蘭春サンプル | ナノ




「イイ子で待ってろよ」
 最後に彼と直接交わした言葉は、まるで留守番をお願いする父親みたいな言葉だったと春歌は思い出していた。ベッドの上で本日何度目かの寝がえりを打つ。部屋の主人がいないベッドは、やけに広く寝がえりを打ちながらも彼のスペースは空けたままだ。掌でなぞっても温もりは感じられず、いかに彼が長い間いないのかが肌を通じて分かり寂しさが倍増されていく。
 一ヶ月前、蘭丸はライブツアーの為にこの部屋を後にした。ツアーが決まったと伝えられた時、春歌はお祝いしましょうと喜んだと同時に蘭丸とその間会えない事に寂しさも覚えたのだが、自分の寂しいと言う想いを知られては迷惑になると思い精一杯の笑顔で祝福したのだ。蘭丸も春歌の祝福を快く受け取ったが、出掛ける前に春歌の気持ちを察したのか「毎日連絡する」と言って抱きしめてくれた体温や優しくキスをしてくれた唇の温もりを春歌は忘れる事が出来なかった。
 蘭丸は春歌に言った通り毎日メールも電話も欠かさず行ってくれたが蘭丸もライブで疲れているはずだ。春歌が毎日はイイですと伝えようものなら「おれがおまえの声聴きたいんだよ」と電話越しでも甘く低い声で囁かれれば断れるはずもなかった。毎日蘭丸の声が聴けて嬉しくもあったが、声が聴こえれば会いたくなってしまう。電話の最中に何度「会いたい」と口に出しそうになってしまったり、メールを書いては消してしまったりする行為を繰り返しただろうと回数を数えたが途中で止めたのは数えれば数える程、会いたい想いが蓄積されていくからだ。
(蘭丸さん、会いたいです……)
 顔を見たい。抱きしめてもらいたい。キスをしたい。普段の春歌なら想っていても行動に出来ない程の欲望が溢れ、本日何度目になるか分からないため息をついた。空白の時間が続けば続く程、蘭丸への想いが蓄積されていく。空白の時間を埋める為に気分転換をしようと、のそりと重い身体を起こす。
普段なら蘭丸が集めたCDやレコードを聴く事が多いが、今聴いてしまえば更に彼を思い出してしまうだろうと、ベッド前にある小さなテレビのスイッチを入れる。蘭丸が一人暮らしをしている時にはテレビは置いてなかったが、春歌との同棲を機に小さなテレビとDVDプレーヤーを購入したのだ。春歌が寂しくない様にと言う意味もあったが、何より春歌がアイドルとして輝く蘭丸が好きだと言う事を知っており、その姿を見てもらいたいからと言う思惑もあった。蘭春は春歌にその意図を告げてはいなかったのだが、購入した際に「これで家でも蘭丸さんの番組を見れますね」と嬉しそうに話し、蘭丸に抱きしめられたのは記憶に新しい思い出だ。
 ぱっと明るく映し出されたテレビのチャンネルは変えずに再びベッドに身体を乗せる。空白の時間を埋める為に蘭丸を思い出さない為に付けたのだから番組は何でも良かった。この時間帯に蘭丸が出演している番組は無い事も春歌は分かっていたのだが、画面に視線を移した瞬間、春歌は「ふぇっ」と間抜けな声を出してしまった。


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