満月と新月
ヘリオードでの夜
ヘリオードへとたどり着いたユーリ達は、街に流れる不自然な空気に気がついた。
「なんか、人が少なくなったわねん」
ベティが首を傾げる。
「ああ。移住でも始まってんのか?」
「そう言えば、あれかなぁ……」
カロルが言う。
「あら?どうしたの?」
ジュディスがカロルを見た。
「ダングレストで聞いたんだけど、街の建設の仕事がキツくて、逃げ出す人が増えてるんだって。本当か嘘か知らないけどさ」
「ふーん……そんなことが……」
ユーリはちらりとエステルを見た。
「ほっとけない」
ユーリがエステルに言った。
「え?」
「って顔してるわね」
ジュディスがにっこり笑った。
「だったらまず宿に行って作戦会議だね」
カロルが言った。
「だな。エステルのほっとけない病も出ちまったし」
「だって、ほっとけないじゃないですか」
エステルはぷくっと頬を膨らませた。
「わかってるって」
ユーリは肩を竦める。
「じゃあ、いこう!宿屋に出発〜」
カロルが宿屋に向かって歩き出した。
「かわいぃ、張り切ってるじゃぁん」
ベティがクスリと笑う。
「ユーリとギルドを作れたのが、うれしいんですね」
「別に、カロルのために作ったんじゃないけどな」
「でも無関係ってわけでもないのでしょう?あなたにとって」
ジュディスは読めない笑みで笑う。
「さぁてな。ほら、オレたちもさっさと行こうぜ」
ユーリははぐらかして、カロルの後を追った。
ベティは夕食を済ませると、1人宿を出て行った。
結界魔導器の近くに座り、昼夜絶え間なく聞こえる街の建設の音を聞く。
「なんか、やっぱり、この街変…」
ぽつりと呟いた。
「エクスキューズミー、ドンのプリンセス」
彼女に声をかけてきたのは海凶の爪のイエガーだ。
「あらぁ、イエガー、お仕事随分順調そうじゃなぁい?」
ベティは嫌味っぽく言った。
「ノンノン、まだまだミーは満足していまセン」
イエガーはフルフルと首を振った。
ゴーシュとドロワットは居ないようだ。
「何考えてんのかしらないけど、くだらない仕事受けてんじゃないわよぉ」
「おおー怖いデス。ユーがエネミーだと、ドンもエネミーデスネ」
「ドンに牙を剥くなら、あなたを始末しなくてはならないけれどぉ?」
ベティは不敵に笑う。
「ユーのようなエレクセントなレディとは戦いたくありまセン」
イエガーはそう言うと、去ってしまった。
(なんでわざわざ話しかけてきたのかしら…)
ベティは難しい顔をした。
夜遅くになっても、ベティは帰って来なかったが、先に寝るよう言われていたので、皆は床についていた。
皆が寝静まった頃、ジュディスが出て行ったことに気がつき、ユーリは後を追う。
宿屋の前の道で、夜空を見上げていたジュディスにユーリは声をかける。
「夜の散歩か?」
「故郷に似てるわ。ここの景色」
「へえ……じゃあ、キレイなとこなんだな」
「ただ高いところにあって見晴らしがいいってだけ。高いところは嫌いじゃないけれど」
「ふーん……あんな魔物に乗ってたのもだからか」
「魔物じゃないわ、彼はバウル。それに空が泳げるからというわけでもないわ。一緒だったのは彼が戦争から救ってくれたから」
「戦争?帝国とギルドのか?」
「いつだって、この世界は戦争だらけ」
「……ま、そうだな。前にエステルを襲ったの、ジュディだよな?」
「目ざといのね。狙いが誰だったかわかるなんて」
「そういう性分でね。あんとき、ベティも様子がおかしかったし、フェローってのも、エステルを狙ってた。何か関係あんのか?バウルって相棒と」
「上手く説明できそうにないわ」
「否定はしないんだな」
「嘘は得意じゃないの」
「……わかった。でも、またエステルを狙うようなら……」
「心配しないで、もうそんなことしないわ」
「本当か」
「どう言えば、信用してもらえるかしら?」
「嘘は得意じゃないんだっけ……まあ、言ってねえことがあんのは、オレもおんなじだしな……」
ユーリは宿に戻ろうとしたが、ベティが歩いてくるのが見え、足を止めた。
「お前、こんな時間までどこ行ってたんだ?」
「やっだぁ、父親みたいな事いうのねん」
ベティは肩を竦める。
「あら、ベティ、それじゃあまりにも彼がかわいそうだわ」
ジュディスはクスリと笑う。
「ベティもジュディも、隠し事が多いからな」
ユーリの言葉にベティとジュディスは顔を見合わせた。
「隠し事がある方が、女は魅力的だとおもうのだけど」
ジュディスはにっこり笑う。
「ジュディスわかってるぅ」
ベティはいたずらっぽく笑うと、宿へ入って行ったので、ユーリも追いかけた。
「おかしな人」
ジュディスがぽつりと呟く。
「お前本当に何してたんだよ」
ユーリとベティは宿の廊下を進む。
「街のことちょっと調べてたのん」
「で、なんかわかったのか?」
ベティとユーリは部屋の前で立ち止まる。
「イエガー…海凶の爪のボスに会った」
「海凶の爪?!」
ユーリは顔を顰める。
「危ねえだろ、1人で…」
「偶然だから仕方ない。それより、またアイツが関わってるなら、やっぱおかしな事になってると思うの」
「確かにそれもそうだな、でもま、明日にしようぜ。今日は寝よう」
ユーリは扉を開け、ベティを先に中に入れた。
エステルたちがすやすやと寝息を立てているのを見て、やんわり笑うと、ベティは窓際のベッドに行き、枕元のテーブルに剣と銃を置いた。
ブーツを脱いでするりとシーツに潜り込むと、ユーリもベティと同じベッドに入ってきた。
「……なんで?ベッド足りてるんだけどぉ」
ベティはユーリを睨む。
「お前を抱きしめて寝たいの、俺は」
ユーリはベティを抱き寄せる。
「朝起きた時にエステルが泣くわよん」
ベティはもぞもぞとユーリに背を向けた。
「なんでエステルなんだよ」
ユーリはベティの髪に顔を埋める。
「わかってるくせに、女泣かせな男ねぇ」
「しらねぇよ。俺に理想を抱くのは勝手だけど、それに付き合う義理はねぇだろ」
「あぁ…ユーリと旅が続けられると思ったら、この仕打ち…ユーリが誘ったのに可哀想ねぇ…」
「誘ってねぇよ、エステルが決めた事だろ」
「冷たいやつ〜」
「何とでも言えよ」
カチャリと扉が開き、ジュディスが入ってきた。
「あら、仲良しなのね」
ジュディスはいたずらっぽく笑う。
「当然だろ」
ユーリもジュディスを見てにやりと笑った。
「朝が楽しみだわ」
ジュディスもベッドに入った。
「言われてるわよん、ユーリ」
「んーお前もな」