サンプル1 | ナノ



サンプル1(冒頭)

「黒崎先輩、お疲れ様です」
番組収録後の楽屋で寛いでいた蘭丸の元へ来たのは後輩の聖川真斗だ。 蘭丸を見るなり四十五度に背を傾けお辞儀をするが、何もそこまで馬鹿丁寧にやらなくてもいいんじゃねえか、と思える位の美しさは蘭丸を別の意味で感心させる。
「やあ、ランちゃん。 お疲れ」
 真斗の背後から無駄に開いた胸元と色気を出しながら挨拶をしに来たのは、蘭丸のもう一人の後輩である神宮司レンだ。 お辞儀もせず変わりにウィンクをしながら挨拶をする姿は真斗とは対照的な後輩だ。
 蘭丸は以前、こいつらは足して二で割れば丁度イイのでは、と思った事もある位だが、実際に二人がそうなったら気持ち悪いと想像した事を思い出した。
 蘭丸にとっては手の掛かる二人ではあったが、嫌いな後輩ではない。 最初は面倒臭いと思っていたが、色々迷惑も掛け二人に感謝しなくてはいけない事も多々あったからだ。
「んだよ。 今日はお前らゲストでもねえだろ」
「はい。 本日は別番組の収録がありまして…それと黒崎さんに渡したい物がありまして」
「渡したいもの?」
 蘭丸が面倒臭そうに眉間に皺を寄せ、机の上に乗っていたペットボトルの炭酸飲料を一口含んだ後、真斗を睨むが真斗は臆する事なく蘭丸の前に一歩踏み出し白い封筒を差し出した。
 宛先も書かれていない白の封筒を不審にも思ったが、仕事関係の物かもしれないと素直に受け取る。 ペットボトルを机に置き封筒の中身を取り出すと、そこには明らかに手書きの文字で書かれていた二枚の券の様な物があった。
「一泊二日温泉旅行ご招待……?」
「はい。 我が聖川財閥が経営する旅館がありまして、黒崎さんの歌謡祭祝いにご招待したいと思いまして…」
「つーかおまえらからは、パセリでメシ奢ってもらっただろ。 二回も祝いはいらねえよ」
 封筒に券をしまい真斗に券を付き返そうと差し出すが、真斗は封筒を受け取る事はせず、蘭丸の手から離れた封筒は空を舞ったかと思えば床を滑るようにしてレンの足元へと辿り着く。
ため息を吐いたレンは封筒を手に取り、怪しい笑みを浮かべ蘭丸の元へと近付く。 いつもと変わらないレンのはずだが、何を考えているか分からないレンの表情は不気味にすら思えたが臆することなくレンを睨み続ける。
「分かってないなあ、ランちゃんは。 どうして券が二枚もあるのに気付かないの?」
「あぁ?」
「オレたちはランちゃんとレディ…ランちゃんの愛しいステディ二人を招待しているのさ」
「んなっ……」
 全てを理解出来たのか蘭丸の顔は一瞬で真っ赤に染まる。 先日蘭丸に出来たパートナーでもあり、恋人でもある七海春歌。 迷惑を掛けて泣かせて、それでも蘭丸を信じていてくれたパートナーだったが、歌謡祭後に紆余曲折を経て恋人になる事が出来たのは、目の前にいる後輩二人のおかげでもあったりする。
 二人のおかげで恋人同士になったのだから、二人が恋人である事実を隠さない発言は三人しか無い楽屋では問題ないが、真斗の発言と組み合わせると問題だらけだ。
 恋人である二人が一泊二日での旅行、つまり一夜を共にする、となれば蘭丸の脳内にはめくるめくピンク色の妄想が一瞬にして繰り広げられ思わず頬の筋肉が緩みそうになってしまうが、後輩二人の手前だらしない顔を見せるわけにはいかないと、妄想を振り払うかの様に少しだけ首を横に振る。
「何言ってんだ、てめえら。 大体あいつがイイって言うわけがねえだろ」
「七海には既に伝えて了承を頂いておりますが……」
「……は?」
「いやあ、伝えたら『黒崎先輩と行けるなんて楽しみです』なんて言ってにこにこ笑ってたよ」
 へらへらと笑うレンに嘘ではないかと疑いの眼差しを向けるが、真斗も真面目な顔をしている事から嘘ではないのかと確信する。 嬉しい知らせではあるのだが、何も考えておらず返事したとなると、蘭丸にとっては別の意味で頭が痛い問題だ。
「ランちゃん、レディとはまだ?」
「何がだ」
「いや、何ってセッ……」
「それ以上言うな!」
 レンの言葉を遮るようにして蘭丸の声が部屋中に響く。 真斗は意味が分かっていない様で突然の蘭丸が声を荒げた事に驚き、レンはにやにやとした笑みを浮かべていた。
蘭丸と春歌はいわゆる恋人同士の営み――有り体に言えばセックスをしていない。


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