満月と新月 | ナノ
満月と新月



透明の刻晶



階段を上へと上がって行き船長室らしき広い部屋に出た。
大きな鏡が不気味だ。


「ひぃっ……!」

カロルは尻餅をついた。
視線の先には、椅子に座った白骨があった。



ユーリたちは近づいて近くにある航海日誌を調べる。
書いてある日付は帝国ができる、千年以上も前だ。

「船が漂流して、40と5日、水も食糧もとうに尽き、船員たちは次々と飢えに倒れる。しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、透明の刻晶を届けなくては。魔物を退ける力のある透明の刻晶があれば、街は守られる。透明の刻晶を紅の小箱に収めた。ユイファンにもらった大切な箱だ。彼女にもう少しで会える。みんなにも救える。……でも結局この人は街に帰れず、亡くなられてしまったんですね…」

「エステル、千年も前の話よ」
リタが言った。
「そんなにも長い間、この船は海を彷徨っておったのじゃな。寂しいのう……」
「ボク、ヨームゲンなんて街、聞いたことないな」

「…………」

カロルの言葉に、ベティは表情を曇らせる。
「ほんとに千年前の記録なら街がなくてもおかしくないわ」
リタが言った。

「ま、そうだな……透明の刻晶ってのは?」

「知らないわ」
リタは首を振る。
「結界みたいなものかしら?」
ジュディスは机に向かって歩き出した。


「それ、どこにあるんだろう?」
カロルもキョロキョロと辺りを探す。

「大事そうに抱えてるわ、これかしら?」

ジュディスは白骨の船長が抱える、紅の小箱を指差した。

「おっさん、取って」

リタがレイヴンを見た。
「い、いやだっての。ったく何言い出すのよ若人は…」
「おっさん、いい歳して怖がりじゃのう」




「はい」

ジュディスは何でもないように笑って、小箱を差し出した。
ぶらりと白骨に腕が引っ付いていて、正直かなり不気味だ。


「きゃっ!ジュディス怖いわよん」
ベティは思わず後ずさりした。

「ふふっ呪われちゃうかしら」

ジュディスは楽しそうに白骨の腕をかちゃかちゃと鳴らした。
「あれ、あかないぞ」
レイヴンが一生懸命開けようとするが、箱はうんともすんとも言わない。




「あああああ、あ、あれ!」

カロルが指差す方向には、鏡。

「ん……うおっ!」

レイヴンが振り返る。
鏡の中には髑髏の騎士が立っている。

「魔物を引き寄せるようね」

ジュディスは至って冷静だ。
「来ます!」
エステルが身構えた。



するりと鏡の中から髑髏の騎士が出てきた。

「ちょ!こんなとこじゃ派手な魔術もつかえないわねん」

ベティは剣を持ち、斬りかかる。

「これってほんとに魔物?」

カロルも果敢に攻撃を加える。

「なんかしんねけど、やるしかねえ!爆砕!」

「攻撃効いてるのかどうか、わからないわな」

レイヴンのいう通りで、手応えはあまり無い。




「いくのじゃ!」

パティはキテレツな技を繰り広げる。


突然、髑髏の騎士がくるりと踵を返し、鏡の中へと戻って行った。


「逃げるのじゃ!」

パティが追いかけようとするが、鏡の中には入れない。
「別にあの化け物と白黒つけなきゃいけねえわけじゃねえだろ」
「勘弁してよもう…」
レイヴンが肩を竦めた。




ベティは紅の小箱を持ち上げると抱きかかえ、目をつむった。
(こ、これ……始祖の隷長の気配がする…なんだろ…)


「わたし…透明の刻晶をヨームゲンの街に届けてあげたいです」

「なに言い出すのよ!」
リタが声を荒げた。



「ギルドの仕事に加えていただけないでしょうか?」



エステルの言葉にベティは眉を寄せた。

「だめだよエステル。ボクらみたいちっちゃなギルドは、ひとつの仕事が終わるまで、次の仕事は受けないんだ」

カロルは諭すように言った。

「ま、ひとつひとつ確実に仕事をこなしていくことが、ギルドの信用に繋がるからなあ」

レイヴンは苦笑いした。

「あら?またその子のアテもない話で、ギルドは右往左往するのかしら?」

「ちょっと!あんた、他に言い方が!」
ジュディスの辛辣な言葉に、リタはきっと睨んだ。

「まってリタ!…ごめんなさいジュディス、でもこの人の思いを届けてあげたい、待っている人に…」

エステルは胸の前で手を組んだ。




「あなたが個人的にするのは構わないわん。そのかわり、ギルドとして、は関われない。もっとも、届ける事に意味があるかは、わからないけれどぉ」

ベティはにっこり笑って、小箱をエステルに差し出す。

「確かに、待ってるって千年前の話だからなあ…」

ユーリが言った。
「そうじゃのう、さすがに待ちくたびれるのじゃ」
「そういう意味じゃねえ」
ユーリはパティに苦笑いした。


「……」

差し出された小箱を見て、エステルは俯いてしまった。



「あたしが探す」


リタがベティの持っていた小箱を受け取った。

「リタ……」
エステルが申し訳なさそうに見る。
「あんたたちはあんたたちの仕事をすればいいわ。あたしが勝手にやるから」


「そぉ?じゃ、あたしも手伝うわねん」

ベティがいたずらっぽく笑った。

「じゃ、ボクも付き合うよ!」

カロルもはいはいと手をあげた。

「暇なら、オレも付き合ってもいいぜ」

「な!あんたらは仕事してりゃいいのよ!」

「どうせついてくるんだろ?じゃあ仕事外で手伝うのは問題ねえよ」

「ありがとうございます」

エステルは嬉しそうに笑った。


「みんな仲良しなのじゃ、リタ姐いいのう」

「あ、あたしは別に……」
「やだ、リタ顔赤いわよぉ」
ベティがそう言うと、ますます顔が赤くなった。


「若人は元気よのう……ん?発煙筒だな」

レイヴンが窓の外を見る。
「お、駆動魔導器が直ったか?」
「戻ろうか」
ユーリの言葉にカロルはほっと胸を撫で下ろした。



(ヨームゲンに透明の刻晶……ねぇ…)
ベティはうーんと首を傾げた。


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