嶺春サンプル | ナノ




勝手知ったるマンションの扉に鍵を差し込み解錠すると部屋の明かりは点いておらず、玄関横のスイッチを押し部屋の明かりをともす。しんと静まり返った部屋に「おじゃまします」と声を掛けるが返事は返ってこない。部屋の主から鍵をもらったのだから、それもそのはずかと思いながらも、やはり人の家に上がるのだから不在であっても言わなくては、と思いながら靴を脱ぎ部屋へと足を踏み入れる。
 リビングの明かりを点けると朝の支度のままなのか、脱ぎ捨てられたパジャマが散乱しており、持っていた大きなビニール袋と鞄を机の上に置きパジャマを洗濯かごへと入れる。持った時に彼の香りを感じ、思わずドキリとしてしまった。
 昨日、春歌は嶺二から部屋の鍵を預かったのだ。預かった、と言うよりは握りしめさせられたと言う表現が正しいのかもしれない。嶺二の仕事の都合でテレビ局の楽屋で打ち合わせをして無事に終え、帰ろうと楽屋に扉に手を掛けた瞬間、嶺二に突然抱きしめられ「明日、大丈夫?」と艶を含んだ声で囁かれた。突然の行動にパニックになりながらも、首を何度も縦に振ると掌に鍵を握らされて「じゃ、部屋で待ってて」と耳朶に軽いキスをされたのだ。思い出すだけで恥ずかしくなる行為だったが嶺二との触れ合いは嫌いではない。むしろ好きであり最近は互いの仕事が忙しくなかなか触れ合いがなかった事もあり、ほんの少しの触れ合いだけでも春歌は嬉しかった。
 机の上に置いたビニール袋をキッチンへと持っていき中身を取り出す。人参に玉ねぎにじゃがいもに鳥肉にカレールウ。前に嶺二が後輩である音也と「家に帰った時に可愛い彼女が料理作って待っててくれたら幸せだな〜」と恋愛トークで盛り上がっていたのを楽屋の扉越しに聞こえていたのを春歌は覚えていたのだ。嶺二の帰宅予定も丁度夕飯時であり、せっかくだからと用意しておこうと決めており、嶺二の喜ぶ姿を想像するだけで幸せな気持ちになる。
 だがまだ夕食を作るのには早すぎる時間帯であり、食材を冷蔵庫に仕舞い込んでふうとため息を吐く。待っている間に何かしようかとも考え再びリビングへ向かうが、部屋は先程脱ぎ捨てられたパジャマ以外に特に乱れている所はない。人の家なのだから勝手に掃除をするのも気が引ける。恋人同士とは言え見られたくないモノの一つや二つはあるはずだ。春歌も見られたくないモノ(主に内緒で集めた嶺二のCDやポスターなど)があり、もし嶺二見られたら恥ずかしくて死んでしまうと思える程だ。
 下手に物に触るなら自分の事をしようと思い、鞄の中から五線譜を取り出しソファの上に腰掛けると、何か硬い物を踏んだ感触がした。
「あっ、いやぁ……っ、あぁん!」
 突如聴こえた時間帯に似合わぬ艶めかしい声に春歌は身体をびくりと震わせる。何事と思い声の方へ視線を向けるとテレビの大画面で激しく絡み合う男女の姿があった。


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