ」と胸に手を置いた。

「リタは一緒じゃないんです?」

「あの子ならアスピオよ。あなたたちも行くでしょう?」

ジュディスはユーリとラナに目配せして言うので、2人は「ああ」と頷いた。

「心配かけたな」

「ええ、心配で胸が張り裂けそうだったわ」

いつもの笑みでそう言った彼女に「嘘くせえなぁ」とユーリがつぶやいた。
「おかしいわ、本当なのに」とわざと首かしげるジュディスだったが、本当に心配していたのだろう。






その後、なぜか嬉しそうに追いかけてきたルブランから逃げるように、ユーリ達はバウルと共に帝都を後にした。

「おお!すごいなバウル!!でっかくなったんだな!!」

ラナはフィエルティア号をひっぱり空を泳ぐバウルを見て、彼にも聞こえるように大きな声で言った。

それにブォォォォッと返事が返ってきた。

「ラナ、そういえば成長したバウルに会うのは初めてだったわね」

「ずいぶん長い間、一緒にいなかったのう」

「でも、また戻ってきてくれて嬉しいです…」

「またいつ…ふらっとどっか行っちまうかもしんねえけどな」

「あら、今回はエステルの護衛なのでしょう?だったら当分一緒ね、きっと」

「みんな、よろしく頼む」

ラナはニカっと笑って、長い髪を耳にかけた。

「うむ、よろしくなのじゃあ」

「はい、またよろしくお願いします」






アスピオへと降り立ったユーリ達が、リタの小屋へと歩いていると遠くの方から「分かったぁ!!」と大きな声が洞窟内をこだました。
それは確実にリタの声で、彼らがその姿を探して当たりを見回していると、そんな一行は目に入っていないかのように彼女が猛スピードで通り過ぎていった。

「あ……リタ…」

戦闘中、彼女があんなにスピードを出せた事があっただろうか。

いや、絶対に無い。

エステルが声をかけはしたものの、その声が届く事はなく彼女は自分の研究室兼住居にまっしぐらだった。


「うちらの存在感は、カサゴの擬態よりもゼロなのじゃ」

「ああいうトコが、変人呼ばわりされる要因なんだろうな」

ラナはふむ、と首を傾げる。

「それ以外にも思いつく要因があるけどな」

ユーリが呆れたようにそう言った。

そんな物言いがなつかしい、とさえ思えるほどラナは長い間凛々の明星を離れていた。
彼女は無意識のうちにくすりと笑ってしまっていて、目ざといジュディスに微笑み返された。

「きっとなにか発見があったんですよ!」

エステルはリタの後を追いかけ「お前らもいくぞ」とユーリも続いた。



しかし、くるりと振り返ったジュディス。

「あなた、バウルの言葉がわかるようになったのね」

彼女の問いに、ラナは笑った。
それが意味する答えは"イエス"ということ。

「なんじゃぁ、ジュディ姐のように話ができるということか?」

話にいれてくれ、とパティが2人の間に立った。
大きな海賊帽を揺らして。

「ああ、バウルとも…なんならフェローともな」

「それは賢者の石のせい?それとも……」

ジュディスはそう言いかけて、すぐに口を噤んだ。
そして

「ごめんなさい、やめましょう。私たちだけで話す事ではないし、あなたが言いたくなってから聞くわ」

といつものように笑った。

彼女はリタの小屋に向かっていき、ラナも追いかけようとしたが、ぐいっとパティに腕を引かれ歩みを止めた。
彼女は少し心細そうな顔つきで、何か言いたげにこちらを見上げている。

「どうした?」

「うちは、ラナに言わねばならん事がある…かもしれないのじじゃ」

「……かもしれない?」

「そうじゃ…かもしれない…のじゃ」

「なら、言った方がいいと思ってからでもいいぞ」

ラナはパティに優しく微笑んで、目線を合わせるようにかがんだ。

迷ったように彼女は眉を下げ、いつものように手を後ろで組む。
それからゆらゆらと体を揺らして頷くと「もう少し考える」と申し訳なさそうに呟いた。





リタの小屋に入ると、真っ先に飛び込んできたのはぐちゃぐちゃに積まれた本だった。
そう言った事にかまけている暇がよほどないようで、その部屋の散らかりようは、初めてリタの小屋にきた時よりもさらに凄い事になっていた。

そのリタはというと、奥の本棚の前で何冊もの本を捲っては床において、力場がどうの、安定係数がどうの、と小難しい言葉をぶつぶつと呟いて、己の言葉に頷いている。

「リタ?」

エステルがその背中に声をかけたが、彼女は基幹術式がいける、変換効率はクリアした。比較散の安定したうんぬんかんぬんと1人の世界だ。

「おい、リタ!」

ユーリが大きな声をあげると、リタはイライラした様子で振り返った。

「なに!?邪魔しないでくれる!…って、え!?」

彼女はラナとユーリを見て酷く驚いた様子でその可愛らしい瞳を見開き、だらしなく口をあけた。
「よう」と2人が手を上げて見せると、安心したように眉を下げ胸をなでおろしたリタだったのだが、すぐにその表情は怒りに変わった。

「この忙しい時にどこいってたのよ!!だいたいあんたらの事どんだけ探したと思ってるのよ!」

「いや、まあ、悪かったよ」

ひょうひょうと言ったユーリの言葉に、彼女は「まあいいわ」と腕を組んだ。

「それどころじゃないわ…エステルのエアルを抑制する方法が見つかったかもしれないの」


リタの言葉に、その場にいた全員が驚き、本当にそれどころでは無くなった。
まだ完全に方法ができあがっていない、というリタを待つ間、カロルやレイヴンを迎えにいく事になり、資料は頭に入っているという彼女とともに、ダングレストに向かうべくアスピオを後にした。







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