ブラックアウト | ナノ



「たっだいまー。 まだ0時じゃないけど、嶺二君のご帰宅でーっす」

静寂な夜に似つかわしくない明るい声に春歌は作曲途中の譜面を残し、玄関へと向かう。
いつも明るい恋人の嶺二だが、今日はいつにも増して明るくご機嫌な声だ。
その原因は玄関にいる嶺二の様子を見て、すぐに理解をした。
赤く染まった頬に、身体から鼻腔を擽るアルコールの匂い。

「寿先輩。 酔ってますね」
「うん。 もうね、べろんべろん」
「酔ってる事は認めるんですね」
「だってー取り繕っても仕方ないじゃん」

酒は飲んでも飲まれるなが信条の嶺二だが、話を聞くと今日は蘭丸と藍とカミュの4人で飲んでおり、非常に楽しかったらしい。 気心知れた仲間だからか、いつもより羽目を外してしまい、ピッチが進んでしまったと笑いながら話す。
寿が楽しそうなら良いと思ったが、明日も仕事のはずだ。 明日が仕事でなければ良いと言うことではないが、アイドルは身体が資本だ。 酒は飲みすぎなければ百薬の長と呼ばれるが、逆を言えば飲みすぎは身体に毒だ。 全く飲むなとまでは言わないが、程ほどにして欲しいと春歌は心配なのだ。

「明日も仕事なんですから、早く寝ましょう」
「一緒に?」
「一緒に…は、今日は流石に無理ですが…。 と、とにかく寒いですから入ってください」
「はーいはーいっと」

靴を脱ぎ、嶺二を部屋に招き入れる。 その足取りはしっかりしており、酔っているとは思えない動作だ。 だが嶺二からアルコール臭がするのは紛れもない事実であり、明日は二日酔いに効くと言うシジミの味噌汁を朝食出そうと、春歌は心に決めたのだった。
嶺二は部屋の中央に鎮座しているソファに腰掛け、ソファの背にもたれかかる。
酒と疲れで眠たさが最高潮にまで達する。 そのまま眠りそうになった嶺二の前に小さなコップが置かれる。
眠たい目をこすり、コップの中身をみると、透明に近いがやや黄色掛かった液体が入っている。

「これは?」
「グレープフルーツジュースです。 二日酔いに効くらしいので、念の為に買っておいたのですが、役に立つ日が来てよかったです」

嶺二の隣に腰掛けた春歌の言葉に嶺二は胸がキュンとなった。 今の発言内容からすると嶺二の為にわざわざ買っておいてくれたと言う事なのだから、いかに自分が恋人から愛されているのかを知り、愛しさが込み上げてくる。

「あぁ、もう可愛いな。 春歌ちゃんだーい好き」
「きゃっ。 あの…早く飲んで寝ましょう」
「ん。 そーだね、今日は大人しく従っておくよ」

思わず抱きしめてしまうが、春歌に窘められ身体を離す。 先程から春歌が言っている様に明日は仕事であり、ここで春歌にずっとくっ付いてしまっていては、二日酔いが来て仕事に支障を来たすのは目に見えている。
目の前に置かれたジュースを一気に飲み干し口を拭う。
酸味が強いジュースが口の中で広がり、少しだけだが酔いが覚めた様な気がした。

「それじゃぁ寝ましょう。 階段上れますか?」
「うーん…ちょっと危ないかも」
「じゃぁ、支えてますから、ゆっくり上りましょう」

春歌に促され二人は階段へと向かう。 足取りがしっかりしているとは言え、酔っている身であり、もしかしたら踏み外してしまう可能性もある。 酔って階段を踏み外してケガをしたなんて間抜けな真似はしたくない嶺二は春歌に素直に助けを求めた。
春歌は嫌な顔一つせずに、嶺二の横で身体を支え、ゆっくりと階段を一歩ずつ上っていく。
嶺二もなるべく春歌の負担にならならない様に、体重をあまり掛けない様に心がけながら、階段を上っていく。
いつもは短い階段が長く感じ始めた頃、2階に到着し、春歌はベッドルームの扉を開ける。

その時だった。
嶺二の視界がぐにゃっと歪んで見えたのは。
目の前にあるベッドが異空間へ吸い込まれて見えてる。 階段を上っている最中に身体が揺れたのか酔いが回ってしまったのかもしれないと、どこか冷静に頭の中で分析をしている。

「春歌ちゃん… きぼち悪い」
「え、えぇ!? 吐きそうですか?」
「いや… 吐きはしないと思う。 とりあえず寝かせて」
「はい」

目の前にある柔らかなベッドにゆっくりと嶺二を沈ませる。 だが嶺二の視界は歪んだままだ。 恋人の可愛らしい顔ですら歪んで見える。

「駄目だ…」
「え、えーと…。 あの一応洗面器持ってきますね」
「……いらないよ」
「でも……え?」

吐くかもしれない嶺二の為に洗面器を持ってこようと、部屋を出て行こうとしたが、腕を強い力で掴まれる。
それは他ならぬ嶺二の手なのだが、服が汚れ汚物塗れになってしまったら後が大変だと思い、腕を振り払おうと力を込めた瞬間、春歌の視界が反転した。
嶺二ではないが、まるで酔っぱらって世界が回っている様に感じたが、その感覚は嶺二に覆い被されていると認識したと同時に無くなった。

「あの… 寿先輩」
「嶺二って呼んで」
「れ… 嶺二…さん」
「ん。 良い子だね」

いつになく真剣な眼差しに逆らえず、名前を呼ぶと唇を唇で塞がれる。 アルコールの匂いで春歌も酔いそうになるが、嶺二は気にせずにキスを続け、次第に深くなっていく。
くちゅくちゅと粘着質な音が部屋を支配する。 なかなか離れない唇に息苦しくなり、嶺二の袖を力強く握るが、嶺二はキスを止めない。
それ所か春歌のトップスの裾から手を入れ、胸に触れる。

「嶺二さん、駄目です!!」
「何で?」
「だって明日、仕事ですし」
「仕事じゃなきゃいいの?」
「そ、れは…」

春歌の言葉が思わず詰まってしまう。 確かに明日仕事でなければ、このまま流されてしまっても良いかもと言う考えが頭の中を過る。
だがそれは可能性の話であり、本題から話を逸らされていると気づき、ありったけの力を込めて嶺二の胸を押す。
だが大の男である嶺二に春歌の非力な腕が勝るはずもなく、手首を掴まれ顔の横に押しつけられる。

「あっ…」
「春歌。 朝まで寝かさないから」

耳元で囁かれた声に、身体中に電流が走った様な衝撃を覚える。
もうこうなってしまっては嶺二を止められない。 首筋に顔を埋められ、これから行われる行為を想像し、身体を強張らせた。
しかし、いつまでたっても嶺二は身体を動かさない。 それどころか春歌に全身に体重が掛かってくる。
春歌が嶺二の唇に耳を澄ますと、穏やかな寝息が聞こえる。

「眠っちゃったんですね…」

安心しつつも、少しだけ残念に思いながら、嶺二を起こさない様に身体を動かして下から抜け出す。
嶺二を見下ろすと、ベッドに全身を預け気持よさそうに眠っている。 嶺二に踏まれている掛け布団を引っ張り出し、首から下に被せる。
視線を顔に移すと、口を動かしながら、何かを呟いている。 先程の人物と同一だとは思えない無邪気な寝顔だ。
春歌も自然と笑みがこぼれ、嶺二の髪に唇を落とす。

「おやすみなさい、嶺二さん。 今度は酔っていない時に誘ってくださいね」







―次の日

「おはよう、春歌ちゃん。 あのさ…昨日、僕なんかした?」
「覚えてないんですか?」
「うーん… ベッドまで運んでくれたのは覚えてるんだけど…」
「そうですか」
「でも… とっても幸せな夢を見たよ」
「どんな?」
「うーん… 秘密」



ブラックアウト




嶺二×お酒=本気になっちゃう妄想。
だけど嶺ちゃんは実際に酔い潰れる事はないと思う。



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