アレキサンダーは見た | ナノ


アレキサンダーは見た



春歌は見てしまった。
どこかのテレビドラマで聞いた様な煽り文句の様だが事実は覆す事は出来ない。
借りていた資料を事務所に返す為に資料室により、また別の資料を借りようと本を手に取ろうとした時に、本棚から大量の資料が落ちてしまった。 慌てて資料を戻そうとした時に、ページとは明らかに異なる手のひらサイズ程の長方形の紙が散乱する資料の間に落ちていた。 春歌はこの小さな紙を不思議に思い手に取り裏返した紙を見て身体が固まってしまい、散乱した本を片付けるのも忘れ春歌は暫く紙に見入ってしまっていた。

「何やってんだ? 七海」
「わわっ、ひ、日向先生」

後ろから聞こえた声に振り向くと、恩師でありアイドルでもあり事務所の取締役も兼ねている日向龍也が立っていた。 何かを真剣に見ている春歌に長いコンパスを折りたたみ、春歌の肩越しに覗き込むように見ると、一瞬驚いた顔をしたがその顔は段々と笑顔に変わっていった。

「でけえ音がしたから何かと思えば…つか懐かしいもんが出て来たな」
「あ、あの…これは…」
「うちに入った時のやつかな。 もうないと思ってたんだが…」
「そ、そうなんですか…」
「ああ。 ってか酷いな、こりゃ」

龍也の一言に春歌は現状を思い出した。 春歌の周囲には先程散乱した資料がそのままの状態になっており、ページが折れてしまっているものもある。 春歌は龍也に何度も謝りながら、本を二人で片付け数分後には元の状態に戻した。

「うっし、次は気をつけろよ。 んじゃ俺は仕事に戻るか」
「本当に申し訳ございません。 それにこれも…」

頭を深く下げながら、春歌は手に持ったままだった紙を龍也に差し出す。 龍也は二、三度目を瞬きさせたかと思えば、にやりと笑って春歌の頭に大きな掌を置いた。

「やるよ」
「え、えぇっ!? いいんですか? だってこれ…」
「あぁ、うちとしてはもう売る予定もないものだからな。 大切にしろよ、プレミアもんだからな」

軽く頭をぽんと叩き、龍也は春歌に背を向ける。
春歌は嬉しさで頭が一杯になりながらも龍也の背に向けて、ありがとうございます、と今までにした事がない程、深く深く頭を下げ龍也を見送った。







カミュの自宅の居間でアレキサンダーの美しい毛並みを撫でながら、春歌は先程龍也から貰った紙をずっと眺めていた。
頬を桃色に染め、ほうと本日何度目になるか分からない感嘆のため息を吐いていた。 春歌の行動に疑問を感じたのか、アレキサンダーが春歌の持っている紙を覗くように見ると、アレキサンダーも嬉しそうに、わんと一吠えし大きな尻尾を左右に振る。

「ふふ。 アレキサンダーは懐かしい?」
「わん」
「そうだよね。 わたしは初めて見たんだけど…はあ」

見れば見る程、春歌のため息が止まる事はなく、むしろどんどん加速していく。 たった一枚の紙でこんなに幸せになれるなんて今までにあっただろうかと思える程の幸福感に満たされていくのが分かる。
いつまでもこの幸せな時間に浸っていたいと思える程だったが、突如一階の扉が開閉する音が聞こえ、春歌はワンピースのポケットに紙を入れアレキサンダーと共に一階へと降りていく。

「カミュ先輩、おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」

主人の帰りにわんと嬉しそうに吠えたアレキサンダーの柔らかな毛並みを一撫でし、側に駆け寄った春歌の額に軽いキスをする。
くすぐったさに身じろぎしながらも、カミュの手に持っている鞄を受け取り、二人と一匹で三階の居間まで上る。
カミュは居間のソファに腰掛け、春歌はカミュの鞄を部屋に持っていきカミュの為に早くお茶を入れようと急ぎ足で階段を上ろうとした時だった。
カミュは春歌のワンピースのポケットから何か紙が一枚落ちたのに気付き、ソファから身を起こし紙を手に取った。

「春歌。 何か落ちたぞ……これは」
「あっ!! それは…」

春歌が階段を下り、手を伸ばして止めようとした時には既に遅くカミュは落ちた紙を見てしまっていた。 紙の正体に気付くと見る見るうちに眉間の皺が深くなり、春歌は恥ずかしさやら申し訳なさやらで身体が熱くなるのを感じたが、背中は冷や汗が出るのでは無いと言う位に震えてしまっていた。

「おい。 何だ、これは」
「それは…ですね、あの…事務所の資料室で偶然見つけてしまいまして…それを日向先生に頂きまして…」
「なるほど。 随分懐かしいものがまだ残っていたのだな」

春歌に見せつけた紙に映っていたのは、今よりもほんの少しだけ幼い容姿をし今と異なる短い髪を持つカミュだった。 今と変わらない営業用の優雅な微笑みを見せるそれはシャイニング事務所に入った時に撮影したばかりのブロマイドだとカミュは説明してくれた。
何故そんな物が資料室に入っていたのかは流石にカミュも知らなかった様だが、はあ、と溜め息を吐いたと思えばジャケットの内ポケットに写真をしまい込んだ。

「あぁっ!! どうして…」
「こんなもの必要ないだろう」
「必要…、必要無いじゃ無くて…欲しいんです」
「…目の前の俺より写真の方がいいのか?」

春歌の顎に手を掛け、まるでキスをする時の様にアイスブルーの瞳で見つめられる。 カミュの突然の行動に手に持っていた鞄を落としてしまい春歌は顔を赤に染めながらも、ここで流されてしまってはあの写真は二度と手に入らないと結論に達し、唇を一旦噛みしめカミュから視線を逸らさず見つめた。

「そうじゃないです。 その、す…好きな人の事は…全部知りたいと言いますか…カミュ先輩の事務所に入りたてのお写真とか、その…見た事無くて、すごくすごく素敵だなって思って…だから欲しくて…」

言っている内に恥ずかしさで何を言っているのか分からなくなってしまい、視線が空を彷徨う。 本当なら今すぐにでも俯きたい位に恥ずかしいが、カミュの手が許さないと言わんばかりに、強い力でカミュに向かせられ続けている。
カミュは春歌の言葉に意味が分からないと言わんばかりに眉間に皺を寄せていたが、春歌の言葉を自分の中で噛み砕いたのだろうか、何かを思いついたかの様に口端をくっと上げた。

「なるほど。 そういう事なら返してやらんでもないな」
「ほっ、本当ですか?」
「あぁ。 ただし条件がある」

カミュの出した「条件」と言う言葉に春歌は喉を詰まらせる。
恋人同士になったとは言え、そこまで無茶な条件は出されないと思うが、恋人同士になったからこそ別の無茶な条件を出されるのではないかと思っていると、カミュの手が顎から春歌の細い腰に移り、壊れ物を抱きしめるかの様に優しく包みこむ。

「今度お前の子供の頃の写真を見せろ」
「わっ、わたしのですか? でも…そんなに面白くないですよ」
「好きな人の事は全部知りたい…のだろう」

意地悪く笑っていたかと思えば、春歌しか知らない柔和な笑顔を見せ唇に触れるだけの口づけをする。
惚けていた春歌がその事実に気付いた際には余りの恥ずかしさに、カミュの胸に顔を埋め小声で、はいと呟き、カミュにも分からない様に服の上からそっと胸にキスをした。
その事実に気付いていないカミュは胸に埋まったままの春歌の柔らかな髪をさらりと撫でると春歌の髪に顔を埋め、春歌にも分からない様に優しく口づけをした。
ただその事実を二人の足元であくびをしていたアレキサンダーだけが知っていた。








後日、春歌が持ってきた分厚いアルバムの中身を見たカミュは暫く惚けていたが、約束通り春歌はカミュの写真を取り戻した。
春歌のアルバムから写真が複数枚無くなっている事に気付いたのは更に後の話だった。






とりあえず公式は短髪カミュのスチルを公開すべきだと思う。


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