嘘でも言えない | ナノ


嘘でも言えない



春歌と喧嘩した。

付き合って数ヶ月、覚悟はしていたけど起こった事実は仕方がない。
内容は曲の事。おれも春歌も音楽バカで今回の事は互いにどうしても譲れない部分だった。
あいつはいつもビクビクしている癖に曲の事となると人が変わったみたいになる。そういう所も気にいってるんだが、まさかあんなに喧嘩になるなんて思ってもみなかった。

(蘭丸さんなんて……蘭丸さんなんて……!!)

泣きそうになりながら、その言葉だけ残して春歌は部屋を飛び出した。
少しすれば落ち着くだろうと思って部屋でずっと待っていたが春歌は帰ってこない。時計の針が一周、二周、三周しても春歌が帰ってくる気配はなかった。
夏で陽が沈むのは遅いとは言え時間は既に六時過ぎだ。
扉と時計に視線を交互に移して春歌の帰りを待っても扉が開く音も携帯が鳴る音も聴こえない。ただ時計の針がカチカチと鳴る音が響く。

「あ゛―――――、くそっ」

時計が七時を指した時、おれは耐えきれずに変装用の眼鏡と帽子を掴んで外に出た。










目深に被った帽子と黒縁フレームの眼鏡を掛けて簡単な変装を歩きながらし、春歌を探す。春歌の行く所は大体想像がつく。数時間も帰ってないと言う事は何処か決まった場所にいるだろう。おれはとりあえずキッチンパセリへ行こうと脚を進めた。
流石に七時ともなれば人の姿も疎らだ。少なくともガキどもはいない。夏休みに入っているせいか、春歌と同い年位の奴らが時折歩いているのを見かけるがおれはわき目も振らずに脚を進めた時だった。

「……めて、くださっ」

ほんの少しだけ聴こえた声。掠れて悲鳴にも近いその声は間違えるはずもなかった。声の聴こえた方向へと脚を向ける。入り組んだ路地裏だったが、ここら辺の道は頭で覚えているから迷う事はない。今度こそわき目も振らずに脚を進めて行く。

「おねがっ……離してっ」
「いいじゃん、おねーさんさっきから一人で泣いちゃって。彼氏にでも振られちゃったんでしょ? 俺たちと遊ぼ」
「ちっ、違います、やだっ……」

予想通りに春歌がいた。(予想以外の奴らもいたが)
数人の男は春歌を囲んでどこかへ連れて行こうとしているのか春歌の腕を引っ張っている。春歌の目尻には涙が溜まっていて、男どもの台詞が本当ならそれはおれのせいだと思いながらも、目の前にいる奴らが春歌に触れている事に苛立ちが募り、自分の立場だとか考える前に身体が動いていた。

「おい」
「んあっ、なんだ、よ……」

思いっきりドスをきかせた声で言うと男が振り向く。明らかに不機嫌なおれの顔と背丈を見て顔が青ざめていた。(相手は嶺二くらいの身長だと思う)
春歌はおれの顔を見て、ほんの少しだけ顔を晴らしていたが、それでも目尻に溜まった涙は拭えていない。

「人の女に何してやがる、さっさとどっか行きやがれ」
「なっ……お、覚えてやがれ」

おれがそう言っただけなのに男どもは全員蜘蛛の子を散らす勢いで去って行ってしまった。どうやら口だけの野郎だった様で安心する。別に殴ってもいい位だけど、そんな事したら春歌が泣くっていうのは分かっていたから止めておいただけだ。
いなくなった男どもを確認しておれは春歌へと近寄る。
「こんな所にいるな」って言いたかったが、そもそも春歌が飛び出した原因はおれにもあり、春歌にきつく言える立場ではない。何て言えばいいのか分からずおれがほんの少し困った顔をすると、春歌はぼろぼろと涙を零しながらおれに抱きついた。

「うおっ……」
「らっ、蘭丸、さん……こ、怖かった、です……」
「遅くなって悪かったな」

おれが言って優しく頭を撫でてやると、首をぶるぶると横に振る。「自分が勝手にいなくなったのがいけない」と何度も言いながら泣く春歌を宥めようと優しく抱きしめつむじに何度もキスをしてやると、ひくひくと泣く春歌が段々落ち着いたのかいつの間にか泣き声は収まっていた。
落ち着いた事を確認したおれは春歌の腕を引き「帰るぞ」と一言、春歌は笑って頷いてくれた。

「ごめんなさい……」
「さっきのなら別に」
「いえ、それもあるんですが……喧嘩の事です」
「あー……それは、おれも言いすぎた。ごめん」

先程まで喧嘩をしていたのが嘘の様にあっさりと謝罪の言葉が出た。喧嘩の原因を忘れた訳じゃない。それでも時間がたって落ち着いたせいもあってか、言えなかった言葉はあっさりと出る。

「蘭丸さんに言われた所も考えてみたのですが……その、二人の意見を取り入れてみたら、すごく良くなりまして……早くお見せしたいです」
「そっか、そりゃ楽しみだな」

春歌も泣き顔はどこにも泣く、もう笑顔しか見えない。嬉しそうに音楽の事を話す春歌を見ておれの中に暖かい何かが溢れ出てくる。
帰り道の最中なのにすげぇ抱きしめたくなった。だけど春歌を見ればそんなおれの気持には気付いていないようで、こてんと首を傾げておれの気持に更に拍車が掛かる。何か別の話をしようとおれは春歌から視線を逸らした。

「そういえばおまえ、部屋出る前なんて言おうとしたんだ」
「え?」
「ほら『蘭丸さんなんて……』って言ってただろ。あれの続き」
「そっ、それは……」

先程の笑顔から一変し、顔を真っ赤に染めて春歌が俯いて脚が止まる。何かまずい事を聞いたのかと心配になり、おれも脚を止める。春歌の腕に回した手に思わず力を込めてしまった。

「その……本当は『蘭丸さんなんて、きらい』って言うつもりだったんですけど……喧嘩しても蘭丸さんの事、きらいになれなくて……その『大好き』って言っちゃいそうで恥ずかしかったんです」
「っ!!」

春歌の可愛らしすぎる発言におれは我慢出来なくなって春歌を抱きしめてしまった。春歌は「ふえっ」と間抜けな声を出していたが、そんな声ですら可愛らしくて仕方がない。

「らっ、蘭丸さん!ここ、道……」
「分かってる。だけど、おまえ可愛すぎ」
「だめです、人に見られちゃいます……お家に着いたら、ぎゅってしてください」
「だから、そういうのが……っ」

おれは春歌を抱きしめる腕をの力を更に強める。
あぁ、もう本当にこいつはどうしてこんなに可愛いんだ。
結局、おれの気が済むまで腕を離す事無く春歌を抱きしめ続けた。
これから喧嘩もするし、また泣かすかもしれないけど、おれも春歌も互いを嫌いだなんて一生言えないんだろう。
春歌の小さな手がおれの背中に回された時、おれは確信をして一生離さないと言わんばかりに春歌をぎゅっと更に強く抱きしめた。










蘭丸がASで「これから喧嘩もたくさんするし、泣かせるし〜」の件があったのを思い出して、蘭春が喧嘩したらどうなるんだろうと妄想の結果、ただのバカップル\(^o^)/
当分はバカップル蘭春書きたいと思います。



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