満月と新月 | ナノ
満月と新月



迎えに行くから



ユニオンにあるベティの部屋にはついたものの、もちろんの事ながら鍵がかかっていた。

ここでカロル得意の錠前破りの出番になるかと思いきや、鍵が複雑で開けられないという。
ユーリは蹴破ろうとしたのだが、エステルに、ベティが怒りますよ、と言われ足を引っ込めた。

「ならどうすんだよ」

ユーリはため息をついた。

「ドンの部屋に合鍵くらいあるんでねえの?」

「家捜しじゃのう」
レイヴンの言葉に、パティが不敵に笑う。
「いやあ……ハリーに許可貰えばいいと思うよ……」
カロルはため息をついた。





「じーさんが死んでから、まだ誰も触ってねえよ」

ハリーはドンの書斎部屋の扉を開けて言った。

「でも、ベティの部屋の鍵なんか、誰も持ってねえと思うぜ?あの部屋を渡した時に、鍵わざわざつけたのベティだしな」

詳しい事情は話していないのだが、ユーリ達をよっぽど信用しているのか、ハリーはあっさり許可をくれた。
しかしこの1ヶ月誰もベティの姿を見ていないので、心配している、とは言っていたが。
知り合いの多い彼女の事だ、姿が見当たらなければそうなるのは当然だろう。

「まあ、探してみないとわかんないわよ。ドンあたりになら、何かあった時のために渡してるかもしんないしさ」

レイヴンはドンの机の引き出しを開けて鍵を探す。
皆もあちこち探し始める。
ハリーはその様子を見ながら扉のそばで、壁に寄りかかった。

「なあ、ベティってもしかしてユニオンから出てくのか?」

ハリーが誰ともなしに聞く。

「さあな」

ユーリは気がない返事を返した。

「ま、でも……ドンも居ないし、それも考えてるかもね」

レイヴンは戸棚を丁寧に調べていく。

「やっぱりそうだよな……もしベティがいいなら、このままでかまわないってみんなも言ってんだよ」

「それは本人に言ってあげたら?なにも黙って出て行ったりはしないと思うわよ」

ジュディスはクスリと笑った。

「あ!あったのじゃ!」

パティは本棚の引き出しから、銀色に光る鍵を取り出し、声をあげる。

「よかったです。この鍵で間違いないですかね?」

「開けてみたらわかるわよ。行きましょ」

リタはヒラリと手のひらをあげた。
 






再びベティの部屋の前に戻ってきたユーリ達。
鍵を持って、ユーリは深い深呼吸をした。

1ヶ月。

だが、もっと長い間彼女に会っていない気がした。

ユーリが鍵を開けようとしたとき、レミエルが現れた。

「中で何を見ても驚かないでね」

レミエルはクスリと笑う。
皆はそれにしっかりと頷いた。

ユーリは鍵を差し込み、回す。
カチャリと金属音がやけに廊下に響く。

「あ!開いた!」

カロルはバタバタと両手を振った。

「ユーリっ!ユーリっ!早く開けるのじゃ!」

ユーリはノブを回した。
扉はゆっくりとこちら側に開く。

不意に、隙間からキラキラと光の粒が漏れてきた。海岸で見たものと同じだ。

ユーリはあわてて扉をあける。
その光景は、驚くな、と言われても不可能なほど不可思議なものだった。

部屋の真ん中で重力に逆らって浮かんでいたのは、ベティ。

光の粒は彼女の体から溢れているようだった。
床に垂直に浮かんでいる彼女。その髪は、まるで水の中にでも居るかようにふわふわと漂っていた。
さらに驚くべきことに、彼女の足元では、光が渦を巻いている。

「あの光の先が星の記憶に繋がってるのよ」

レミエルはそう言って部屋に入った。

「誰かに見られる前に、扉を閉めたほうが……」

エステルが入ることをためらっていたユーリに言った。

「ああ……悪りぃ……」

ユーリが中に入ったので、皆も続き、最後に入ったレイヴンが扉を閉めた。
ベティは眠っているようにも見えるが、体から放たれる光が異様な雰囲気だった。

「ねえ、これ大丈夫なの?」

カロルが言った。

「徐々に体はエアルに解けていくんだけど、今のところは問題ないわね」

レミエルの言葉は、手放しで安心できるものではなかったが、今ならまだ間に合う、という事でもある。

「体が完全に精神と離れたら、ここの入り口も無くなるってわけね……」

リタはこめかみをおさえた。

「さっそく行くのじゃ!」



「………みんなはここで待っててくれねえか?」



ユーリはベティを見つめて言った。

「どうしてです!?わたしたちも行きます!」

「そうじゃ!うちは絶対に大丈夫じゃ!」

「ユーリ!また悪いクセだよ」

「まあ、危険だってわかってるしねえ」

レイヴンはどちらとも取れるような言い方をした。

「………でも、思ってる以上に誘惑は強いんじゃないかしら?」

「簡単な事なら、星の記憶が選ぶのは誰でもいいわけだしね」

「それでも、私は行くけれど」

ジュディスがにっこりと笑う。



「いや、待っててくれ。これは譲れねえ」



「賢明な判断だわ。どれだけベティを助けたいと願っていても、手強いわよ。星の記憶は」

レミエルは真剣な眼差しで皆を見た。

「それに、あなたたちの気になる事も見てしまうかもしれない。例えば……親…兄弟…」

レミエルの言葉にジュディスは一瞬眉を寄せた。

「それでたちまち混乱してしまう可能性もあるわね」

ジュディスはちらりとリタを見た。

「興味なんてないわそんなの」

「本当にそうかしら?」

リタの言葉にレミエルは困ったように笑った。

「………ごめんなさい。私はやっぱり行けません……もしお母様の事を見てしまったら、立ち止まってしまうかもしれません。それでベティを助けられなかったら……」

エステルは俯いてしまう。

「絶対はありえない。少しでも揺らぐような事があるなら、行くべきではないの。誰かが犠牲になったと知ったら、ベティは自分を責めるわ。それじゃあんまりでしょ?」

「レミエルは精霊らしくないのう、でもわかるぞ!うちもベティ姐が大好きじゃからの!」

パティがレミエルに笑いかけたので、彼女もクスリと笑った。



「みんな、本当に待っててくれ。頼む」



ユーリは皆を見つめる。
その瞳は、何時の間にかいつものユーリに戻っていて、信じるには充分だった。

「まあ、青年は?最近ずっと落ち込んでたみたいだし?そろそろカッコつけさせてやんないとねえ」

レイヴンはやれやれと両手をあげて、肩を竦めて見せた。

「そうね、あたしに丸投げで、ただ腐ってたわけだし」

リタは意地悪な笑みを浮かべた。

「あとでユーリがどんなだったか、ベティに教えてあげないと」

カロルも珍しくいたずらっぽく笑った。

「それじゃ、お願いね。ユーリ」

「うちはユーリ目を付けた時から信じておるぞ〜」

「はい、ユーリなら心配ないです!」

「ワンワンッ!」

「好きに言ってろよ」
ユーリも肩を竦めて笑った。



「それじゃ、ユーリ。しっかりね」

レミエルはユーリに笑いかけた。

「ああ、レミエル、ありがとうな」

「こちらこそ……ありがとう」

レミエルは嬉しそうに笑う。
精霊らしくない、本当にそうだと思う。
始祖の隷長から精霊に転生して、長く過ごしてきた。

レミエルはもともと人間が嫌いだった。

悪戯に世界の調和を乱すのはいつも人、精霊になってからもその考えは
変わらなかった。
それどころか、世界の様々な理を知って、さらにその想いは強くなっていった。

それを変えたのはベティだ。

彼女が星の魂となることは知っていた。
それを知らせることは許されないし、防ぐ事も許されない。

今回のことも結構際どいんだけど、と思い、レミエルは笑った。



「じゃあ頼むぜ、レミエル」

ユーリは光の渦へと足を踏み入れた。

「ええ」


ユーリはベティの頬を撫でる。



「待っててくれよな。また迎えにいくからよ」



ユーリとレミエルは光の渦へと消えた。


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