満月と新月 | ナノ
満月と新月



空白



デュークは何も言わずに、立ち去ろうとする。


「まって!星の記憶にはどうやって行けばいいの!?あんた!行ったことあるんでしょ!?」


リタの声にデュークはぴたりと立ち止まった。




「フェローの綻びはそこに繋がっている……しかしそれももう消え去っているだろう」



デュークはそう言って、再び歩き出した。

パティとエステルは何も言わずに泣いているし、カロルはベティが居ないか辺りを見回していた。
レイヴンとジュディスは、悲しげにユーリ見つめる。





ユーリはこちらを見ずに、ベティの剣を拾い上げた。
ラピードは伺うようにユーリに擦り寄る。







「……あいつの剣……こんな軽かったんだな……」






ユーリは剣を空に掲げる。







「何も……してやれなかったよ……オレは……」








ユーリの頬を伝った涙は、ラピードだけが知っていた。













「これでよし……おーい!梯子降ろしてくれ」

ユーリが井戸の中から叫んだ。

ここは下町の広場。
水道魔導器のあった場所に、井戸を整えるための作業が終わった所だ。

「ユーリ!助かったよ!これで飲み水は安泰だ」

梯子を上がってきたユーリに、下町の男が声をかける。

もともと下町で魔導器と言えばここだけだったので、皆の生活はそれほど変化があったわけではない。
今のところ魔物が攻めてきたという事もないし、下町は相変わらずだ。


「おう、オレも水がねえと困るからな」


ユーリは素っ気なく返す。

「酒あるんだ!飲みにこいよ!」

男は明るくそう言ったが、ユーリはやめとくわ、と言って箒星に戻って行った。

「……どうしちまったのかね、ユーリのやつ」

男はユーリの後姿を見つめて呟いた。

「戻ってからずっとああなんだ。気持ち悪いよ」

テッドがため息混じりに言った。

「フレンはしっかりやっとるというのに、まったくどうしたもんかの」

ハンクスが困ったように言った。





ユーリは箒星二階の自室に入ると、ベッドに寝転んだ。

ラピードは出かけているようだ。

天井を見つめて、深いため息をつく。


海岸での出来事から一週間。
あれから皆がどうしているのかも知らない。

バウルに帝都で降ろしてもらってから、エステル達はフレンの所に行く、と言っていたし、ヨーデル達に報告は行っているだろうが、ユーリはそんなことはどうでも良かった。


無気力極まりない時間が過ぎて、やっと一週間。

一日一日が嫌に長く感じる。


ましてや夜は、いままでどうやって眠っていたのかもわからないくらいで、1人でベッドに入っている事ができない。

いつもベティが隣に居たから。





「会いてえな……」





ユーリは視線だけを、テーブルに置いたベティの剣に向けた。
鞘もないので、抜き身のまま置いてある。

またユーリは大きくため息をついて、目を閉じた。






「ユーリ!ユーリ!」



遠くで声がする。


「こら!起きなさいよおー!」


ユーリはうっすらと目を開けた。

視界いっぱいに広がったのはベティの怒った顔と、綺麗な金色。

「やっと起きたぁ!」

ベティはむっとした顔でこちらを覗き込む。

「………ベティ?お前戻ってきたのか?」

「はあ?寝ぼけてんのぉ?早く用意してよねん。カロル達が待ちくたびれてるわよん」

ベティはくるりとユーリのそばから離れていく。

「おい!待てっ!」

ユーリは起き上がって彼女を追いかける。

「もぉみんな朝ごはん食べちゃったわよん」

ベティの背中が遠ざかる。



「ちょっと待てって!ベティ!」



ユーリは走って追いかけるのだが、一向に追いつかないばかりか、どんどん彼女の後ろ姿は小さくなっていく。



「ベティ!ベティ!」



ユーリは叫ぶが、彼女の姿は光の中に消えて行った。






ドサッ




ユーリは痛みに目を開けた。
そこには見慣れた天井が広がっていて、西陽が部屋を照らしている。

ユーリはゆっくりと起き上がった。
どうやらベッドから落ちたようだ。

「………ベタな夢見ちまった」

ユーリはくしゃりと左手で頭を抱えた。








ーーー1週間前

「そうですか………事情はわかりました」

ヨーデルは俯いてそう言った。

ここはヨーデルの私室。

フレン、エステル、カロル、リタ、ジュディス、レイヴン、パティが居る。


「でも、まだ戻れる可能性はあるかもしれない。だから………それまであたしは諦めない」

リタは力強くそう言った。

フレンは何も言わずに、眉を寄せている。

「はい、ありがたいです……私も何かわかることがあればお知らせします……どうか、よろしくお願いします……」

ヨーデルの言葉に、皆は何も言わずにいた。

「………ユーリのところに行ってくる」

フレンは怒った顔でそう言って、部屋を出ようとした。
が、エステルが扉の前に立ちふさがり、それを拒む。



「だめです!ユーリはまだ気持ちの整理がついてません!ユーリだって悔しいんです!あの後だって……あんなに……」



エステルはぐっと涙を堪えた。

「……エステリーゼ様」

フレンは困ったように眉を寄せる。

「まあ、こっちも任せてなんて言っといてこのザマなんだわ……そんでも、青年も足掻いてたし、ちょっとそっとしといてやってよ」

レイヴンが諭すようにそう言うと、フレンは拳を握りしめて俯いた。

「これ以上、私達にできることはないわね」

「悔しいがそのようじゃ……リタ姐、できることがあったら教えてくれんかの?」

「わかってるけど、あたしも手詰まり………とにかくヒントが無いか探してみるから、もう少し待ってくれない?」

リタの言葉には、悔しさがにじみ出ていた。

「……ボクたちはそれぞれやれる事をやろうよ!ベティだってその方が喜ぶよ!ほら!ユーリの時だってそうだったし!」

カロルは自分も励ますようにそう言った。

「そうですよね……」

エステルは力なく笑った。


ユーリの時とは明らかに状況が違う。
それでも、そうするしかなかった。


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