冷めない熱 | ナノ


冷めない熱





「ねえ、お願い」
「は、恥ずかしいです」
「どうして? ボクの事嫌いなの?」
「それはないです!」
「じゃあ、お願い」

 キラキラとした宝石のような瞳で見つめられれば春歌の言葉が詰まる。計算してやっているのか、それとも無意識なのか分からない。だが春歌にとってその美しい宝石は嬉しくもあるが困惑の対象にもなっているのだ。

「どうして、名前で呼んでくれないの?」

 美しく可愛い年下の恋人である藍からのお願い。それは『自分の事を下の名前で呼んで欲しい』と言う願いだった。唇を尖らせ不満の意を示す恋人の気持ちが分からない訳ではない。自分だって名前で呼ばれて嬉しいのだから恋人も同じ気持ちになってくれているはず。だがそれよりも春歌には由々しき問題があるのだ。

「翔の事は名前で呼ぶのに…」
「そっ、それは…翔くんは同い年でわたしの同期でもありますし…」
「ボクは君より年下だけど?」
「だ、だけど先輩です!」

 春歌が戸惑う理由は恋人が『先輩』である事。年齢としては春歌の方が二歳年上だ。だがこの世界は年齢で優劣を付ける物ではない。優劣を付ける物は『芸歴』だ。自分より一回り以上年下であっても、芸歴が先輩には敬意を示し敬う。恋人になったからと言って先輩後輩の垣根は完全に途絶える事はない。特殊な世界で生きているからこそ生まれる問題ではあるのだが、春歌の複雑な思考を理解できていない藍は均整のとれた顔を春歌へと近づけて迫る一方だ。

「ねぇ、お願い。二人きりの時だけでイイから」
「でっ、でも…」
「もう。でも、はイイから。お願い、春歌」
「ひゃうっ」

 春歌の耳元へ唇を近づけ春歌に囁く。春歌の弱点が耳だと言う事など知り尽くしている藍は春歌が大好きな甘い声で何度も懇願し、時折耳朶にキスを繰り返せば春歌の身体が震える。子供のような触れ合いだが的確に春歌の心をくすぐる行為に春歌の首は縦にしか動かなかった。

「はい、じゃあ言って」
「はっ、はい……。あ、ああああああああ、い…」
「あ、が八文字多い」
「うっ…………あ、い……さん」
「…何か他人行儀でヤダ」

 藍の顔を見ればぷうと頬を膨らませたその姿は年相応の少年の姿だ。春歌も何て呼べばいいかなど分かり切っている。だけど先輩をそんな同年代の親友のように呼ぶなんて恐れ多すぎる! と思うも目の前の恋人は春歌の言い訳など許さないと言わんばかりに春歌を見つめている。もう覚悟を決めるしかないのであった。せめてこれ位は許して下さい、と俯きスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

「あい…くん…」
「…………」
「あ、あの、ごめんなさ」
「もう一回」

 顔を上げれば無機質な白い頬がほんのりと色づいている。怒っているのではない。鈍いと言われている春歌でもそれは分かる。何も言わずじいと見つめる頬の染まった恋人に春歌は渇いた唇を開いた。

「藍…くん」
「もう一回」
「藍くん…」

 一度言葉にしてしまえば、先程までの思考が嘘のようにぽろぽろと漏れだす。恋人の願いに答え何度も何度も名を呼べば、優しい両腕で春歌の身体はすっぽりと包まれた。

「どうしよう……オーバーヒートしそう」
「ええっ? ど、どうすれば収まりますか?」
「無理だよ。嬉しすぎて……春歌がいるだけで……ここが熱くなるんだ」

 春歌の手を取り左胸へと押しつける。とくんとくんと動くソレは早い鼓動を刻んでいる。その音が嬉しくて、彼と同様に熱が上がった春歌は藍の片方の手首を掴み自分の左胸へと押しあてた。

「はるっ…」
「わたしも…一緒です。藍くんといると、ここがきゅうってなって…苦しいですけど嬉しくて…とっても熱いです」
「…ボクたち、一緒だね」
「そう、ですね」

 とくんとくんと重なり合う二人の鼓動。互いの想いすらも重なり合った事が嬉しさへと変わり、想いのまま二人はキスを交わした。互いを想い合うような優しいキスに心が熱を持つ。

「……ボク上手くなった?」
「っ! あ、藍くんしか知りませんから、分からないです」
「…あ、春歌、また体温上昇した」
「藍くんも、です。顔真っ赤ですよ」

 触れ合う箇所が全部熱くて火傷してしまいそうな程だ。だがそれが二人とも想いが一緒だと思うとこの熱さも悪くない。そう想いながらまた唇を重ね合わせるのであった。






唐突に出てきた藍春。すごいピュアすぎる…(当社比)
藍ちゃんが天使なせいだと信じたい。



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